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140話:革新の波

 2日後の昼過ぎ。

 バレッタは集まっている数人の鍛冶職人たちに、手にした2本の土木工具の説明をしていた。

 ここは街なかの川横に作られた、鉄製品を製造するための集合工房予定地だ。

 すぐ傍ではレンガ職人たちが、グリセア村から運ばれてきた耐火レンガを使って小型木炭高炉を組んでいる。

 いずれ各工房からここに職人を少しずつ集め、水力鍛造機や足踏み式研磨機をそろえた大規模工房として稼動させる予定である。

 ちなみに、一良はジルコニアとともに南部の穀倉地帯でイモの苗床の製作指導を行っており、リーゼは治水工事の現場視察という名の慰問に行っている。


「皆さんには、この2本の道具を作っていただきたいんです。すべての兵士さんに1本ずつ支給するので、かなりの数になってしまいますが……」


 そう言い、バレッタは2本の土木工具を皆に見せた。

 1本は『リゴ』と呼ばれる道具で、鍬によく似た形状の土木工具だ。

 長さ80センチほどの木の棒の先に鉄製の三角形の刃が直角に付いており、地面を掘り起こすのに用いる。

 刃の反対側には若干反りの付いた20センチほどの長さの鉄の板が付いていて、これは反動をつけるための重しである。

 リゴは別名『足首砕き』とも呼ばれており、手元を誤ると文字通り自分の足首を砕くことになりかねないが、携行に便利で機能性に優れた優秀な土木工具だ。

 もう1本は『ドラブラ』と呼ばれる道具で、こちらは斧の刃の反対側にピッケルの刃がくっついているような形状の道具だ。

 斧の部分で木の伐採や加工を行い、ピッケル部分で木の根っこを掘り起こすのである。

 これらの道具は、古代ローマ関連の本に載っていた内容を参考にしてバレッタが自分で図面に起こし、グリセア村で試作しておいたものだ。

 構造が単純で生産性に優れるため、数がそろえやすい。


「そりゃあ、領主様が作れって言うのならいくらでも作るが、かなり時間がかかるぞ。両方とも数千本は作れってことなんだろ?」


「それに、材料も相当必要になるな。これはちょいと厳しいぞ」


 バレッタの持つそれらをしげしげと眺めていた職人たちが、険しい顔で意見を述べる。


「材料はこちらから支給しますし、そんなに急いでというわけでもないので何とかお願いします。それと、その刃に使われているのは青銅ではなく、鉄という金属です」


 いつぞやの大工職人に説明したように、彼らにも鉄の特性と鉱石の採掘状況を説明する。


「なるほど、材料は豊富にあるってことか。だが、先に武器や防具をそろえないで土木工具なんて作ってていいのか?」


「それらももちろん作りますが、まずは兵士用の工作道具のほうが必要だということになりました。ただ、他の物はまったく作らないというのではなくて、各工房で分担して色んなものを少しずつ作っていただくことになっています」


「ふむ。鉄器に更新が必要な道具は少しずつ作って、まずは様子見ってことか」


「そういうことになりますね。ここの工房が稼働を始めたら、それまでに作られた鉄器を参考にして本格生産に入る予定です」


 その後も建造中の木炭高炉の説明を合わせて行っていると、背後からぽんと頭を撫でられた。

 振り返り、その声の主に笑顔を向ける。


「アロンド様、ご無沙汰しております」


「ひさしぶり。ちょっと早く来すぎちゃったかな?」


「すみません、まだ打ち合わせ中で……少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、いいよ。俺も見学させてもらうから」


 2日前、バレッタを助手に欲しいというアロンドの希望はバレッタ本人の意向により通らなかったのだが、だからといって一緒に仕事をする機会が失われたわけではない。

 資材調達においては彼を通すのが一番手っ取り早く、用途に応じた資材を大量に注文する際は説明のために顔を合わせることになるからだ。

 アロンドがどうしてもバレッタの手助けが必要と申し出た場合は手伝いに出向くということにはなっているが、それは当人も了承済みである。

 本日はバレッタからの要望で、必要な資材を算定するためにアロンドに時間を作ってもらっていた。


「これでひととおりの説明はおしまいです。抽出した鉄のインゴットがいくつかあるので、持ち帰って今説明した方法で試しに加工してみてください。自分用の工具を作るのがいいと思います」


 バレッタは皆に薄い鉄のインゴットをいくつか持たせると、アロンドに向き直った。


「お待たせしました。そちらの小屋で説明させてください」


 2人して敷地内の休憩小屋へと歩きながら、バレッタは恐縮した表情をアロンドに向けた。


「あの、先日はお話を断ってしまって申し訳ございませんでした。私のほうも手一杯で……」


 謝るバレッタに、アロンドは「いやいや」と笑ってみせる。


「こっちこそ、無理に引き抜こうとして悪かったよ。最近仕事が多すぎて、てんてこ舞いでさ。君みたいな優秀な人を助手に付けられたらって思って、無理言っちゃったんだ」


 それに、とアロンドはバレッタに顔を向ける。


「こんなかわいい娘が助手になってくれたら、いくらでも仕事を頑張れるなって思ってね」


「え、えっと……お褒めいただき恐縮です。ありがとうございます」


「……君、真面目すぎるって周りに言われない?」


「えっ? い、いえ、そんなこと言われたことないです」


「えー、ほんとかなぁ」


「……はい。覚えている限りでは一度も」


「うん、そういうところを言ってるんだけどね」


「は、はあ」


 休憩小屋に入ると、バレッタは肩から斜め掛けしているカバンから丸められた皮紙を取り出した。

 止め具を解いて机に広げ、端を手で押さえる。


「時間がないのでぱっぱと行きますね。まだ何枚もあるので」


「……これは」


 皮紙に描かれている内容に、アロンドの表情が真剣なものになった。

 そこにはラタの絵が描かれており、それに重ねるようにして複数の馬具が描かれている。


「これはラタに付けるハーネス(馬車を引く際にラタに付ける固定具や手綱のこと)を改良したものです。現在主流の固定具は紐を胸と首に取り付けるもののため、引かせる荷物が重いとラタを締め付けてしまいます。ですが、これなら分厚い革の首輪が負荷を分散させるので、ラタを痛めずにすみます」


 バレッタが指でなぞるイラストを見つめ、アロンドは黙って頷く。

 

「当然ながらラタは疲れにくくなりますし、力も入れやすくなるので今までより重い物でも引けるようになります」


「……画期的じゃないか。これなら馬車での輸送効率がグンと上がる」


「はい。輸送費用が大幅に削減できるようになるので、様々な製品の製造コストを下げられると思います」


「試作品はある?」


「いえ、試作は行っておりません。あるのはこの図面だけです」


 バレッタが答えると、アロンドは驚いた表情になった。


「試作もせずに、ここまで精巧な図面を描いたのかい?」


「あ、いえ……多少試行錯誤はしましたが、この図面どおりのものはまだ作ってないんです。でも、これはまず大丈夫なはずです」


「そりゃ頼もしいね。でも、念のため1つ試作してみよう。図面を借りていっていいなら、俺から革職人に試作させておくけどどうする?」


「お願いします。それで大丈夫そうだったら、量産の段階までもって行きますので」


「分かった。可能な限り早く取り掛からせるよ。部材の選定で特に注文はあるかな?」


「丈夫で、ラタの肌を痛めにくいものであればなんでも大丈夫です」


「ていうと、大人の牝のカフクの革がいいか……あ、ごめん。次どうぞ」


 バレッタは頷くと、カバンから次の皮紙を取り出した。

 机に広げると、今度は変わった形の機械の絵が現れた。

 等間隔に細い隙間を空けられた樽。

 そしてその上に大きな板が載せられていて、その中心にはネジ切り加工された太い棒が取り付けられている。

 棒のてっぺんにはT字のハンドルが付いており、それを回すことで棒の下側が樽の上蓋に当たり、下に押す仕組みだ。

 一般的にはスクリュープレスと呼ばれている、圧搾機械である。


「これは豆を絞るための機械です。今までは木箱の上に丸太や石を載せたりしてゆっくり油を絞っていましたが、この機械があればもっと短時間で効率的に搾り出すことができます」


「何だこれ……こんな形状の道具は初めて見るよ。どうやって使うんだい?」


「これは上のハンドルを捻ると……」


 スクリュープレスの仕組みを一から説明し、それに必要な部材も一緒に説明する。

 先ほどのようにアロンドからいくつか確認が入り、それらが終わると次の図面へと移行した。

 それが何度も繰り返され、その度にアロンドは全神経を集中してバレッタの言葉に耳を傾けていた。

 しばらくしてそれも終わり、バレッタは小さく息をついた。


「……今日のところは以上です。図面はすべてお貸ししますので、使い終わったらお返しいただきたいです」


「うん、わかった。複写はしても大丈夫かい?」


「大丈夫です。ただ、管理には気をつけてください。手押しポンプや高炉ほど機密性が高いわけではありませんが、漏れていいものでもありませんので」


「もちろん分かってるよ。任せておいてくれ」


「では、私はこれで失礼します。本日は時間を作っていただき、ありがとうございました」


 バレッタはぺこりと頭を下げると、駆け足でその場を去って行った。

 アロンドは笑顔で手を振ってそれを見送り、手にした図面の束に目を落とした。


「まさか、製材機や手押しポンプも全部彼女が……?」


 そうしてレンガ職人たちが組んでいる高炉をしばし見つめ、バレッタが走り出ていった出口へと目を向けるのだった。

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