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17話:休憩小屋と闇夜の狩人

「ミュラ、そろそろ休憩するか?」


「ううん、まだ大丈夫だよ……」


 村を出発してから1時間が経過し、空が若干明るくなってきた頃、背後から聞こえてきた声に一良が振り返ると、ロズルーが彼とターナの間を歩いているミュラに声を掛けていた。

 出発した当初は時折話しながら元気に歩いていたミュラだったが、時間が経つにつれて口数も減り、今は額に汗して黙々と早足で歩いている。

 口では大丈夫と言ってはいるが、その表情には大分疲れが見て取れた。


「皆さん、ここで少し休憩にしましょうか」


 一良がバレッタに休憩の提案をしようかと口を開きかけた時、同じくミュラの様子に気付いて振り返っていたバレッタが歩みを止めて皆に声を掛けた。


「すいません、そうしてもらえると助かります」


「おねえちゃん、ごめんなさい……」


 小さく肩で息をしながら、しゅんとした様子で謝るミュラに、バレッタはしゃがみ込んで視線を合わせると、


「いいのよ、疲れた時はちゃんと休まないとね」


 と言って微笑む。


「そうそう、俺も足が痛くてヘロヘロだよ。ミュラちゃんの方がよっぽど体力ありそうだなぁ」


 一良は背負った背負子を街道沿いに生えている木の根元に降ろして背伸びをすると、なおも凹んでいるミュラに笑いかけた。

 他の村人たちも、木陰に集まって背負っていた荷物を降ろし始めている。


「はっはっは、カズラ様はもう少し身体を鍛えたほうがいいですね」


「うう、努力します……バレッタさん、私の袋を貸してもらえますか?」


 村人とのやり取りを見てくすくすと笑っているミュラに一良はもう一度微笑み掛けると、バレッタからズタ袋を受け取り、中からリポDを一本取り出した。


「ミュラちゃん、お薬あげるからこっちにおいで」


「うん」


 一良の呼びかけに応じてとてとてと走ってきたミュラに、蓋を開けたリポDを渡す。

 リポDのラベルに記載してある用法用量の欄には、15歳未満は服用するなと書いてあるが、6歳の子供でもほんの一口二口ならば平気だろう。


「一口だけ飲んでね。沢山飲んじゃダメだよ」


「うん、わかりました」


 ミュラは素直に頷くとリポDを一口だけ飲み、まだ中身の残っているリポDを


「カズラ様、ありがとうございました」


 とちゃんとお礼を言って一良に返した。

 一良はミュラの頭を撫でながら


「どういたしまして」


 と言って微笑むと、リポDを袋に仕舞って代わりにサクマドロップの缶(蛍の墓のイラストじゃないやつ)を取り出した。


「相変わらずこの蓋は硬いなぁ……よし、開いた。ミュラちゃん、手を出してごらん」


 やたらと硬く閉まっている蓋を開け、ドロップの缶を不思議そうに見ているミュラに手を出してもらい、その上で缶を一回振る。

 すると、ガラン、という独特の音と共に、中からオレンジ色のドロップがミュラの手の平に転がり落ちた。


「お、オレンジか。ハッカじゃなくてよかった。ミュラちゃん、口に入れてごらん。硬いから噛まないようにね」


「うん」


 一良に言われるがまま、ミュラはオレンジ色のドロップを口に入れる。

 ドロップを口に入れたミュラは、今まで体感したことのない新感覚のオレンジの味に一瞬目を見開くと、喜びを表現しているのか凄い笑顔でその場でぴょんぴょんとジャンプした。


「美味しいかい?」


「うん! これ凄く美味しいね!」


「そっかそっか、じゃあこれはミュラちゃんにあげよう。他の人にも分けてあげてね」


「うん!」


 ミュラは一良からドロップ缶を受け取ると、座って休んでいる村人に駆け寄ってドロップを配り始めた。

 ドロップを貰った村人たちは、それぞれ


「こりゃ甘くて美味いなぁ」


「そうか? 俺のは随分とスースーするけど」


 とドロップの味を楽しんでいる。

 その光景を見ながら一良はその場に腰を下ろし、改めて自分たちが歩いてきた道を眺めてみた。


 一良たちが歩いてきた道は延々と真っ直ぐ村に向かって伸びており、道沿いには道標として植えられた木しか生えていない。

 道から外れた所には所々に大きな岩が鎮座していたり細い木が生えていたりするが、それ以外には何も無く、遠くに山が見えるばかりで、一帯は乾燥した荒野である。

 これから進む道を見てみても、まるっきり同じ景色が広がっていた。


「カズラさん、お水をどうぞ」


 これから歩く距離のことを考えて、一良が自分の足裏にマメが出来ないかと心配していると、バレッタが皮袋に入った水を持ってきてくれた。

 皮袋には木のコルクのようなもので栓がしてあり、皮袋自体も結構な大きさである。


「ありがとうございます。あの、今日は日が暮れるまで歩くんですか?」


「いえ、日が落ちる前には野営の準備をします。とはいっても、この先にナルソン様が作ってくださった休憩小屋があるので、そこまで辿り着ければ今日の移動はおしまいですけどね」


 休憩小屋という単語を聞き、一良は思わず「おお」と声を上げた。

 てっきり野宿するものだと思っていたのだが、ちゃんとグリセア村とイステリアの中継地点に休憩用の小屋を建てておくとは、なかなかにナルソンもやるものである。

 恐らく、こういった配慮の積み重ねで、領内の民からグリセア村の住民が抱いているような尊敬を勝ち取っているのだろう。


「ですから、ミュラちゃんには大変ですけど頑張って歩いてもらわないと。もちろんカズラさんもですけどね」


 そう言ってくすりと笑うバレッタに、一良は


「頑張ります……」


 と答えると、慣れない草編みのサンダルを履いている自分の足を撫でるのだった。




 それから約10時間後。

 頭上で激しく自己主張していた太陽も傾き始め、これはいよいよ野営の準備をしなければいけないのだろうかと一良が案じていると、視界の先に木で出来た小屋が見えてきた。

 小屋のある辺りから先には森が広がっており、街道はその森の中に伸びていっている。


「あ、カズラさん、休憩小屋が見えてきましたよ!」


「ほ、ホントですか……助かった……」


 慣れない履物と10時間越えという長時間の行軍のため、一良の左足の裏にはマメが1つ出来ており、包帯でぐるぐる巻きにして衝撃を和らげてあるのだが、正直かなり痛い。

 しかし、6歳のミュラが黙々と歩いているのに、25歳の一良がマメが痛くて歩けないなどと言い出すわけにもいかず、心配するバレッタたちに笑顔で「大丈夫」と言って、歯を食いしばって歩いてきたのだ。

 途中、1時間ごとに5分、昼食で30分程度の休憩を挟みながらの行軍であったのだが、足裏にマメが出来たのは一良だけである。

 ミュラも長時間の移動で若干疲れた様子ではあるが、時折リポDを一口ずつ飲んでいたためか、村を出発した時のように歩きながら話せるくらいに元気は残っている。

 一良も途中でリポDを1本飲んではみたのだが、この世界の人々のように驚異的な回復をすることはできず、日本でリポDを飲んでいた時となんら変わらなかった。


 一良たちは小屋まで辿り着くと、小屋のドアを開けて中の安全を確認し、二人の村人が見張りとして小屋の前で待機することにして、残りの者は小屋の中へと入った。

 小屋の中は10畳程の広さで一部屋だけの簡単な作りとなっていて、引き戸式の窓が四方についており、中央には囲炉裏が設置してある。

 薪などの燃やすものは置いてはいないようなので、持ってきた薪を数本取り出すと、囲炉裏にくべて着火剤となる小枝に一良がライターで火を点けた。


「いてて……、ありゃ、マメが潰れちゃってるなぁ」


 一良は火を点け終わると囲炉裏の前に座り込み、包帯を外して足を確認した。

 左足の裏に出来ていたマメは潰れてしまっていて血が出ており、包帯が血で赤くにじんでいる。


「カズラさん、大丈夫ですか?」


 一良が潰れたマメをオキシドールで消毒していると、荷物を降ろしたバレッタが心配そうに一良の傍にやってきた。


「ああ、大丈夫ですよ。消毒してまた包帯を巻いておけば歩けますから」


「そうですか……でも、無理しないでくださいね? 明日は私が薪を運びますから」


「あ、いえ、本当に平気ですよ。薪は任せてください」


 一良とバレッタがそんなやり取りをしているのを、ロズルーたちは不思議そうな表情で見ていたのだが、バレッタとの譲り合いに終始していた一良は全く気付かないのだった。

 その後、各自交代で夕食(一良が持ってきた混ぜご飯などの缶詰類)を摂り、見張りも交代しながら就寝することとなった。




 その日の深夜。


「カズラ様、カズラ様」


 小さな声でそう呼びかけられながら身体を揺すられ、一良は目を覚ました。

 目を開けるとターナが一良の頭の脇に座り、軽く覗き込むようにしていた。

 見張りの順番が回ってきたのだ。

 一良は毛布代わりに身体に掛けていたマントを退けて起き上がり、ごじごしと目を擦った。


「ターナさん、おはようございます」


「おはようございます。あの、本当によろしいのですか? 見張りなどをカズラ様にやっていただくなんて……」


 ターナはそう言って申し訳なさそうな表情をしている。

 就寝前に見張りの順番の相談を皆でしたのだが、一良も見張りに立つと言い出すと皆口を揃えて


「カズラ様にそんなことをしていただくなんてとんでもない!」


 と言って一良を諌めたのだが、他の村人達が交代で見張りをしているのに自分だけ眠りこけているのは心苦しいと、反対を押し切って見張りに立つことにしたのだ。

 ちなみに、交代の時間は空に出ている星の動きを見て計っているらしかった。


「いやいや、これくらいやらせてください。私だけ特別扱いというのはどうにも心苦しいですから」


「そうですか……では、すいませんがよろしくお願いします」


 ターナは申し訳なさそうにそう言うと、傍らに置いてあった短槍を一良に手渡した。

 そういえば武器を持って見張りに立つんだったな、と思いながら一良は短槍を受け取ると、ずしりとした重さが手に広がった。

 重いとはいっても一良でも十分振り回すことは出来るくらいの重さであるので、何かあっても殴りつける程度の事だったら一良にも出来るだろう。


「では、行ってきますね。ターナさんもゆっくり休んでください」


「はい、外で夫が番についているので、何かあったら夫に申し付けてください」


 一良は毛布代わりにしていたマントを羽織ると、槍を片手に小屋を出るのだった。




 一良が小屋を出ると、ロズルーが扉から右手に少し離れた小屋の角の壁に背を預けて立っていた。

 傍らには短槍と矢筒が立てかけてあり、手には短弓と一緒に矢を一本握っている。


「おはようございます、カズラ様。足は大丈夫ですか?」


「おはようございます。薬を塗って包帯も巻いてありますから大丈夫ですよ」


 一良はそう言って包帯を巻いている足をロズルーに向けて見せると、建物から見てロズルーとは反対側の位置の壁に背を預けた。

 こうして小屋の端と端に立って見張りをすることで、グリセア村側とイステリア側の両方の街道を見張ることが出来るのだ。


 一良とロズルーが見張りをしながら暫し雑談をしていると、ふいにロズルーが口を止めて目の前に広がる森を凝視した。

 急に話を止めたロズルーに、一良は何事かとロズルーの視線を追うが、そこには真っ暗な森が広がるばかりである。


「こんなところでアルマルに会えるとは……カズラ様、狩ってもよろしいでしょうか?」


 そう一良に問いつつ短弓に矢を番えて引き絞っているロズルーに、一良は何のことかさっぱりわからなかったが、何か動物がいるのだろうと


「あ、どうぞ」


 と返事をした。

 一良が答えると同時にロズルーは矢を放ち、矢は真っ暗な森へと吸い込まれていったかと思うと、すぐに何かの獣の「ギャッ」という断末魔の声が聞こえてきた。

 ロズルーはすぐに森へと駆けていくと、暫くしてから手にウサギくらいの大きさをした、ふさふさの黒い毛に全身が覆われた動物(アルマルと言うらしい)を抱えて戻ってきた。

 その目玉にはロズルーが放った矢が突き刺さっており、どうやら既に死んでいるようだ。


「いやぁ、こんなところでアルマルに会えるとは思ってもみませんでした。これはいい値で売れそうです。カズラ様、ありがとうございます」


 まるで暗視スコープみたいな目をしてるんだなと一良が感心していると、ホクホク顔でアルマルを抱えているロズルーが一良に頭を下げて礼を述べた。


「え? あ、どういたしまして……」


 何故礼を言うのか一良にはよくわからなかったが、とりあえずそう答えると、ロズルーは早速小屋に戻ってそっとターナを起こした。

 起こされたターナはアルマルを見て驚いていた様子だったが、小屋の中で手早く血抜きや皮剥ぎをやってのけ、あっという間に毛皮とブロック肉に切り分けてしまった。

 その間、一良も小屋に入って血抜きなどの作業を見たかったのだが、見張りをしないわけにもいかないので、アルマルを渡して戻ってきたロズルーと毛皮の話や肉の話をロズルーの交代の時間までしていたのだった。

 次の日の朝、すっかり寝入っていてそんな出来事があったなどとは露ほども知らない者たちは、朝から出されたアルマルの焼肉に喜びの声を上げて一良に礼を述べ、一良は何故礼を言われるのだろうと首を傾げるのだった。

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