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152話:兄妹

「バレッタさん、座ってお茶でもどうです? ずっと立ちっぱなしっていうのも……」


「いえ、何が起こるのか分からないので」


 あれから約1時間。

 一良は何をするでもなく、部屋の中央でぼうっと椅子に腰掛けていた。

 すぐ隣には、腰の鞘に手を添えたバレッタが、じっと立っている。


「見張っていますから、ベッドで休んでください。私、夜目が利くんで、薄暗くしても大丈夫ですから」


「いやいや、そういうわけにも……あ、エイラさんは休んでいいですよ。俺のベッド使っていいですから」


「えっ」


 一良の対面に座っていたエイラは、その言葉にベッドに目を向けた。

 何度か一良が寝っ転がったのか、シーツが少し乱れている。


「エイラさん、明日も仕事ですよね? 寝ないと持たないですよ」


「いえ、大丈夫です。カズラ様こそ、お疲れなのでは」


「俺は朝になったら昼まで寝て過ごすんで、大丈夫です。エイラさんは寝てください」


「ですが……」


「あ、別に明日の仕事を休みにしちゃってもいいですよ。俺から侍女長さんに言っておくんで」


「う……で、では、お言葉に甘えて休ませていただきます」


 エイラはいそいそとベッドへ向かうと、カチューシャを外して布団に潜り込んだ。

 予想外に素直に言うことを聞いたエイラに、一良は「やっぱり疲れてたんだな」と頷く。


「灯り、小さくしますね」


 バレッタがリモコンを操作して、天井のLEDライトをオレンジ灯に切り替える。

 数分もしないうちに、すうすう、とエイラの寝息が聞こえてきた。


「しかし、何も起きませんね」


 淡く光るオレンジ灯を見上げ、一良が小声で言う。


「そうですね。このまま何も起きずに、朝になってくれるといいんですけど」


「バレッタさんは、何か心当たりはないんですか?」


「うーん、カズラさんを狙って襲ってくるような人となると……」


 バレッタの頭に、アロンドの顔が浮かぶ。


「誰か思い当たる相手でも?」


「いえ、でも……たったそれだけのことで、そこまでするはずは……」


「え、いるんですか? 誰なんです?」


「あ、えっと……」


 バレッタが口ごもっていると、廊下をばたばたと駆ける音が近づいてきた。

 バレッタは一良を背に扉に向き直り、剣の柄に手をかける。

 それと同時に扉が、ばん、と開いた。


「カズラさん! 無事ですか!?」


「えっ、ジルコニアさん、何事ですか?」


 部屋に飛び込んできたのは、ジルコニアと数人の警備兵だった。

 ジルコニアは薄い寝間着姿で、抜き身の長剣を握りしめている。

 部屋の中をぐるりと見渡し、ほっと息をついた。


「まだ近くにいるはずよ。軍事区画と街の出入り口を封鎖、近衛兵を緊急召集。徹底的に探しなさい。殺さず生きたまま捕えるのよ」


「ジルコニア様!」


 早口でジルコニアが警備兵に指示を出していると、別の警備兵が部屋に飛び込んできた。


「侍女のマリーを見つけました!」 


「部屋にいたの?」


「はい、ここに連れてきますか?」


「そうしてちょうだい。それと、あなたたちは捜索に回りなさい。ここは私が守るわ」


「はっ!」


 ジルコニアは警備兵たちを下がらせると、一良に向き直った。

 バレッタが電気を点け、部屋が明るくなる。


「ルーソン家がバルベールに通じていました。イステール領の情報を、バルベールに流していたようです」


「え!?」


 一良が驚きの声を上げる。


「そ、それって、ルーソン家全員ってことですか? ハベルさんやアロンドさん……あ、あの、ちょっと待っててください。その恰好だと目のやり場に困ります」


 一良は小走りでダンボール箱へ駆け寄り、無地のTシャツを引っ張り出してジルコニアに手渡した。


「ごめんなさい、急いで飛び出してきたもので」


 ジルコニアはもぞもぞとTシャツを着ると、一良に向き直った。 


「詳しい情報が入ってきていないので、詳細はまだ分かりません。ただ、ルーソン家はバルベールへの亡命を計画していたようです。国境へと向かう森の中で、スラン家の私兵が彼らを発見したと報告がありました」 


「スラン家の? なるほど、それで……」


「何かご存じだったのですか?」


「ええ、少し前にバレッタさんが……あの、ジルコニアさんは何も知らなかったんですか?」


「知りませんでした。先ほど、ずぶ濡れの兵士が私の部屋に駆け込もうとしてきて騒ぎになって……その時に別の警備兵が、少し前にハベルが屋敷にやってきたのを見たというので、もしやと思って慌てて……」


 ジルコニアは言葉を止めると、つかつかと一良のベッドへ向い、一気に毛布をはぎ取った。

 その中から、気まずそうに彼女を見上げるエイラの姿が現れた。


「……あなた、こんな時にそこで何を」


 顔をしかめてジルコニアが言いかけると、扉がコンコンとノックされた。


「マリーを連れてまいりました」


「入りなさい」


 ジルコニアが声をかけると、扉が開いて警備兵に連れられた侍女服姿のマリーが入ってきた。

 天井で光り輝くLEDライトに、警備兵が目を丸くする。


「ご苦労様。あなたも捜索に回りなさい」


「は、はっ!」


 警備兵が退出し、扉が閉まる。

 マリーの顔は真っ青で、小刻みに震えていた。


「ハベルはどこにいるの?」


「わ、分かりません」


「正直に答えないと、命はないわよ」


「ちょ、ジルコニアさん!」


 慌てて止めに入る一良を、ジルコニアが手で制す。


「ほ、本当です! 私、何も知りません!」


「ルーソン家は家ぐるみで、バルベールに亡命しようとしていたらしいわね?」


「っ!」


 びくっ、とマリーが肩をはねさせる。

 ジルコニアは、ふう、と息を吐いた。


「知っていることは全部話しなさい。あなたは今まで、本当によく働いてくれたわ。話してくれさえすれば、身の安全は保障するから」


「あ、わ、わたし、は……」


「ジルコニア様!」


 その時、ノックもせずに警備兵が部屋に飛び込んできた。


「ハベル様を見つけました! アイザック様と軍事区画の西地下訓練場にいるようですが、閂を掛けているようで扉が開きません! 中で戦闘になっているようです!」


 その言葉を聞くと同時に、一良たちは部屋を飛び出した。




「おい! どういうつもりだ! 本気で戦うんじゃなかったのか!!」


 汗だくで荒い息を吐きながら、アイザックが叫ぶ。

 数歩先には、同じく息を切らせたハベルが身構えている。


「何を……おっしゃるやら……これが私の本気です」


「さっきから逃げ回ってばかりだろうが! ふざけるな!!」


 アイザックが一気に距離を詰め、真横に剣を薙ぎ払う。

 ハベルは後ろに跳び、剣先を弾くように盾で受け流した。


「なぜ反撃しない!? まともに戦いもせずに、このまま殺されるつもりか!!」


 憤怒の形相で、アイザックが吼える。

 がむしゃらに突っ込みながら、剣をふるい攻撃を仕掛ける。

 ハベルは防戦一方で、ただの一度も攻撃を仕掛けない。


「実力差が、ありすぎますからね……無謀な攻撃を……控えているだけです……」


 ぜいぜい、と肩で息をし、ハベルはひたすら逃げ回る。

 出入り口の方向からは、扉をぶち破ろうとする音が響いている。

 長時間にわたる戦闘で、双方ともにかなり疲労していた。

 だが、アイザックにはまだ体力に余裕がある。

 対するハベルはすでにバテバテで、足元がふらつき始めていた。


「この大馬鹿野郎がっ!!」


 大きく踏み込んだアイザックが、ハベルを盾ごと蹴り飛ばした。

 ハベルは踏ん張り切れず、転がるように背中から転倒する。


「失望したぞ。たとえ勝てずとも、まともに戦って欲しかった」


「わ、分かりました。ちゃんと戦いますから、もう一度……」


 ばん、と扉が破られる音が響く。

 続けて、駆け寄ってくる大勢の足音。


「もう遅い。時間切れだ」


「アイザック! やめなさい!!」


 アイザックの視界の右隅に、ジルコニアたちの姿が映る。

 剣を振りかぶり、ハベルの頭目掛けて打ち下ろす。

 シュッ、と、何かが視界に入ったと思うと同時に、アイザックの二の腕に激痛が走った。


「ぐっ!?」


 深々と突き刺さった小型の短剣を目にして、右を見る。

 そのアイザックの顔面を、猛烈な勢いで駆け寄ったバレッタが殴りつけた。

 吹っ飛んだアイザックの手から、剣を蹴り飛ばす。


「ふう、間一髪ね。バレッタ、よくやったわ」


 遅れて到着したジルコニアが、やれやれといった様子でアイザックとハベルを見下ろした。


「いえ、ジルコニア様が短剣を投げていなければ間に合いませんでした」


「アイザックさん、大丈夫ですか!?」


 呻いているアイザックに、一良が慌てて駆け寄る。


「ぐ……カズラ様……」


「兄さんっ!!」


 尻もちをついたままの状態のハベルに、後からやってきたマリーが飛びつくようにして抱き着いた。


「お願いです! 兄さんを殺さないでください! 私はどうなってもいいですから、だからっ」


 マリーは泣きじゃくりながらハベルを抱きしめ、ジルコニアに懇願する。

 ハベルは半身を起こすと息を整え、マリーの頭を撫でた。


「マリー、いいんだ。俺はルーソン家の人間として、責任を取らなければならない」


「でもっ、でもっ!」


「父上のしでかした罪は、俺の罪でもあるんだ。分かってくれ」


 ハベルがジルコニアを見上げる。


「ジルコニア様、父は捕えることができましたか? 打てるだけの手は打ったつもりですが」


「……どういうこと?」


 ジルコニアがいぶかしんだ視線をハベルに向ける。

 アイザックや一良、そしてマリーまでもが、困惑した視線をハベルに向けた。


「父の亡命の件についてです。協力者をすべてあぶりだすために、ギリギリまで内密にことを進めていました。今頃、私の私兵が父の一行を捕えている頃合いだと思うのですが」


「ハベル、お前……何を言ってるんだ?」


 明らかに動揺した表情で、アイザックがハベルに問いかける。


「何をって……知っていたんじゃないんですか?」


「何の話だ。俺はお前が、カズラ様を暗殺しにきたものだと……」


「え? 私がカズラ様をですか? どうしてです?」


「それは……カズラ様を亡き者にしてしまえば、バルベールの勝利は揺るがない。俺がお前ならそう考えるだろうと思ったんだ。あちらへ亡命するなら、それくらいのことはするだろうと」


「神を殺せるわけないじゃないですか。第一、たとえまともにカズラ様と戦ったとしても勝てるわけがないでしょう。バレッタさんですら、アイザック様を一撃で伸せるほどの力を持っているんですよ」


 そう言って、ハベルはバレッタに目を向けた。

 バレッタは黙って、ハベルをじっと見つめている。


「そ、それはそうだが……じゃあ、なぜカズラ様の部屋へ行こうとしていたんだ」


「身柄を拘束されて二度とお会いできなくなる前に、自分の口からカズラ様にすべて説明して謝罪するためです。マリーのことをお願いしようという下心もありましたけどね」


「はあ、そこまでになさい。ハベル、こちらの情報とあなたの言っていることが噛み合ってないわ。別室で話を聞くから、付いてきなさい」 


「あ、あの、私も一緒に……」


 ハベルに引っ付いたまま、マリーがジルコニアを見上げる。


「そうね、あなたも来なさい。知ってることは全部話すのよ。その様子だと、何も聞かされてなかったみたいだけど」


「は、はい!」


 マリーに支えられ、ハベルが立ち上がる。


「カズラ様、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。どうか、お身体を大事に。この国を、よろしくお願いいたします」


「いや、何を今生の別れみたいな台詞を言ってるんですか。ハベルさんもマリーさんも、いなくなられたら困ります」


「ありがとうございます。ですが、身内が謀反を企てたとあっては……」


「だから、私が信用してるのはあなたたちなんですって。それに、ハベルさんは事前にノールさんの裏切りを防いでくれたんでしょう?」


「それは、そうですが……」


「私も一緒に話を聞きます。ジルコニアさん、いいですね?」


「分かりました。行きましょうか」


 ジルコニアを先頭に、ぞろぞろと訓練場を出ていく。

 その場には、アイザックとバレッタ、そして数十人の警備兵が残された。


「な、何だかよく分かりませんが……アイザック様、やらかしてしまったみたいですね」


「いや、しかし……」


 警備兵の言葉に、アイザックが唸る。

 話の展開が急すぎて、何が何だか分からない。


「とりあえず、手当しましょう。早く短剣を抜かないと、筋肉が締って抜けなくなりますよ」


「そ、そうだな。……バレッタさん、どうしました?」


 皆が出て行った扉を黙って見つめているバレッタに、アイザックが声をかける。

 すべてはアイザックの早とちりで起こった騒動だと、皆が考えていた。

 ただ一人、彼女を除いては。

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