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159話:正体

 一良が日本へ向かった後、バレッタはリーゼと村の子供たちとともに、森へとやってきていた。

 ジルコニアは村の中を見て回りたいとのことで、エイラたちとともにお留守番である。


「あったあった! リーゼ様、こっちだよ!」


 腐りかけた巨大な倒木を見つけ、子供たちがリーゼの手を引き、わっと駆け寄る。


「ここにアルカディアン虫がいるの?」


「そうだよ! この中に隠れてるの!」


 男の子の1人がボロボロになった倒木の表面を手で引きはがし、中からうねうねともがく小さなアルカディアン虫の幼虫をつまみ出した。

 ふうっと息で木くずを払い、リーゼに差し出す。


「はい! 食べていいよ!」


「……え、食べるって、このまま? 生で?」


「うん。美味しいよ!」


 無邪気な笑顔で、男の子は幼虫をリーゼに手渡そうとする。


「え、えっと、私は生のままはちょっと……」


「なんでー?」


「な、何でって……」


 リーゼが引きつった笑顔で、バレッタに助けを求めるような視線を送る。


「もしかして、生のは食べたことないんですか? まろやかで、すごく美味しいですよ」


「そうじゃなくて、うねうね動いてるのをそのままっていうのはちょっと……それに私、虫自体あんまり好きじゃないし……」


 リーゼの答えに、子供たちが「えー?」と不満そうな声を上げる。


「そうなんですか。なら、代わりに何か木の実を採ってきますね。今の時期ならクアの実があると思うんで」


「あ、それなら私も一緒に」


「リーゼ様は一緒に芋虫捕るの!」


「行っちゃダメ!」


「うう、分かったよう……あんまり触りたくないんだけどなぁ……」


 子供たちにまとわりつかれ、とほほといった様子でリーゼが仕方なく頷く。


「あはは……じゃあ、リーゼ様、この子たちをお願いしますね」


「うん、早く戻ってきてね……」


 子供たちをリーゼに任せ、バレッタは森の奥へと歩いて行った。

 倒木に目を向けていたリーゼは振り返り、そんな彼女の背をじっと見つめる。


「リーゼ様、どうしたの?」


 その様子に気づいた女の子が、小首を傾げた。


「……ううん、何でもないの。芋虫探そっか」


「うん!」


 この辺に隠れてるんだよ、とはしゃいでいる女の子に、リーゼは頷いた。




 リーゼたちと別れた後、バレッタは数分歩き、極小サイズのブドウ粒が塊になっているような紫色の実がたくさん生っている低木を見つけた。

 クアの実という、甘酸っぱいこの時期だけ採れる森の果物だ。

 収穫すると2日と持たずに傷んでしまうので、あまり市場には出回らない。

 スカートを少し持ち上げて受け皿にし、ぷちぷちと一つずつ摘まんで木の実を採っていく。


「ねえねえ、バレッタお姉ちゃん」


 バレッタが振り向くと、数メートル先にコルツが立っていた。

 どうやら、こっそり後を付いてきたようだ。

 コルツはそわそわした様子で、視線を右へ左へと動かしている。


「あ、コルツ君も来たんだ。どうしたの?」


 バレッタは振り向き、にっこりと微笑みかける。 

 コルツは少し言いよどんた後、バレッタを見上げた。


「あのさ、カズラ様とお姉ちゃん、喧嘩してるみたいなんだ。お姉ちゃんはもう気にしてないみたいだから、カズラ様にも仲直りするように言っておいてよ」


「えっ、お姉ちゃんって、オルマシオール様のこと?」


「うん。お姉ちゃん、意地っ張りだからさ、カズラ様がごめんなさいしないと、たぶん仲直りできないよ。今度会いに行くって言ってたけど、また喧嘩になっちゃったら大変だから、先に言っておかなきゃって思って」


「喧嘩って、どうして喧嘩してるの?」


「分かんない。でも、お姉ちゃんすごく優しいし怒るところなんて見たことないから、きっとカズラ様が何かしちゃったんじゃないかな」


「そ、そうなんだ……えっと、ちょっと教えて欲しいんだけど、その人って、何か変わったことできたりするのかな?」


「変わったこと?」


 首を傾げるコルツに、バレッタが頷く。


「うん。火を一瞬で熾したりとか、影の形が人間じゃないとか」


「影は気にしたことないから分からないし、火を熾すのも見たことないなぁ。あ、でも、いつの間にか真後ろに立ってたりするよ。何回も驚かされたし。あと、一瞬でどこかに消えちゃったりするよ」


「そっか……」


 話を聞く限り、やはりその人物は人間ではないように思える。

 一良と同じ日本から来た者ではないと結論付け、バレッタは内心ほっとした。


「その人の名前って聞いてるかな?」


「だから、オルマシオール様でしょ?」


「それって、本人に聞いたの?」


「一回だけ『オルマシオール様なんでしょ?』って聞いたことあるよ。でも、困った顔してたから、『お姉ちゃん』って呼ぶようにしてる。剣術教えてくれたし、きっとオルマシオール様だよ」


 バレッタはそれを聞き、以前シルベストリアから『今ではほとんど使われていないような両手剣の型をコルツが使っていた』と言っていたのを思い出した。

 やはりオルマシオール様なのかな、と内心ひとりごちる。


「お姉ちゃんに謝ってって、俺が言ってたってカズラ様に言っちゃダメだよ。告げ口したみたいになっちゃうし」


「うん、分かったよ。カズラさんには、それとなく言っておくから」


「うん!」


 胸のつかえが取れたように、コルツはほっとした様子で元気に返事をした。


「クアの実、俺も採るよ!」


「うん。たくさん採って帰ろうね」


 そうして2人並んで、せっせとクアの実を摘み取るのだった。




 その頃、バリン邸では、ジルコニアとバリンが囲炉裏に向かい合って座り込んでいた。

 囲炉裏には水の入った鍋がかけられ、湯を沸かしている。

 ジルコニアはいつもどおり、穏やかな表情だ。

 バリンは緊張しているのか、額に汗を浮かべている。


「……確かに、村では武器を製造しております。本当ならば、ナルソン様に私のほうからお伝えすべきだと

は思っていたのですが……申しわけございません」


「別に謝らなくていいのよ。村のことには干渉するなって、カズラさんにきつく言われているし。責めるつもりなんてこれっぽっちもないから」


 深々と頭を下げるバリンに、ジルコニアはにっこりと微笑む。

 一良やバレッタたちが村を離れてすぐに、ジルコニアはバリンを訪ねて村での武器の製造状況を聞いてみたのだ。

 結果は、驚くべきものだった。

 複数種にわたる攻撃兵器と、鉄製の特殊形状の鏃を持つ矢が、村の中に大量に保管されているというのだ。

 現在も少しずつではあるが、毎日作り続けているという。


「バレッタから1つだけ武器を見せてもらったことはあったけど、まさかそんなにたくさん作り続けてるとは思ってなかったわ。村のどこに置いてあるの?」


「村の中心に作った倉庫に保管してあります。ごらんになられますか?」


「うーん……どうしようかしらね。バレッタに黙って勝手に見るのも気が引けるし……。それに、カズラさんには言っちゃいけないんでしょう?」


「はい。バレッタからきつく言われておりますので、できれば秘密にしていただけると」


「でも、このまま隠して作り続けてたら、何かの拍子でカズラさんにばれた時まずいんじゃない?」


「それはそうなのですが……バレッタの気持ちも分からなくはないので、私としては強く言い難くて」


 心底困ったように、バリンがため息をつく。

 そして顔を上げると、おずおずと口を開いた。


「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、何でもどうぞ」


「バルベールとの戦争は、また起こりそうなのですか?」


「間違いなく起こるわ。すぐに、ってわけじゃないけど、休戦協定切れまでには必ず起こる」 


 言い切るジルコニアに、バリンは腕組みをして唸った。


「……ということは、いずれカズラさんは村で作っている武器のことを知ることになりますな」


「ええ。だから、なるべく早い段階でこのことは伝えるべきだと私は思うの。私の口からは言えないから、あなたがバレッタを説得してくれると助かるんだけど」


「説得ですか……あの頑固な娘が折れるとは……」


「そうよね……あの娘、言い出したら聞かないでしょう?」


「はい。たいていのことは自分から折れて相手に合わせますが、これと決めたことは絶対に曲げません。まるで、死んだ妻を見ているようですよ」


 頭を掻くバリンに、ジルコニアが苦笑する。


「こんなこと私が聞くのはおかしいかもしれないけど、奥さんは戦争で亡くなったのかしら?」


「はい。5年前の最後の会戦で、防衛陣地を突破してなだれ込んできた敵兵の手にかかったと聞いております」


「そう……お墓は村にあるの?」


「いえ、丘の慰霊碑の場所に、仲間の躯と一緒に埋葬しました。連れて帰れるような状態ではなかったので」


「そっか……辛い思いをさせたわね。イステール家を代表して謝罪するわ。本当にごめんなさい」


「い、いえ! ジルコニア様が謝るようなことでは! 頭をお上げください!」


 深々と頭を下げるジルコニアに、バリンがあたふたしながら声を上げる。

 ジルコニアは数秒おいて、ゆっくりと顔を上げた。


「ありがとう。でも、本当にごめんなさい」


「仕方のないことです。誰の責任でもありませんよ」


 バリンの言葉に、ジルコニアが微笑む。


「そう言ってもらえると救われるわ……。これは私の個人的な意見だけど、あの娘にはカズラさんと協力して武器の製造に取り組んで欲しいの。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、あの娘は道具の……兵器造りの天才よ。正直、カズラさんの上をいってると思う」


「そ、それはいくらなんでも買い被りすぎでしょう。あのカズラさんを……グレイシオール様の上というのはさすがに……」


「いいえ、買い被りすぎだなんてことはないわ。ただ、あの娘はカズラさんのことになると周りが見えなくなる。彼のために、自分がすべての辛いことを代わりに背負おうとしているの。それに、カズラさんはグレイシオール様なんかじゃないわ。普通の人間よ」


「は?」


 バリンがきょとんとした顔をする。


「あなたたち、村で彼と生活していて見てきたでしょう? カズラさんは、普通の人と同じように働けば疲れるし、怪我だってするの。この間藁小屋が倒壊した時だって、運が悪ければそのまま死んでいたでしょうね。あの人はきっと、どこか別の世界から来た普通の人間……」


「いえ、カズラさんはグレイシオール様ですよ」


 言葉をさえぎって断言するバリンに、ジルコニアが怪訝そうな顔をする。


「あのね、ずっとカズラさんのことをグレイシオール様だと思って崇拝してきて、今さらこんなことを言われても戸惑うかもしれないけど、彼は本当に……」


「ジルコニア様、そうではないのです。神であるとかそういう問題ではなく、カズラさんは私たちのグレイシオール様なのですよ」


 朗らかな表情で答えるバリンに、ジルコニアは言葉を止めて、「ああ」と頷いた。


「そっか……うん、そうよね。神様かどうかとか、どうでもいいことよね」


「はい。カズラさんのおかげで、我々は命を救われました。そして今も、私たちの、この国に生きる者たちのために必死で手を尽くしてくれています。あのかたは、我々にとっての救世主様、グレイシオール様です。正体がどうだとか、そんなことはどうでもいいではないですか」


 声を上げて笑うバリンに、ジルコニアも頬を緩める。


「今、ジルコニア様のおっしゃったことは、村の大人たちは皆が確信しているはずです。だからといって、何が変わるわけでもありません。カズラさんはカズラさんです。とはいっても無礼があってはいけないので、子供たちにはカズラさんは神様だと言い聞かせておりますが」


「ふふ、私なんかより、あなたたちのほうがよっぽど大人ね。何かの拍子であなたたちが彼は普通の人間だって知ったらって思ったんだけど、余計な心配だったわ」


 ふう、とジルコニアは息をつくと、囲炉裏の火を見つめた。

 赤く燃える囲炉裏の炎に、ジルコニアの瞳が揺れる。


「……私、最低よね。恩を仇で返すどころの話じゃないわ。彼にこれだけよくしてもらっておいて、戦争にまで巻き込もうとして。あの人の性格なら見て見ぬふりをできないって分かってて、それをやろうとしてるんだから」


「……」


 ぐらぐらと、鍋の湯が沸いた。

 バリンが腰を上げ、傍らに置いてあるハーブ(村で栽培したもの)の入ったガラスのティーポットにお湯を移す。


「ジルコニア様」


「うん?」


 ティーポットの中でふわりと舞うハーブを眺めていたジルコニアは、バリンの呼びかけに顔を上げた。


「私たちは、彼に命を救ってもらった身です。あのかたのためなら、死をもいとわない決意と覚悟があります。ことの折には、どうぞお好きなように我らをお使いください」


 その言葉に、ジルコニアが苦笑する。


「そんなことしたら、私がカズラさんに一生恨まれることになるんだけど」


「カズラさんを守るためです。そこは妥協していただかねば」


「あなた……はあ、分かった。恨まれ役だろうが何だろうが、引き受けるわよ」


 ため息交じりに頷くジルコニアに、バリンが木のコップに入れたハーブティーを手渡す。

 数十秒、沈黙が続いた。


「……先ほど言ったこと、訂正いたします」


「ん?」


 自分のコップに目を落とし、バリンがぽつりとつぶやく。


「私は、あの娘を……バレッタが生きていくこの国を守りたい。何を利用しても、です。そのためには、あのかたが必要なのです」


「……うん」


「最低なのは、私のほうですな」


「『私たち』でしょう? 目的が違うだけで、やってることは私も同じよ。本当にもう、最悪だわ」


 自嘲するように、ジルコニアが小さく笑った。


「茶を飲んだら、倉庫へ参りましょうか」


「……そうね」


 ジルコニアは頷き、コップに口をつけた。

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