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166話:バルベール第10軍団

 彼方に、月を背にした砦が見える。

 つい半日前までいたその場所からは、太い黒煙が幾筋も立ち上っていた。

 砦を出てから、すでに半日以上が経過していた。

 今のところ、バルベール軍の追撃は一度もない。

 馬車には市民たちが大勢乗っており、周囲は武装した市民がぞろぞろと歩いている。

 その両脇を挟むようにして、数騎の護衛兵が随伴していた。

 そんな隊列の最後尾で、一良は馬車の荷台に立ち、砦へと続く街道をじっと見つめていた。


「カズラさん、私が見ていますから、少し休んでください……」


「いえ、大丈夫です。もう少ししたら休みますから」


「でも……」


 心配げな眼差しを向けてくるバレッタに構わず、一良はじっと街道に目を向けている。

 砦を出てからずっと、一良はこうしてジルコニアたちが追い付いてくるのを待っていた。

 ナルソンと合流した後、彼の指示で南門に集結していた者たちは大急ぎで砦を脱出した。

 ナルソンは「ジルコニアたちは敵を足止めしており、皆が脱出した後に続いて脱出する」と言っていたのだが、いつまで経ってもただの1人も姿を現さない。


「っ!」


 そうしていると、隣で街道に目を向けたバレッタが何かに気付いたように息をのんだ。

 誰か追いついてきたのかと、一良も真っ暗な街道に目を凝らす。


「後ろから誰か来ます! 騎兵です!」


 バレッタが大声を上げ、皆が一斉に後方を振り返った。

 護衛兵たちは即座に戦闘準備の指示を飛ばし、武器を持つ市民たちが慌てて隊列の後ろへと集まってくる。

 あちこちから悲鳴が響くなか、バレッタは足元に置いておいた剣を手に取った。


「味方だ! 2騎いるぞ!」


 しばらくしてその姿がはっきり見えるほどにまで近づくと、市民の1人が叫んだ。

 それと同時に、一良は馬車を飛び降りて駆けだした。


「カ、カズラさん!」


 バレッタが、慌ててその後を追う。 

 2騎は市民たちのもとにたどり着くと、ラタを止めた。

 1人は若い護衛兵で、歳は17~18といったところだろうか。

 もう1人はラタの首にもたれかかってかろうじてしがみ付いている状態で、腕と足からはぽたぽたと血が滴っていた。

 先の護衛兵が負傷した仲間の乗るラタの手綱を掴み、ここまで連れてきたようだ。


「っ! イクシオスさん!?」


 負傷兵に駆け寄った一良が、ぎょっとして声を上げた。


「う……アイ、ザック……?」


 一良の声に、イクシオスは僅かに顔を上げると荒い息を吐きながら息子の名を呼んだ。

 多量の出血で意識が朦朧としているようだ。 


「彼を降ろします! 手伝ってください!」


 皆でイクシオスを支え、ラタから降ろす。

 バレッタはそれを手伝いながら、傷の具合を診た。

 右の二の腕が半ばまで切り裂かれて大量に出血しており、左足の太ももには矢が突き刺さって貫通していた。


「馬車に運んで! あと、誰か松明を持ってきてください! それに水と塩、先の細い短剣も!」


 傷を一目見て、バレッタが市民に指示を飛ばした。

 一良は馬車へと向かうバレッタたちを見送り、若い護衛兵へと歩み寄った。

 彼は慌ててラタから降り、直立不動になった。

 青い顔で、小刻みに身体を震わせている。


「砦は……ジルコニアさんたちは?」


「お、おそらくまだ戦闘が続いているかと……で、ですが、あの状況ではもう……」


 話しているうちに彼は声を震わせ始め、両手で顔を覆った。

 その場にしゃがみ込み、嗚咽を漏らす。


「すみません……! 仲間を、市民を残して……俺だけ……っ!」


 しゃくりあげながら、ごめんなさい、と何度も繰り返す。

 一良は数秒その場に立ち尽くしたが、すぐに地面に膝を付くと彼の背に手を置いた。


「いえ、よく無事で戻ってきてくれました。ここは安全ですから、安心して……」


 一良が言いかけた時、隊列の前方から複数の蹄の音が響いてきた。

 立ち上がり、そちらに目を向ける。

 鎧姿のリーゼが、数人の護衛兵とともにラタで駆け寄ってきていた。


「カズラ! お母様は!?」


 リーゼは一良の下までくると、ラタから飛び降りて問いかけた。


「……まだ追いついて来ていない。彼が、重傷のイクシオスさんを連れてきてくれて……今、馬車でバレッタさんが手当てしてる」


 一良の言葉にリーゼは一瞬たじろいだが、蹲って泣いている護衛兵に気付くと肩を掴んだ。


「お母様はどこ!? 砦はどうなったの!? 答えなさい!」


「お、おい!」


 一良が慌てて、リーゼの腕を掴む。


「泣いてないで答えなさい! 皆はどうしたの!?」


 一良に構わず、リーゼが護衛兵を強く揺する。


「わ、私たちが砦を出た時はまだ戦闘が続いていて……ジルコニア様は……わ、私にも分かりません……」


「分からないって何よ!? あなた護衛兵でしょう!? いったい何をやってたのよ!!」


「リーゼ!」


 一良がリーゼの両肩を掴み、無理やり彼から引きはがす。

 リーゼは肩で息をしながら兵士を睨み付けていたが、やがて落ち着きを取り戻すと「……ごめんなさい」とうつむいた。

 リーゼに代わり、一良が地面に膝を付いて彼と向き合う。


「ゆっくりでいいので、見たことを教えてください。誰か、水を」


 周りを囲んでいた市民の一人から水の入った革袋を受け取り、兵士に手渡す。

 彼は震える手でそれを受け取ると、口をつけてごくごくと飲んだ。

 それで少し落ち着いたようで、一良に目を向けておどおどしながらも口を開く。


「ぼ、防壁の裂け目から侵入してくる敵部隊を我々は迎え撃ち、しばらくの間押しとどめました。しかし、敵の攻撃は苛烈を極め、抑えきれないとジルコニア様は判断し、荷馬車で防壁の裂け目を塞いで火を放ちました。ですが、ほとんど間を置かずに石弾が裂け目に飛んできて、荷馬車が破壊されてしまい……」


 その時の光景を思い出したのか、彼は涙を流しながら歯を食いしばり、苦渋の表情になった。


「すぐに敵兵がなだれ込んできて……しかもちょうどその時に、南からやってきた市民の集団が敵に向かって行ってしまい、守備兵もろとも乱戦状態になって、統制が取れなくなってしまって……」


「っ……!」


 護衛兵の言葉に、リーゼが身を強張らせた。

 市民が防壁へと向かってしまった原因は、北に向かった彼らを連れ戻そうとしなかった自分の責任だからだ。


「私はイクシオス様とともに裂け目を確保しに向かいました。直前までジルコニア様とは一緒にいたのですが……」


「なるほど……そうして戦っているあいだにイクシオスさんが負傷してしまって、何とかここまで連れてきた、ということですか」


「はい……」


「他に砦を脱出できた人は?」


 一良の問いに、彼は小さく首を振る。


「分かりません。ここへ向かってくる間、逃げ遅れたと思われる市民を何人か追い抜きましたが、それ以外は誰も……」


「まだ追ってきている人がいるんですか!?」


「は、はい。どれも数人の集団だったかと……助けを求められたのですが、止まるわけにはいかなかったので……」


 一良は近くにいた兵士に、追ってきている市民を迎えに行くように指示を出した。

 リーゼは呆然としたまま、その場に立ち尽くしている。


「状況は分かりました。ナルソンさんには私が伝えますから、あなたはそこの馬車で休んでください」


「い、いえ! 私も市民を迎えに行きます!」


 しゃがみ込んでいた護衛兵が、慌てて立ち上がる。

 

「いや、あなたは休んでください。傷だらけですし、もうフラフラじゃないですか」


「そ、そんなことありません。私は大丈夫です! お願いします、どうか私も!」


 必死の形相で訴えてくる彼に、一良は小さくため息をついた。

 彼はどう見ても疲労困憊といった様子で、休ませなければ今にも倒れてしまいそうに思えたからだ。


「分かりました。ですが、その様子では市民を迎えに行くのは無理です。代わりに、隊列の後方の警戒をお願いします。ただし、何か口に入れて少し休んでからです。ずっと飲まず食わずだったんでしょう?」


「そ、それくらい平気です! それに、今は食欲など……」 


「それなら警戒任務は無しです」


「う……わ、分かりました」


 ぴしゃりと言い切る一良に、彼はしぶしぶ頷いた。


「先に傷の手当をしましょう。付いて来てください。……リーゼ、大丈夫か?」


「……」


 黙ってうなだれているリーゼに一良は歩み寄ると、両腕を掴んだ。

 リーゼは、びくっと身を強張らせて顔を上げる。


「しっかりするんだ。ジルコニアさんは、きっと無事だ。信じて待とう」


「……っ」


 リーゼは涙を浮かべながらも、一良の目を見てしっかりと頷いた。




 その頃、砦内の路地裏で、ジルコニアが荒い息を吐きながら怒りに満ちた視線を目の前に並ぶバルベール兵たちへと向けていた。

 周囲には、20近いアルカディア兵の死体と、それに倍するバルベール兵の死体が横たわっている。

 ジルコニアの両隣には、彼女子飼いの護衛兵と、守備隊の重装歩兵が数人、同じように敵兵に相対していた。

 背後の道も敵兵に塞がれており、数人の味方と睨み合いになっている。

 皆が傷だらけなうえに疲労困憊で、とうに体力の限界を超えていた。

 逃げ場はなく袋のネズミだが、誰一人として降伏しようというものはいない。


「やめろやめろ、戦闘中止だ! お前ら下がれ!」


 睨み合いのなか、バルベール兵たちの背後から声が響いた。

 兵士たちをかき分けて、赤髪の若い男が慌てた様子で現れた。

 男は指揮官用の鉄鎧を身に着け、真っ赤なマントを羽織っている。

 彼は周囲に横たわる自軍の兵士たちの死体を目にし、顔をしかめた。


「……ジルコニア・イステール、か?」


「……」


 ジルコニアは答えず、男にぎろりと獣のような視線を向けた。

 彼はこほんと一つ咳払いをすると、かかとを合わせて自身の胸に右手を当て、敬礼をした。


「バルベール第10軍団、軍団長のカイレン・グリプスだ。砦にいる貴殿の兵は、ここにいる者たち以外全員降伏した。貴殿も降伏していただきたい」


「ふざけるな! 貴様らなんかに降伏などするものか!」


 ジルコニアが吐き捨てるように言い放つ。

 ジルコニアたちの背後には、恐怖に震える十数人の市民たちがいる。

 彼らは、北の防壁に向かってしまった家族や恋人を追いかけてきた者たちだ。

 防壁前の戦線が崩壊し、手近の兵を連れてやむなくジルコニアが撤退を開始した直後に、いまだに市街でもたついている彼らを見つけた。

 ジルコニアは彼らを見捨てることができず、連れて逃げようとしたが敵に追い付かれてしまい、この路地裏に逃げ込んで最後の抵抗を試みていたのだ。


「この砦は陥落したんだ。これ以上の抵抗は無意味だろう。剣を収めてくれ」


 取り付く島もない様子のジルコニアに、その男――カイレン――は困ったように眉をひそめて説得する。


「今降伏するのなら、後ろの者たちは明日にでも全員イステリアへ送り出すと約束しよう。どうだ?」


 その言葉に、背後の市民たちから小さなどよめきが起こった。


「後ろで蹲っている者たちは怪我人だろ? こっちには医者もいるし、すぐに手当してやれる。助かる命をみすみす潰えさせたくないんだ。降伏してくれ」


「ジ、ジルコニア様!」


「降伏しましょう! ジルコニア様!」


「黙りなさい!!」


 声を上げる市民たちを、ジルコニアは怒鳴りつけた。


「こいつらがそんな約束を守ると、本気で思っているの!? 今、どうしてこんな状況になっているのかを考えてみなさい!」


 ジルコニアの言葉に、市民たちは口を閉ざす。

 カイレンは引き締めていた表情を崩すと、腰に手を当てて大きくため息をついた。


「あー……うん、そりゃそうだよな。休戦協定破って攻め込んでおいて、今さら何言ったって信じてもらえ……いててっ!」


「そこで諦めてどうするんですか」


 背後から腕をつねられて、カイレンが悲鳴を上げた。

 彼の後ろから小柄な若い女が姿を現し、その隣に並ぶ。

 女は紺色の軍服姿で、三つ編みにした長い金髪を胸元に垂らしている。

 年のころは17、8といったところだろうか。

 彼女はジルコニアに目を向けると、敬礼してぺこりと頭を下げた。


「アルカディア王国イステール領、ジルコニア・イステール様ですね?」


「……そうよ」


 剣を構えたまま、ジルコニアが答える。


わたくし、バルベール第10軍団、軍団長付き秘書官のティティスと申します」


「……」


 淡々と話す女――ティティス――に、ジルコニアはいぶかしげな目を向けた。

 どうやら、彼女はこのまま交渉に持ち込むつもりらしい。


「現在、この砦は我々第10軍団の制圧下にあります。すでに多数の市民と負傷したアルカディア兵を保護し、軍医に治療に当たらせています。いまだに抵抗しているのは、ここにいるジルコニア様がただけです。市民や負傷兵のためにも、どうか降伏していただけないでしょうか」


「……市民と負傷兵を保護ですって? あなたたちが?」


「はい」


「とても信じられないわね」


「そうおっしゃられると思い、何人か付いてきていただきました」


 ティティスはそう言うと、背後を振り返った。

 バルベール兵に両脇を固められ、数人の市民と兵士が彼女の隣に現れた。


「アイザック……」


 うなだれている見知った顔に、ジルコニアがうめく。

 アイザックは額と腕に包帯が巻かれており、血が滲んでいた。

 見たところ軽傷のようだ。


「……ジルコニア様、申し訳ございません」


「市民や負傷兵が保護されているっていうのは、本当なの?」


「……はい。多数の負傷した兵や市民が、北の防壁近くで治療を受けています」


「お、知り合いか? なら話は早いな。そこのご婦人を説得して……」


「カイレン様、少し黙っていてください」


 ティティスにぎろりと睨み付けられ、カイレンは両手を胸元に上げて降参のポーズをとった。

 彼女は再び、ジルコニアへと目を向ける。


「このとおり、無事な兵士や市民は大勢います。皆さんの身の安全は保障しますので、どうか剣を収めてください」


「……はい、そうですか。といくと思う?」


「思いません。ですが、これならいかがでしょうか」


「ん? ……お、おい! ティティス!」


 すっと、ティティスはジルコニアの前に進んだ。

 ジルコニアの持つ剣の切っ先が腹に当たるギリギリのところで、立ち止まる。

 カイレンは慌てて駆けだそうとしたが、周囲の兵士に腕を掴まれて押さえつけられた。


「信用していただけるまで、私が人質になります。もし裏切るような真似を誰かがしたら、私の首をはねてくださって結構です」


「何言ってんだバカ、戻ってこい! おい、お前ら離せ!」


 カイレンが大声で叫ぶが、彼女はジルコニアの目を見つめたまま動かない。

 腕を押さえつけている兵士たちも、無言で彼を掴んだままだ。


「……あなたに私たち全員と同じだけの、人質としての価値があるわけ?」


 ジルコニアが言うと、ティティスはカイレンを振り返った。

 つられて、ジルコニアも彼を見やる。

 両腕を兵士たちにがっちりと押さえられたまま、必死の形相をしているカイレンと目が合った。

 じっと、その瞳を見つめる。


「な、なんだよ」


「……そんなに、この娘が大事なの?」


「……ああ」


「光栄です」


「お前、マジでいい加減にしろよ……」


 すまし顔のティティスに、カイレンはげんなりした様子で深くため息をついた。

 ティティスが再び、ジルコニアに顔を向ける。


「どうでしょう。降伏してはいただけないでしょうか」


「……」


 ジルコニアは、ちらりと背後の市民を振り返った。

 懇願するような視線を向けてくる市民たちの姿に、ふう、と息をつく。


「……分かった。降伏するわ」


「ジ、ジルコニア様!」


 抗議の声を上げる兵士たちに構わず、ジルコニアは言葉を続ける。


「ただし、無条件ってわけにはいかないわ。砦にいる兵士と市民たちには危害を加えず、今すぐに砦から退去させて」


 ジルコニアの要求に、カイレンが呆れ顔になる。


「何バカなことを言って……」


「分かりました」


「ちょっ!?」


 即座に承諾したティティスに、カイレンは目を剥いている。

 ジルコニアも、まさか何の駆け引きもなく全面的に要求が受け入れられるとは思っていなかったため、ぽかんとした表情になった。


「……本気?」


「本気です」


 ティティスがジルコニアの目を真っ直ぐ見つめたまま、即答した。


「……そう。あと、砦を出てイステリアに戻るまで、兵士たちに武装解除はさせない。それと、彼らを乗せる十分な数のラタと荷馬車を付けて欲しいのだけど」


「分かりました。砦内にあるものを集め、足りない分は我々のものを貸与いたします。水と食料も、十分な量を持たせます」


「私も一緒に出て行っていいかしら?」


「それは承服しかねます。ジルコニア様が穏便に捕虜となってくださるからこそ、成り立つ交換条件ですので」


 実に淡々と、ティティスは話す。

 ジルコニアは彼女が少しでも不審な動きをしたら即座に殺すつもりだったのだが、そういった気配はまったくない。


「……分かった。その条件を飲みましょう。ただし、市民と兵士がイステリアに戻って、無事だと分かる内容の書簡が私の下に届くまで、あなたには人質になってもらうわ。砦の西に石造りの倉庫があるから、そこでイステリアからの連絡を待たせてもらう。あそこなら出入口は一カ所だし、窓もない。監禁場所としてはお互いちょうどいいでしょう」


「かしこまりました。それでは、今から私はジルコニア様の人質です」


 ティティスは頷くと、ジルコニアの隣に歩み寄った。

 そしてくるりと、カイレンに振り返る。


「ということですので、カイレン様、後はよろしくお願いします。私はしばらく倉庫暮らしですので」


「やるだけやって丸投げかよ……」


 げんなりと、カイレンが肩を落とす。

 ティティスは冷めた目でカイレンに顔を向け、やれやれと息をついた。


「当初の目的を考えれば、これが最善の方法です。ジルコニア様のご要望どおり、手配をお願いいたします」


「へいへい……おい、聞いてただろ。馬車と食料を用意しろ。足りない分は俺らのを使え。それと、ジルコニア殿、ティティスが言っているように、市民たちを今すぐ砦から退去させるってのはさすがに無理だ。明日の朝にでも……」


「待ってくれ!」


 カイレンが言いかけると、それまで黙っていたアイザックが声を上げた。


「私もここに残る! ジルコニア様だけを残していくことなんて……」


「ダメよ」


 アイザックの言葉を遮り、ジルコニアがぴしゃりと言う。


「あなたは、ナルソンたちにここでのことを伝えなさい」


「で、ですが!」


「あなたから直接、皆に伝えて欲しいの。いいわね?」


「ジルコニア様!」


「心配されなくても、後ほどジルコニア様はちゃんとお返ししますよ」


 口を挟んだティティスに、全員がぎょっとした目を向ける。


「お前! そういうことを軽々しく……ああ、もう勝手にしてくれ」


 カイレンが諦めたように、額に手を当てて天を仰いだ。

 ティティスは気にせず、言葉を続ける。


「無論、すぐにというわけにはいきません。それに、何かしら条件付きでということにはなると思います。ですが、それまでの間、けっしてジルコニア様に不遜な扱いはしないとお約束します」


「約束……か」


 ジルコニアが冷めた目を、ティティスに向けてつぶやく。


「この状況で、ここまでそちらの条件を飲んでいるのです。今さら嘘をつく理由はありません」


「……そうね」


 ジルコニアが答えると、ティティスはカイレンに目を向けた。


「カイレン様、私はまだ死にたくありません。兵たちには必ず命令を守るよう、目を光らせていてください」


「はいはい、分かりましたよ」


 カイレンはおざなりに答えると、周囲の兵に目を向けた。


「お前ら、話は聞いてたな。今からアルカディア兵や市民たちに危害を加えるのは厳禁だ。命令破りは例外なく死罪とする。すぐに全員に伝えてこい」


 カイレンが指示を発すると、ティティスは背後にいる市民たちに振り返った。


「皆さんは臨時の収容所へご案内します。怪我人には手を貸してあげてください。くれぐれも、騒いだり逃げ出したりしませんよう。カイレン様」


「はいはい。皆さんこちらへどうぞ!」


 やけくそ気味に、カイレンが市民とアルカディア兵を呼び寄せる。


「ジルコニア様……」


 皆がぞろぞろと移動を始めるなか、一人動かずにいるアイザック。

 ジルコニアは彼の顔を少し見つめてから、すっと剣を鞘に納めた。

 つかつかと彼に歩み寄り、がしっと力強く抱きしめる。


「こんなことになって、本当にごめんなさい。無事に皆を、イステリアへ連れ帰って」


「ジルコニア様――」


「(……私も、すぐに戻るから)」


 ジルコニアは耳元でそう囁くと、アイザックから離れた。

 アイザックは一瞬いぶかしげな顔をしたが、ジルコニアの目を見ると小さく頷き、自らも市民たちに続いて去っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロシアみたいなクズだな、一匹残らずぶち殺せ‼️
[気になる点] なんだかわちゃわちゃし過ぎて茶番に思えてくる
[良い点] 主人公の反戦舐めプがこの惨状の遠因かと思うとなんとも…
感想一覧
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