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158話:魚拾い

「リーゼ様! こっちに魚がいっぱいいるよ!」


「リーゼ様ー! はやくー!」


「ちょ、ちょっと待って……わあ、すごいね! 取り放題だね!」


 オルマシオール? からお土産を預かったコルツが戻ってきてから、一良たちは皆で連れ立って川方面にできた洪水地帯へとやってきた。

 以前にバレッタが言っていたとおり、辺り一面水浸しだ。

 陸地が覗いている部分はほんのわずかで、まるで広大な湖が広がっているようだった。

 リーゼは子供たちにまとわりつかれながら、靴を脱ぐとおっかなびっくりといった様子で水の中へと足を踏み入れていった。


「おお、これはすごい。地面に鏡が張ってるみたいですね」


「本当、なんて綺麗なのかしら……」


「わあ……」


「綺麗ですね……」


 一良とジルコニア、マリーとエイラが、その光景に感嘆の声を漏らした。

 今日は風もほとんどなく、広がっている水たまりは澄んでいてとても美しい。

 空から照り付ける太陽が水面に反射して、空に浮かぶ雲を鏡のように映し出していた。

 この景色を見ることができるのは、長くても7日間ほどらしい。


「そこらじゅうに魚がいますから、いくらでも取れますよ。数日で魚は死んでしまいますから、拾えるだけ拾って持って帰りましょう」


 バレッタは水に両手をしばらく浸すと、慣れた手つきで手近にいる魚をひょいと傍らに浮かべた水桶に放り込んだ。

 エイラとマリーも、スカートが濡れないようにと裾を縛ってから、魚に手を伸ばした。

 バレッタは簡単に魚を掴んでいるのだが、2人がやると魚はすいすいと逃げてしまってまったく捕まらない。


「バ、バレッタ様、コツを教えていただけませんか? 全然捕まらないです」


「あ、いったん水に手を浸して、手を冷やしてからにしてください。あと、追っかけて捕まえようとしても逃げられちゃうんで、足元に寄ってきた魚の首元を後ろから掴むんです」


 エイラが水に手を浸してから足元に寄ってきた魚に手を伸ばすが、ひらりと逃げられてしまった。


「む、難しいですね、これ」


「えいやっ!」


 元気な掛け声とともに、マリーが魚のいる水面にすさまじい勢いで手を突っ込んだ。

 勢いあまって指先が魚の腹にめり込んでしまい、魚に瀕死の重傷を負わせてしまったが何とか捕えることができた。


「マ、マリーちゃん、もう少し優しくね?」


「も、申し訳ございません」


 両手を魚の血で真っ赤に染めながら、マリーがあははと苦笑する。

 ルーソン家の一件が片付いてから日が経つにつれ、マリーは見違えるほどに元気になっていた。

 父親であるノールが死んでしまったことで多少なりとも気落ちするかと一良は考えていたのだが、そんな様子はまったくなく、いつも元気な笑顔を一良に見せてくれている。

 毎日ハキハキと元気に仕事に精を出す姿に、屋敷の者たちもほっとしているようだった。

 ちなみに、マリーはもう奴隷ではなく、解放奴隷として市民権を獲得している。

 身分買戻しのお金はもちろん、ハベルが全額出した。

 市民となったことで10日のうち2日の休日が付与されることになったうえに給金も跳ね上がり、今では月給2000アルという高給取り(屋敷勤めの侍女の初任給)だ。

 ハベルが強制労働期間中で給金が出ない間は、自分が兄の面倒をみるのだと息巻いているらしい。


「じゃあ、これならどうかしら。エイラ、ちょっと動かないでね」


 ジルコニアは袖口から護身用の小型の短剣を引き抜くと、エイラの足元数センチの場所目掛けて投擲した。

 目で追うこともできないほどの速度で短剣は水面に突き刺さり、じわりと赤い血がエイラの足にまとわりつくようにして広がる。

 ジルコニアは靴を脱ぐと、ばしゃばしゃと水に入って魚付きの短剣を拾い上げた。


「いや、あのですねジルコニアさん。殺しちゃうと鮮度が持たないんで、生け捕りにしないと」


「あっ、そうですね。ごめんなさい」


 プルプルと震えるエイラの隣で、ジルコニアが笑ってみせる。


「このまま置いておくと傷んじゃいそうですね」


「なら、何匹かここで焼いて食べちゃいましょうか」


 その様子を見ていたバレッタが、ぱしゃぱしゃと歩いて一良の下へ戻ってきた。


「マリーちゃん、その魚もこっちにもらえる?」


「はい!」


 バレッタがマリーとジルコニアから魚を受け取り、水桶に入れる。


「カズラさん、たきぎ拾い手伝ってもらえませんか?」


「ええ、いいですよ。でも、塩も何も持ってきてないんですけど、大丈夫ですかね?」


「私が取ってきます!」


 マリーは宣言すると、足を拭くのもそこそこに靴を履き、すさまじい勢いで村へと駆けていった。


「な、なんかマリーさん、最近ものすごく元気ですよね」


「カズラさんのおかげですよ。ハベルさんの処分は無いみたいなものですし、マリーちゃんなんて市民権を手に入れられたうえにお給金も跳ね上がったんですから」


「マリーさんやハベルさんがいなかったら、手押しポンプの現物とか領地の内政情報とか、ごっそりノールさんに持ち逃げされるところでしたからね。本当は金一封くらい出してあげたいんですが。アイザックさんにも、今度何かお礼をしないと」


「そう……ですね」


 アロンドが姿を消してから、一良は彼についての話題をまったく出さなくなっていた。

 一良はアロンドのことをとても信頼しているようだったので、あまり表には出さないが、内心酷くショックを受けているのだろうとバレッタは考えていた。

 イステール家は血眼になってアロンドの行方を捜索しているのだが、いまだに彼の所在は掴めていない。

 一つだけ収穫があったのは、彼によく似た人物がグレゴルン領から船に乗って北へ向かったらしい、という情報がハベルからもたらされただけだった。

 離反の事実は緘口令が敷かれ、ノールを含めた死亡した臣下たちは、野盗に襲われて殺されたことになっている。

 フライス領とグレゴルン領に通達を出したために上層部では大問題になっているようで、ナルソンはその対応に追われてかなり大変そうだ。

 自分たちの持っている情報から判断すれば、アロンドはバルベール側へ寝返ったと考えるのが妥当だろう。

 しかしそれでも、一良は彼の裏切りを受け入れられていないようにバレッタには見えた。

 話をしながら、2人は近くに生えている草藪に踏み入った。

 ぽつぽつとある枯草を拾い集めてみるが、どう考えても燃料が足りないように思える。


「むう、これはちょっと厳しいですね。枯草はありますけど、枝が全然落ちてないから魚を焼くのは……」


「カズラさん、コルツ君たちが言ってたオルマシオール様って、カズラさんも知っているかたなんですか?」


 申し訳程度に枯草を集めながら、バレッタが小声で言う。

 どうやら、この話をするために一良を連れだしたようだ。


「あー、えっとですね、一応……会ったことがあるみたいですね。知り合いってわけじゃないんですが……うーん」


 歯切れ悪く、一良が言う。

 あの女性と会ったのは夢だと一良は思っていたのだが、コルツが日常的に会っていたとなると、どうやら夢ではなかったらしい。

 一良自身、いまだに半信半疑だった。


「だいぶ前の話ですけど、バリンさんに日本のお酒を持ってきた時があったじゃないですか」


「すごく久しぶりに雨が降った日の夜のことですか?」


「そうそう、それです。で、その時に、夢で綺麗な女の人と話した、みたいなことを言ったと思うんですけど、どうやらそれが夢じゃなかったっぽいんですよ」


「え、それって、村の人とか駐屯軍の人じゃなくてですか?」


「違うと思います。駐屯軍の人で若い女性ってシルベストリアさんだけですし、村の人とも違いました」


「じゃ、じゃあ……日本から来た人、とか?」


 ものすごく不安そうに、バレッタが問う。

 一良は「うーん」と首を傾げた。


「俺もその線は考えましたけど、その人、焚火に手も触れずに一瞬で火を消したり、影の形がどう見ても人間じゃなかったりで、日本人どころか人間かすら怪しいんですよね……でも、今度会いに来るって言ってたみたいだし、その時になれば分かりますかね。ちょっと怖いですけど」


「もしかして、本物のオルマシオール様なんじゃないですか? それなら、一連の話も一応は納得できますし」


 それだ、といった表情で言うバレッタに、一良はきょとんとした顔を向ける。


「本物のオルマシオール様って……そんなものが本当にいるんですか?」


「え? いるんじゃないですか?」


 当然のように答えるバレッタに、一良は返答に困ってしまった。

 一良とて、日本にいた頃は正月には神社に初詣に行って神様に祈りを捧げたりはしたが、神様本人を目にしたことなど一度もない。

 神様とは概念的だったり象徴的なものだと思っていたのだが、改めてそう問われると「いない」とは即答できなかった。


「オルマシオール様ねぇ……確か戦いの神様でしたっけ」


「はい。でも、お土産に木の実とか果物をたくさんくれるなんて、何だか不思議ですよね。このあたりで採れるものばかりでしたし、もしかしたらオルマシオール様じゃなくて、森の精霊様かもしれないですね」


「精霊様……俺としては全然馴染みがないから、いまいちピンとこないなぁ」


「日本には精霊様はいないんですか?」


「いえ、信仰自体はいろんな地域にあると思いますけど、実際見たことがある人がいるかっていうと、俺は聞いたことがないですね。幽霊とか妖怪ならいろんな話を聞いたことがありますけど」


「えっ、どんなお話ですか!? 妖怪って、お化けとか怪物みたいなのですか!?」


 バレッタが瞳を輝かせて、話を催促する。

 意外にも、こういった類の話が好きなようだ。


「まあ、怪物っていえば怪物ですかね。有名どころでいうと、水の中に住んでいてキュウリが大好きな河童っていう妖怪がいますね」


「キュウリ……緑の長細いお野菜ですよね。野菜が好きだなんて、なんだかかわいいです。どんな姿なんですか?」


「ええと、全身が緑色でぬめぬめしてて、手には水かき、口にはクチバシがあって、人間みたいに髪の毛もあるんですけど頭頂部が丸く禿げてる妖怪です。水遊びをしている子供の尻こだまっていう、魂みたいなものを引っこ抜くんです」


「こ、怖いうえに、見た目もあんまりかわいくなさそうですね……」


「リアルに想像するとなかなかインパクトがある外見ですよね。こっちの世界にも、妖怪とかのお話はないんですか?」


「たくさんありますよ。有名なのは、『エプベル』っていう怪物ですね」


「どんな怪物なんです?」


「暗い森とか山の中に出る怪物で、地面から泥にまみれた手を突き出して、1人でいる子供の足首を掴んで地中深く引きずり込むんです」


「こ、怖ええ」


 そんな話をしていると、マリーが草藪をかき分けて2人の下へと駆けて来た。

 両手に薪を抱え、ニコニコ顔である。


「カズラ様、ただ今戻りました!」


「うお、ずいぶんと早いですね。あ、薪も持ってきてくれたんですか。ありがとうございます」


「はい、足りないだろうと思って持ってきました! あと、塩とコショウと醤油も持ってきました!」


「そっかそっか、ありがとう」


 よしよし、と一良に頭を撫でられ、マリーは「えへへ」と頬を染めて嬉しそうにしている。

 ハベルに対する処罰の大幅な免除や、マリーの奴隷身分返上を強く後押ししたことで、マリーはとても一良に懐くようになっていた。

 仕事には今までどおりにきりっとした表情で取り組んでいるのだが、一良が声をかけるとすぐに表情を緩めてトコトコと駆けよってくる。

 完全に一良に心を許しきっているようだ。


「じゃあ、さっそく焼きますか。皆を呼んできてもらえます?」


「はい!」


 笑顔で元気に返事をするマリー。

 尻尾があったら千切れんばかりに振りまくっているだろうな、と犬耳犬尻尾が付いたマリーを一良は想像するのだった。




 焼き魚を堪能した一良は、村に戻ると身支度をし、農業用運搬車に乗って日本へと繋がる雑木林へと向かった。

 途中、白骨死体を埋めたお墓に手を合わせ、石畳の通路を通って日本への敷居を跨ぐ。

 久々にやってきた屋敷は相も変わらず、誰かが掃除でもした後かのように綺麗なままだ。

 建設会社に電話をして図面引き渡しのアポを取り、続けざまにグンマー牧場に電話をかけて堆肥の発注を済ませる。

 その他、調達する予定の品々をインターネットで手早く調べた。


「ふう、本当に久しぶりの日本だな。車のバッテリー、大丈夫かな……一応端子は外しといたけど」


 庭に出て車のボンネットを開け、外しておいたバッテリーの端子を繋ぎなおした。

 車に乗り込んでエンジンキーを回すと、無事に一発で起動した。


「よしよし。それじゃあ行くか。今日は忙しくなりそうだ」


 久しぶりの運転にやや緊張しつつ、一良は行きつけのホームセンターへと車を走らせるのだった。

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