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14話:マッサージとお勉強

「……どうですかね?」


「確かにバレッタは頭のいい娘ですが……そこまでしていただいて、本当によろしいのですか?」


 一良の提案を聞き、村長が喜び半分、驚き半分といった表情をしていると、身体を洗い終わったバレッタが戻ってきた。

 湯で濡れた髪が首筋に垂れ下がっており、妙に色っぽい。


「はー、さっぱりした。この石鹸、本当にいい香りがしますね……どうかしました?」


 何やら真剣な表情で話をしている一良と村長を見て、バレッタは小首を傾げる。


「バレッタ、随分前の話になるが、お前は町に出て色々学びたいと言っていたことがあったな」


「うん、そんな事言ったこともあったけど、今は村を出るつもりはないよ?」


 そう言いながら定位置に座るバレッタに、村長は微笑む。


「その事なんだが、どうやら村を出ずとも色々学ぶことが出来そうだ。カズラさんがお前に勉学を教えてくださるらしい」


「えっ!?」


 驚いた様子で一良を見るバレッタに、一良は提案の趣旨を話そうと口を開く。


「ええ、バレッタさんさえよければですが。それでですね……」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます、是非お願いしたいです!」


 一良の言葉を遮ってそう願い出るバレッタは、余程嬉しい提案だったのか、喜びに瞳を輝かせている。

 バレッタの勢いに若干気圧されながらも、一良は遮られた続きを口にした。


「は、はい、わかりました。そこで一つ相談なんですが、この間組み立てた水車を、バレッタさんが考案して作った物ってことにして頂きたいんです」


「……え?」


 一良の発言にバレッタは固まっている様子だったが、とりあえず話を続けることにした。


「この間村の様子を見に来たアイザックさんですが、バリンさんの話からするとあまり村と川の関係に詳しくなかったように思えます。今後、もしナルソン様がアイザックさんの報告に疑問を感じた場合、水路を辿って水車を見られるかもしれません。その時に、水車の出所が私だとばれると、その……色々と私としても都合が悪いわけで……」


 どう説明したものかと歯切れの悪い言い方をしている一良に、バレッタは


「あ、はい……そうですね……」


 と頷いた。

 今までの経緯から、一良がやってきた国についてはなあなあになっており、村人達は深く立ち入ろうとはしない。

 バレッタと村長も例外ではなく、むしろ深く立ち入らないように村人達に指示している側である。

 何故そうしているのかというとちゃんとした理由もあるわけなのだが、今の一良はその理由など知る由も無い。


「というわけで、その代わりといってはなんですが、水車の作り方の他にも私が教えられる範囲でなら何でも教えますので、協力してもらえませんか?」


「は、はい、私なんかでよければいくらでも……でも、大丈夫でしょうか……」


 そう言って不安そうな表情をするバレッタに、一良も「大丈夫」とは即答できず、ううむと唸る。

 大分無理のある提案をしていることは承知の上だが、今のところこれ以外の対策が思いつかない以上、とりあえずやってみるしかない。

 それに、水車の存在が即刻露呈するというわけでもないので、時間的な余裕はまだあるはずだ。


「あの、カズラさん、今思いついたのですが……」


 一良が「あ、でも工作精度とか突っ込まれたらどうしよう……」などとぶつぶつ言って頭を抱えていると、その様子を見ていたバレッタが何やら閃いた様子で話し掛けてきた。


「何です?」


「いっそのこと、今置いてある水車の代わりに、村のみんなで新しく水車を作って設置してしまえばいいんじゃないですか? 見本になる水車もありますし、作りを簡単にしたものだったら出来る気がするんですけど」


「作りを簡単にですか……」


 バレッタの台詞に、一良はううむと考え込む。

 確かに見本になる水車があるとはいえ、いきなり水車作りに挑戦して作り上げることができるだろうか。

 とはいえ、既に置いてある水車を見られた場合は、工作精度やら軸に使われている金属やら突っ込まれ所が満載なので、バレッタの案に乗っかるのがベストと思われた。


「そうですね……確かにあの水車を見られると色々とまずい気がしますし、何とか1ヶ月で水車を作ってみましょうか。とりあえず回って、少しでも水を汲み上げられればよしとするってことで」


「はい、それに実際に一度作ったことがあれば、アイザックさんやナルソン様に何か質問されても答えることができますし」


 その様子に、村長はうんうんと頷くと、


「そうですな、バレッタや村人達も勉強になります。何とか皆で協力して頑張りましょう」


 と言い、一先ず話を纏めるのだった。




 次の日の朝、一良はバレッタにも手伝ってもらいながら、最初に持ってきたリアカーに折りたたみ式リアカーを積んでいた。

 もう一度日本に戻り、肥料を取ってくる為である。


「それでは、肥料を取りに行ってきます。勉強は夜にやるということでいいですかね?」


「はい、ありがとうございます。でも、肥料を撒くので疲れていたらまた後日でもいいですよ?」


 言葉ではそう言って一良を気遣うバレッタだったが、勉学を学べることが余程嬉しいのか、その表情は期待に満ちている。

 昨日の話では村の皆で水車を作るということにはなっていたのだが、畑に肥料を撒く作業がまだ残っていたため、まずはそちらを終わらせてから水車を作ることになっている。

 葉物野菜の種まきもあるので、こちらの作業を優先しなければいけないのだ。

 夜は肥料撒きや水車製作といった作業は行わないので、バレッタには夜に勉強を教えることとなったのだった。


「わかりました。では、行ってきますね」


「はい、お気をつけて」


 こうして手を振るバレッタに見送られながら、一良は屋敷を後にするのだった。




「こ、腰が痛ぇ……今度指圧マッサージにでも行ってくるかな……」


 周囲で村人達が一心に肥料を撒く中、一良は腰を押さえて背伸びをした。

 バレッタに見送られて日本に戻った後、再びホームセンターまで行って入荷されたばかりの肥料の大半を買い付け、それを村に運んで今に至るのだが、千数百キロの肥料などの荷物を一人でリアカーに載せては運ぶという作業はさすがに堪えた。

 全てを村に運ぶのに結構な時間がかかり、村人に混じって肥料を撒き始めてから1時間程しか経っていないのだが、早くも空は夕焼け色に染まり始めている。

 ちなみに、今日の昼食はすき屋の牛丼(大盛り卵付き)でさっさと済ませた。


「カズラさん、後は私たちでやっておきますから、先に屋敷に戻って休んでいてください」


 一良が腰を押さえて呻いていると、それを見たバレッタが心配そうに声を掛けてきた。

 他の村人同様、バレッタにも少し疲労の色が見えるが、まだまだ元気そうである。


「いやいや、私一人が先に帰るというのは……」


「でも、無理はよくないですよ。疲れた時はちゃんと休まないと」


「バレッタ、カズラさんと一緒に屋敷に戻って、腰を揉んでさしあげなさい」


 遠慮している一良に、二人のやり取りを見ていた村長が口を挟む。


「あ、いや、そこまでしてもらわなくても平気ですよ。一人で戻って寝転がってますから」


 慌ててそう言う一良だったが、


「そうですね、一緒に戻りましょう」


 と言って一良の手を引くバレッタに、強制的に屋敷まで連行されるのだった。




「それでは行ってきますね。すぐ戻りますから」


「はい、ゆっくりでいいですよ」


 バレッタはそう言うと、囲炉裏で暖めたお湯の入った水桶と石鹸を持ち、庭へと出て行った。

 二人は屋敷に戻ってとりあえず一息ついたのだが、やはりどうにも身体に付いた肥料の臭いが気になるので、身体を洗うことにしたのだ。

 先に一良が身体を洗わせてもらい、次はバレッタの番である。


「しかし、いくら屋敷の庭には木の塀があるとはいえ、年頃の女の子が庭で身体を洗うってのはちょっとまずいよな……冬になったら寒くて風邪引きそうだし、今度屋敷に併設した簡単な個室でも作らせてもらうか」


 この世界ではそれくらい普通なのかもしれないが、一良としてはやはり気になる。

 そんなことを考えながら一良はボストンバッグを開くと、中から大学ノートと筆箱、それと本屋で適当に買い込んできた数冊の本を取り出した。


「さて、勉強を教えるとは言ったけど、何を教えればいいんだろうか。適当に本持ってきたけど、役に立つかな……」


 そうして、持ってきた本をペラペラとめくり


「あれ、『人気の出るカフェのはじめ方』なんて本入れたっけかな……間違えてカゴに突っ込んだのかな」


 などと呟きながらも「ふむふむ」と暫く本を読んでいると、身体を綺麗に洗ったバレッタが戻ってきた。


「お待たせしました……あ、それってもしかして、本ですか?」


「ええ、バレッタさんに勉強を教えるのに役立つかなと思って数冊持ってきたんです。これは間違って持ってきてしまったやつですけどね」


 バレッタは本を開いている一良の横に座ると、興味津々といった様子で横から本を覗き込む。

 一良も一緒に本を見ながら、石鹸のいい香りがするバレッタに内心ドキドキしていたが、ふとバレッタを見ると、バレッタは本を見たまま目を見開いて固まっていた。


「カ、カズラさん……この本に載っているのは……絵……ですか?」


「え? あ、そうか、しまった」


 バレッタにそう言われて改めて本を見た一良は、そこに載っている「人を引き付ける空間デザイン」と書かれたページを見て頭を掻いた。

 文字だけならいいのだが、でかでかとカフェの写真が載っているのである。

 この世界に写真なんてものが存在するはずもなく、バレッタがこの本をみて驚くのも無理は無い。

 しかし、見られてしまったものは仕方がないと、バレッタにも判るように簡単に説明だけしておくことにした。


「あー、えっとですね。これは写真といって、その場の風景を実際と寸分違わぬ状態で紙に描いたものです……わかりますかね?」


「えっと……例えばこの家の中の風景も、ここに載っているもののように描けるってことですか?」


「そうそう。理解が早いですね」


 バレッタはなおも真剣な様子で本に載っている写真を見ていたが、ふと何かに気付いたようで、


「あの、ちょっと触ってもいいですか?」


 と言って一良に了承をもらうと、本を受け取った。


「すごい……こんなに薄い皮紙なんて見たことがありません。何の皮なんですか?」


「あ、それは皮紙じゃないですよ。原材料は木です」


「……え?」


 一良がそう教えると、本のページを触りながら感心していたバレッタは再び固まった。


「えーと……まぁ、木を色々加工するとこういう紙ができるんです。どうやって加工するのかは私もよく知らないんですけどね」


「これが木なんですか……」


 むむ、と唸って紙を触っているバレッタに、一良は「(今度ネットで紙の作り方も見ておくか)」と内心一人ごちると、本題を切り出すことにした。


「それはそうと、勉学を教えると約束はしましたけど、何を教えればいいんですかね?」


 一良の問いかけに、バレッタは本を開いたまま「んー」と唸る。


「王都に住んでいる人たちは、法律や歴史や神学を勉強するって聞いたことがありますけど」


「……」


 バレッタの台詞に、今度は一良が固まった。

 一良は現代日本での義務教育を元に、バレッタに教える勉強をどうするか考えていたのだが、よくよく考えてみればこの世界の勉学と現代日本の勉学が同じはずが無い。

 歴史や法律などと言われても、この世界に来てわずか2週間程度しか経っていない一良には、何一つ教えることが出来ないのである。


「……すいません、その中の何一つ教えられません。私の国の勉学と、アルカディアの勉学の内容は随分違うみたいです」


「えっ」


 一良の言葉に、バレッタは少しの間黙って考えていたが、すぐに口を開いた。


「カズラさんの知っていることでしたら、何でも教えていただきたいです。王都の人たちが学んでいることが勉学の全てではないと思いますから」


「しかし、何を教えればいいやら……」


 ううむ、と考え込む一良にバレッタも一緒になって考えていたが、いい考えが思いついたらしく、「そうだ」と顔を上げた。


「では、カズラさんの国の文字の読み書きを教えていただきたいです。そうすれば、この本も読めますし」


 そう言うバレッタに、一良も「なるほど」と顔を上げた。


「文字ですか。まぁ、言葉は通じるから文法は同じだし、覚えるのは比較的簡単かな……わかりました、いいですよ。その代わりですが……」


「その代わり?」


 首を傾げるバレッタに、これはいい機会だと兼ねてからの懸念事項を一つ解決することにした。


「私にもこの国の文字を教えていただきたいです。恐らく、この国の文字は全く読み書きできないと思うので……」


 一良がそう言うと、バレッタは驚いた表情をしていたが、すぐに「いいですよ」と微笑んだ。


「それでは、早速始めますかね?」


「あっ、その前に腰を揉みますよ。痛いんでしょう? そこに横になってください」


 こうして、一良はバレッタに、バレッタは一良に、それぞれ読み書きを教わることになったのだった。

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