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157話:恥ずかしがり屋

 連日続いた雨がやっと上がり、季節が変わることを知らせる強い南風が吹いた数日後。

 一良はバレッタとリーゼとジルコニア、それにエイラとマリーも連れて、グリセア村へと戻ってきた。

 目的は、物資の補充と河川工事計画書の受け取り、洪水になった川べりでの魚拾いである。

 ジルコニアもリーゼも今さら村人に気を遣う必要もないので、鎧姿ではなく私服でやってきた。


「あー、村に戻ってくるの、ほんっとうに久しぶりですね。約5カ月ぶりですっけ」


 遠目に見えてきたグリセア村の入口を見て、一良がほっとしたような声を漏らす。

 住み慣れた、というほどに長く暮らしていたわけではないのだが、この村に戻ってくると実家に帰ってきた時のような安堵感があった。


「ずっと忙しかったですもんね。もうだいたいやることは済みましたし、これからはちょくちょく遊びに戻ってこれそうです」


 久々の故郷に、バレッタも嬉しそうに微笑んだ。

 街での道具の生産は完全に軌道に乗り、もう一良やバレッタたちがこまめに見に行く必要はなくなっていた。

 村の入口に設置された駐屯地の周りには、新たに開墾された広大な麦畑が広がっている。

 こんなに作ってどうするんだ、といったほどの広さだ。

 駐屯地に着いて馬車を降り、一良たちが一息ついていると、シルベストリアが駆け寄ってきた。


「お待ちしておりました! ようこそグリセア村へ!」


 鎧姿のシルベストリアが、踵を合わせてジルコニアと一良に笑顔を向ける。


「ご苦労様です。村の生活はどうですか?」


 一良が聞くと、シルベストリアはにっこりと微笑んだ。 


「はい、毎日がとっても楽しいです。村の皆さんとも上手くやっています」


「それはよかった。何か問題は起こってないですか?」


「1度だけ野盗らしき一団を発見しましたが、遠目に見かけてそれっきりです。これといった問題は、特に起こっておりません」


「えっ、野盗が出たんですか?」


 一良が驚いた声を上げる。


「断定は出来ませんが、おそらくは野盗かと。斥候を出して追跡させたのですが、村から離れて行ったので放置しました」


「ジルコニアさん、知ってました?」


「はい。報告は受けました。特に被害も出てませんし、グレゴルン領の方角へ去っていったようなので追っ手は出していません。グレゴルン領側に連絡はしましたけどね」


「ううむ、ナルソンさんの意見どおりに部隊を置いておいて正解でしたね」


「そうですね。この村の森から採れる腐葉土の噂は広がっているみたいですし、今後も部隊は置いておくべきでしょう」


 そう話していると、村の入口から村人たちがぞろぞろと集まってきた。

 先頭にいたバリンが、大きく手を振っている。


「お父さん!」


 バレッタがバリンに駆け寄り、飛びつくようにして抱き着く。


「おっと! バレッタ、久しぶりだな。元気にしてたか?」


「うん! お父さんも元気そうだね! 村の様子はどう?」


「皆元気だぞ。部隊のかたがたが良くしてくれるおかげで、今までより楽させてもらってるくらいだ。ん? ちょっと背が伸びたか?」


「半年くらいでそんなに変わらないよ」


「いやいや、少しだけ大きくなった気がするぞ」


「えー、そうかなぁ?」


 バリンとバレッタが久々の再会に喜んでいる間にも、村人たちが一良の下に集まり、口々に労いの言葉をかけてきた。

 リーゼの下には子供たちが駆け寄ってきて、手を引っ張って『一緒に遊ぼう!』と騒いでいる。


「カズラ様!」


 そうしていると、村人の輪をかき分けるようにしてコルツが一良の下へとやってきた。


「お、コルツ君、久しぶり! 元気だったかい?」


 くしゃっと一良が頭を撫でると、コルツはくすぐったそうに目を細めた。


「うん! カズラ様、俺、カズラ様と一緒にイステリアに行ってもいい?」


「え?」


 急にそんなことを言い出したコルツに、一良がきょとんとした顔をする。


「コルツ! カズラ様、申し訳ございません」


 いつぞやのように、コルツの母親が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 頭を下げる母親を見て、コルツがむくれた顔をする。


「何で謝ってるんだよー? 何も悪いことしてないのに」


「だから、ちゃんと説明しなさいって言ったでしょう?」


「でも、オルマシオール様に『行ってきなさい』って言われたんだよ? カズラ様が知らないはずないじゃん」


「え? あの、コルツ君。オルマシオール様がなんだって?」


 話が分からず、一良が怪訝そうな顔をする。


「オルマシオール様に、カズラ様の傍にいなさいって言われたんだよ。カズラ様も知ってるでしょ?」


「い、いや、知らないけど。ていうか、オルマシオール様って……」


 誰のこと? と問いかけようとして、一良は言葉を止めた。

 この村の住民たちは、一良のことをグレイシオールだと信じているのだ。

 戦いの神であるオルマシオールのことを知らないなどと言うのは、少々まずい気がする。


「カズラ様、もしかして、まだオルマシオール様とお会いになっていないのですか?」


 コルツの母親が、おずおずと一良に尋ねる。


「は、はい……あの、そのオルマシオール様って、今村にいるんですか?」


「ええと……おそらく森の中にいらっしゃるとは思うのですが……私も昨晩、家に訪ねてこられた時に初めてお会いして、この子をカズラ様の傍に置くようにと言われただけで……この子は毎日会っていたようなのですが」


「オルマシオール様は恥ずかしがり屋だから、あんまり人前に出てきたがらないんだよ」


「恥ずかしがり屋?」


「うん。『恥ずかしいの?』ってこの間聞いたら、『そうですね』って笑ってた。俺は大丈夫なんだってさ」


「えっと……オルマシオール様がどんな見た目だったか、教えてもらえるかな?」


「見た目? 普通のお姉ちゃんだよ。髪の毛が長くて、一つに結んでる」


「髪って、黒髪?」


「そうだよ」


「一つに結んでて、腰くらいまでの長さだった? 」


「うん」


「服は、旅人みたいな感じ? 駐屯部隊の使用人さんたちが着てるようなやつ」


「うん」


 一良の問いにコルツが答えると、村人たちは「おお」とか「やはり本物だったのか」とざわつきながらも一様に納得したように頷いた。

 バレッタやリーゼは、ぎょっとした眼差しを一良に向けている。


「呼んでこようか? カズラ様が来たって言えば、きっと出てきてくれると思うよ」


「そ、そうだね。お願いしようかな」


「うん! 連れてくるから、家で待っててよ!」


 コルツは元気に返事をすると、村はずれの森へと駆けて行った。

 一良たちは困惑しながらも、皆と一緒に村へと入るのだった。




 いつも剣術の特訓をしている村はずれの森へとやってきたコルツは、辺りを見渡した。

 いつもならここで彼女は待っているのだが、今日は姿が見えない。

 コルツは彼女を呼ぼうと、大きく息を吸い込んだ。


「おねえ」


「こんにちは」


「うわあっ!?」


 真後ろから声をかけられ、コルツは心臓が飛び出さんばかりに驚いて飛び上がった。

 振り返ると、そこには苦笑した彼女が立っていた。

 手には大きな木編みのカゴをぶら下げている。


「び、びっくりするじゃんか! 驚かさないでよ!!」


「ごめんなさい。そんなつもりはなかったのですが」


 絶対にそんなつもりだっただろ、とコルツは思いつつも、息を整えると彼女の手を握った。

 とても暖かく、やわらかい感触がコルツの手のひらに伝わる。


「カズラ様が、お姉ちゃんに会いたいんだって。村長さんの家で待ってるから、一緒に行こうよ」


「いえ、私はやめておきます。あなた1人で戻りなさい」


 困ったような顔で頭を撫でてくる彼女に、コルツは不満そうな目を向ける。


「お姉ちゃん、カズラ様と喧嘩でもしてるの?」


「いえ、そんなことはないですよ」


「じゃあ、仲良し?」


「それはどうでしょう」


「やっぱり、喧嘩してるの?」


「してませんよ」


 コルツはなおも不満そうに、頬を膨らませて彼女を見る。


「なら、来ればいいじゃん。カズラ様が会いたいって言ってるんだからさ」


「いえ、やめておきます」


「えー、それだと俺が怒られるじゃん。呼んでくるって言っちゃったんだよ」


「なら、今度私から彼に会いに行きますよ」


 彼女が答えると、コルツは疑いの眼差しを彼女に向けた。


「ほんとかなぁ……」


「本当ですよ。それに、彼とは約束もしていますから」


「え、そうなの?」


「はい。だから、大丈夫です」


 それを聞き、コルツはほっとしたように表情を緩めた。


「さあ、あなたはもう戻りなさい。皆が待っていますよ」


「うん。分かった。あと、イステリアに行ったら、どこで剣術を教えてくれるの? どこで待ってればいい?」


「剣術は、誰か別の人に習いなさい」


 コルツが再び、不満そうな顔つきになる。

 それを見て、彼女が苦笑した。


「そんな顔をしないでください。大丈夫、あなたはもう、必要なことは覚えました。後は自己鍛錬だけでも十分です」


「えー、絶対にそんなことないと思うんだけどなぁ……」


「なら、先ほど村の入口にいた銀色の髪をした女性に習いなさい。剣の腕前は彼女が一番だと思いますよ」


「うーん……分かった」


 仕方なく頷くコルツの頭を、彼女はよしよしと撫でた。


「いいですね。何があろうとも、逃げてはいけません。どんなに怖くても、決して目をそらしてはいけませんよ」


「うん」


「自分の中の過ちは、自分で打ち消すしかありません。大丈夫、あなたなら、きっとできます」


「うん」


 これは、今までに何度か彼女から言い聞かされていたことだった。

 何が起こるのかを聞いても彼女は答えてくれない、というか、『霞がかかっていて詳細までは分からない』とよく分からないことを言われてしまうので、ただ言われたことを素直に受け止めて頷いていた。


「これをどうぞ。彼らへの、私からのお土産です」


 そう言って、この辺りの森で採れる木の実や果物がぎっしりと詰まった木編みのカゴをコルツに差し出す。


「仲直りのプレゼント?」


「ですから、喧嘩なんてしていませんよ」


「本当かなぁ?」


「本当です」


 苦笑する彼女からコルツはカゴを受け取ると、村に足を向けようとして、止めた。


「あ、そうだ。カズラ様の周りって、バレッタ姉ちゃんとかリーゼ様とか綺麗な人がいっぱいいるから、好きならちゃんと言わないと取られちゃうよ」


「そ、そうですか。ご忠告ありがとうございます。ほら、行きなさい」


「うん。またね」


 小走りで村へと戻っていくコルツの背を、彼女はいつまでも見送っていた。

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