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165話:足止め

「投げ槍がくるぞ! 盾を上げろ!」


 防壁の裂け目を塞ぐように並ぶアルカディア重装歩兵の隊列目がけて、バルベール重装歩兵の一団が投げ槍の一斉射撃を行う。

 雨あられと飛来した槍が鈍い音とともに盾に突き刺さり、その重みで盾を持つ手が強制的に下げられる。


「突撃来るぞ! 前列、立て直せ!」


 中隊長が叫ぶと同時に、鉄の短剣を手にしたバルベール兵が、盾に身を隠しながら突撃を開始した。

 盾を使えなくなった最前列のアルカディア兵は盾を捨て、死に物狂いで長槍を突き出す。

 その穂先を跳ねのけて無理やり前進しようとする敵兵に、第二列、第三列の兵士が間を縫うようにして槍を突いた。

 がんがんとバルベール兵の盾に穂先がぶつかり、足が止まる。

 そこに、防壁上の兵士が次々に石や投げ槍を投てきした。

 バルベール兵はすぐさま攻撃の手を止め、引き波のごとく後ずさりする。


「敵部隊、下がります!」


「また投げ槍が来るぞ! 第一列、槍を捨てて下がれ!」


 その命令が実行されるよりも早く、後退する敵兵の頭上を飛び越えて大量の投げ槍が飛来した。

 盾を失った最前列の兵士たちはそれをまともに受けてしまい、次々に倒れていく。


「ジルコニア様、このままでは持ちません。荷馬車を投入して裂け目を塞ぐべきです」


 隊列から少し離れた後方、ジルコニアの隣に立つイクシオスが進言する。

 敵はアルカディア軍の戦術を研究していたようで、投げ槍を巧みに用いてこちらのファランクス隊形を崩そうとしてきていた。

 今のところなんとか防げてはいるものの、敵の投げ槍の一斉射撃と突撃の反復攻撃による被害は甚大だ。

 敵の投げ槍は穂先に返しが付いており、一度突き刺さるとなかなか外すことができない。

 盾を失った重装歩兵は突撃と投げ槍の防御を同時には行えず、そこを突かれて徐々に戦力をすり減らしていた。


「重装歩兵に投げ槍を持たせているとは……護衛兵、配置につきなさい!」


 ジルコニアが指示するとすぐに、裂け目の脇に停められていた荷馬車に護衛兵たちが走った。


「第一中隊、後退! 第二中隊、抜刀!」


 ジルコニアが大声で指示を飛ばす。

 第二中隊の兵士たちは槍を捨て、一斉に鞘から長剣を抜く。

 ジルコニアも羽根付きの兜を被ると剣を抜き、盾を握りしめた。

 後退を始める第一中隊を見て、敵の前衛部隊が砦に突入しようと走り出す。


「突撃!」


 後退する第一中隊の間を縫って、ジルコニアは第二中隊とともに突進した。


「ッ!? 敵将だ! 女……ジルコニアだぞ!」


 なだれ込んでくる敵兵の一人が叫び、ジルコニアに向かってくる。

 その敵兵が駆け寄る勢いのまま、鋭い突きを繰り出した。

 盾を掠らせるようにして受け流し、同時に剣を突く。

 ごりっ、という感触とともに、敵兵の二の腕に深々と刃が突き刺さる。

 剣を引いて敵兵を腕ごと引き寄せ、小盾のふちで顔面を殴りつけた。

 のけぞった敵兵に前蹴りをかまし、転倒させる。

 すぐさま駆け寄り、ブーツのかかとで顔面を思い切り踏みつけ、鼻ごと口顎を砕いて止めを刺した。

 さらに2人の敵兵が正面から迫る。

 斬撃と突きが同時に襲い掛かる。

 ジルコニアは大きく踏み込み、それらの間に自身の剣と盾を滑り込ませるように突き出した。

 捻りを加えて攻撃をはじき、軌道を反らしてギリギリのところでかわす。

 そのまま右の敵兵に肉迫して顔面に右肘を叩き込み、昏倒させた。

 剣を手放し、左の敵兵の盾を掴んで、力任せに押し下げる。

 敵兵は体勢を崩しながらも、薙ぎ払うようにして剣を振るう。

 それを盾で受け止めると同時に、足を払って転倒させた。

 顔面目掛け、叩きつけるように盾を打ち下ろす。

 骨の砕ける感触とともに敵兵はびくんと大きく身体を跳ねさせ、その手から剣が離れた。

 かっさらうようにしてそれを拾い、身を起こす。

 さらに複数の敵兵が、ジルコニア目掛けて殺到する。

 味方兵士がそこへ割り込み、乱戦となった。


「今だ、荷馬車を押せ!」


 後方のイクシオスが叫けぶと同時に、裂け目を塞ごうと護衛兵たちが荷馬車を押し進める。

 続々と侵入してくる敵兵はそれに気づき、そうはさせじと荷馬車に手をかけた。


「火を放て!」


 声が響いて数秒、荷馬車に炎が広がった。

 押し戻そうとしていた敵兵は慌てて退き、それと同時に荷馬車が防壁の裂け目を塞ぐ。

 砦内に侵入した数十人のバルベール兵たちは本隊から切り離され、前面のアルカディア兵と防壁上からの攻撃の挟み撃ち状態となった。


「ジル!」


 ジルコニアが残った敵兵へ走り出そうとしたところで、背後から声が響いた。

 振り向き、顔をしかめる。


「何でこんなところに……!」


 歯噛みしてそう漏らすジルコニアに、ラタに乗ったナルソンとアイザックが駆け寄る。


「ジル、南門まで下がれ!」


「どうして来たの!? 市民を連れて脱出するんでしょう!? ここは私が抑えるから、早く行きなさい!」


「何を言っている! お前も一緒に来い!」


「この状況で行けるわけがないじゃない!」


「ジルコニア様、後のことは私にお任せください」


 部隊後方で指揮を執っていたイクシオスが、護衛兵とともに3人の下に駆け寄った。


「脱出するなら今しかありません。長くは持ちませんぞ」


「今、私が抜けるわけにはいかないわ。士気が持たなくなる」


「それは聞き捨てなりませんな。私では力不足であると?」


「そういうわけじゃ……それに、あなたたちを置いていけるわけないじゃない!」


「あなたがたが脱出したら、我々も撤退します。ここで全滅するようなヘマはいたしません」


「だから、それなら私も一緒に!」


「危険が大きすぎます。万が一にも、我々はあなたを失うわけにはいかないのです。アイザック」


 イクシオスが、ラタに乗るアイザックに目を向ける。


「はっ!」


「お二人をお守りしろ。スラン家の誇りにかけて、何があってもだ」


「はい! お任せください!」


 父の言葉に、アイザックは姿勢を正してしっかりと頷く。

 ふっとイクシオスは微笑み、手綱を掴んでいるアイザックの手を握った。

 ぐっと、力強く握りしめる。


「立派になったな、我が息子よ」


「……ッ」


 歯を食いしばって、アイザックがうつむく。

 その時、後方から聞こえてきた多くの足音に気付き、ジルコニアたちは目を向けた。

 命令を無視して北へと向かった市民たちが駆けつけてきたのだ。


「な……どうして市民が……」


 愕然とした表情を見せるジルコニア。

 なぜ、という視線をアイザックに向ける。


「リーゼ様とカズラ様が止めたのですが、砦を守ると言って勝手に向かってしまって……」


「ジルコニア様、彼らを連れて南門へ向かってください。あなたの言うことなら聞き入れるでしょう」


 ジルコニアはぎりっと歯を噛みしめ、苦渋の表情でうつむいた。


「……分かった。イクシオス、敵は防壁を複数箇所破壊して、侵入経路を増やしてこちらの手が回らなくしようとするはずよ。でも、防壁が破壊されるまでには時間がかかるみたいだから、その間に内側に障害物を用意して攻撃に備えて。日が落ちたら、西門から山に……」


「石弾がくるぞッ!!」


 その時、防壁上の兵士が叫んだ。

 皆が、一斉に防壁に目を向ける。

 それと同時に、防壁を塞いでいた荷馬車に石弾が直撃した。

 燃え盛る荷馬車は爆散するようにしてはじけ飛び、交戦中の何人かが破片の直撃を受けて吹き飛ばされた。

 防壁にも石弾が命中し、がらがらと音を立てて崩れ落ちて裂け目が広がる。

 敵はすべての投石機を防壁の裂け目に向けなおし、石弾の一斉射撃を行ったのだ。


「だ、第一中隊、隊列を組め! 密集隊形!」


「間に合わん! 長槍は捨てろ! 各自迎え撃て!」 


 中隊長たちが慌てて声を張り上げ、兵士たちに指示を出す。

 そこに、瓦礫を乗り越えてバルベール兵が一斉に突入してきた。


「いたぞ、ジルコニアだ! 逃がすな!!」


 敵兵の一人がジルコニアを剣先で指し、大声で叫ぶ。

 そこに折悪く、市民たちが駆け寄ってきた。


「バルベール兵だ! 武器を取れ!」


「ナルソン様とジルコニア様を守れ!」


 市民たちがあちこちに立てかけられている予備の剣や槍を手に取り、敵兵目掛けて駆けだして行く。


「イクシオス、中隊を指揮して侵入路を遮断しなさい! 護衛兵、隊列を組め!」


「ジル!」


「ナルソン、先に行って! もう間に合わない!」


「バカなことを言うな! お前も来い!」


「市民兵!!」


 ジルコニアがあらん限りの大声を上げる。

 敵兵へと向かって行っていた市民たちが数十人、それに反応して足を止めた。


「私が指揮する! 傍を離れるな!!」


「ジル、よせ!」


 かろうじて市民を取りまとめるジルコニア。

 なおもジルコニアを連れ出そうと声をかけ続けるナルソンの肩を、アイザックが掴んだ。


「アイザック、離せ!」


「いけません! ジルコニア様は私が! ナルソン様はお逃げください!」


「あそこにも敵将がいるぞ!」


「打ち取れ! 投げ槍を使え!」


 数人の敵兵が盾から投げ槍を取り外すのを見て、アイザックはナルソンの肩を強く揺すった。


「逃げてください、早く!」


「ジル……!」


 ぎり、とナルソンが歯を噛みしめる。 

 だが、すぐにラタの腹を蹴ると南に向けて駆けだした。

 アイザックは前方に向き直り、腰から長剣を引き抜いた。

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