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136話:先見

 その日の夕食後。

 一良は自室の隣にある仕事部屋で、テーブルに並べた監視カメラの性能を説明していた。

 部屋にいるのは一良とナルソン一家の4人で、バレッタはマリーを手伝って夕食の片付けをしているためここにはいない。


「今後、他国や他領の人と重要な取引をする際は、この監視カメラを使ってその時の様子を記録しようと思います。これさえあれば、相手がその時の話を反故にしようとしても証拠があるので逃げられません。あと、このカメラが映している映像をこっちの受信機を使って見ることができます」


「これって、前に見せてもらった写真を撮る道具とは違うの?」


 ドーム状の監視カメラをしげしげと眺めながら、リーゼが問う。


「用途は似てるけどちょっと違うかな。こっちは写真みたいな静止画じゃなくて、動いてる様子をそのまま記録として残して何度でも見返せるんだ。まあ、あっちでもやろうと思えば似たようなことはできるけど」


「んー……こっちのほうがさっき言ってたような用途には便利ってことだよね? “監視”カメラっていうくらいだし」


「そうそう。あと、一応防犯用にもなるな。たとえ取引の際に何かあっても、別室で監視していればすぐに駆けつけられる」


「そっか、そういう使い方もあるんだね」


 感心している様子のリーゼを一良は見つつ、ナルソンとジルコニアをちらりと見た。

 2人とも、『大丈夫そうだ』といった様子で頷いてみせた。

 2人には前もってカメラのことは話してあり、リーゼのために使うといった理由も器具の性能も承知している。


「まあ、よほどのことがない限りはこれに保存した映像を使うことはないとは思いますが、念のためにと思って持って来ました。面会に使う部屋の鉢植えの中にでも潜ませておくことにしましょう。あとこれ、防犯ブザーっていうんですが……」


 そうして品物の説明をしていると、扉がノックされてマリーが入ってきた。


「カズラ様、アロンド様がご到着なされました。現在、応接室にてお待ちいただいております」


「あ、分かりました。すぐに行きます……ん? マリーさん、どうかしました? 体調でも悪いんですか?」


 マリーの表情が少し暗いような気がして一良が声をかけると、彼女は焦ったような表情になった。


「い、いえ、そんなことは。お気遣い、ありがとうございます」


 マリーは今朝のノールの話がずっと頭に渦巻いており、食事すらほとんど食べられないような状態だった。

 あの後マリーはハベルにお土産を渡しに行ったのだが、彼は何食わぬ様子でお土産を受け取り、マリーももらったと聞くと表情を綻ばせていた。

 そのあまりにも普段どおりな態度に、マリーは彼に何も言い出すことができず、屋敷に戻ってきてからも1人で苦悩していた。

 誰かにこの話をして助けてもらいたいが、下手をすると父と兄の命を奪うことになりかねないと理解していたからだ。


「でも、顔色が悪いですよ? 今日はもう仕事はいいので休んでください。他の侍女さんには私から言っておきますから」


「っ……いっ、いえ! 本当に大丈夫ですので!」


 泣きそうになるのを堪えるような表情を一瞬見せたマリーに、アロンドと何かあったのだろうかと一良は心配になった。

 だが、本人がそこまで大丈夫だと言い張るのでは仕方がない。


「うーん……分かりました。でも、無理はしないでくださいね?」


「はい。ありがとうございます」


 そうして一良はマリーを伴い、応接室へと向かった。 




 数分後。一良はアロンドとテーブルに向かい合って座り、塩湖調査の報告を受けていた。

 蝋燭の灯りがぼんやりと照らす室内には、2人以外誰もいない。

 というのも、ナルソンに報告する前に一良と2人きりで会いたいと、アロンドから申し出があったからだ。

 以前、ジルコニアにはリーゼの話をしないほうがいいという彼からの忠告を無視して痛い目に遭った経験のある一良はそれをすぐに了承し、今に至る。


「間者の報告では、以前カズラ様がおっしゃっていた塩湖とみられるものは見つかりませんでした。ですが、代わりに内陸の盆地に妙な村が見つかりました」


「妙な村?」


「はい。その村には毎日のように荷馬車が何台も出入りしているようでして、調査によるとどうやら粘土を採掘して運び出しているようなのです。ですが、その運び先がグレゴルン領内の海岸沿いにある塩の産地として有名な港町でして……何のためにそれほど粘土が必要なのか、よく分からないのです」


「船を使ってどこかに輸出してるんじゃないですか? もしくは、レンガか何かを作るのに使っているとか」


「それも考えましたが、わざわざ船を使ってまで粘土を輸送というのは費用を考えると少々厳しいかと。レンガや陶器を作っている様子ではあるのですが、運びこまれる量と消費される量に釣り合いが取れていないようにみられるのです」


「ふむ。そんなにあからさまにおかしい様子なんですか?」


「はい。積荷は全て一箇所の施設に運び込まれているようなのですが、粘土なら近場の山や河川沿いでも採掘できるはずですし、どうにも不自然に感じられます。粘土の質がとびきりいいというわけでもなさそうですし、どうにも引っかかります。これは私の考えですが、粘土を使った新たな製塩方法が存在するのか、もしくは……」


「……粘土の輸送に見せかけて、実はその粘土の中に塩を隠している?」


 一良の言葉に、アロンドが頷く。


「もっと詳しく調べたかったのですが、その村は警備が厳重で下手に手を出せません。そこで、先にカズラ様に報告をと思いまして」


「なるほど……それはもしかしたら、地下に岩塩坑がんえんこうがあるのかもしれないですね」


「がんえんこう……ですか? 初めて聞く名称なのですが、塩湖とは違うのですか?」


 真剣な表情で聞き返すアロンドに、一良は以前読んだ百科辞典の記事を思い出しながら口を開く。


「大まかに言えば塩湖と同じです。元々あった塩湖の水分が完全に蒸発して、地下に塩が層になって堆積した状態になったもののことを岩塩坑というんです」


「なるほど。ということは、その村は近場で掘ってきた粘土を村の地下から掘り出した塩にかぶせて、沿岸地に運び出しているということですか。それをあたかも海岸で製塩したものとみせかけて、あちこちに売っていると」


「その可能性はありますね。岩塩坑からは結晶の状態の塩が採れますから、もしそこが岩塩坑だというのならグレゴルン領の塩の品質がずば抜けていいっていうことも頷けます」


「そうだとしたら、たいした手間もかけずに手に入れた高品質な塩でぼろ儲けしているということになりますね。なるほど、そういうことだったのか……」


 一良の説明に、アロンドは感心した様子で深く頷いた。

 彼の中では、すでにそれが真相だと断定されているようだ。


「では、その線でさらに調査を進めます。領主のダイアス様も一枚噛んでいる可能性が高いので、もしその場合はそれもネタに使ってニーベル殿に脅しをかけようと思います」


「脅し、ですか?」


 首を傾げる一良に、アロンドはにやりとした表情を浮かべた。


「はい。おそらく、塩の取引量を5割減にするとニーベル殿が言ったのは、リーゼ様を手篭めにするためのハッタリです。もしダイアス様が岩塩坑の存在を知っているうえで製塩事業の全権をニーベル殿に任せているのだとしたら、近いうちに『若干天候が持ち直した』とか何とか理由をつけて取引量を修正してくるでしょう」


「んー……てことは、岩塩坑の存在をダイアスさんが知らない場合は、取引量は5割減のままってことですか?」


「その通りです。ダイアス様が岩塩坑の存在を知らず、ニーベル殿が本気でリーゼ様を手篭めにしようとしているのなら、彼も言い出した手前意地になってこちらが音を上げるまで取引量の減量を続けてくるかもしれません。ですが、もしダイアス様が岩塩坑の事業に噛んでいるとしたら、そのような私情のためにバカみたいに儲け損ねをするような真似を許すはずがありません。未だに正式な取引量減の通達が来ないのは、取引量修正を言い出す時期を図っているのではないでしょうか」


 アロンドの推論に、今度は一良が感心して頷いた。


「なるほどねえ……それなら、あっちが何か言ってくるまで、私たちは待ってればいいってことですかね?」


「それでいいかと。くだんの村については継続して調査を進めますが、それ以外にこちらから動く必要はないでしょう」


「ふむ……もし塩の取引量を半分のままでゴリ押してきたらどうします? ダイアスさんに岩塩坑の存在をばらしてやりますか? もちろん、その村の地下に岩塩坑があるという確証を得た後でですけど」


「それも痛快で面白いですが、今まで儲けた分を全部吐き出させるくらい思い切り強請ってやるというのはどうでしょうか。個人でそのようなことをしていたとしたら相当な金を貯めこんでいるでしょうから、それをごっそりいただきましょう。ばれればまず確実に財産没収、もしくはそれに加えて死刑になるでしょうから、こちらのいいなりになるしかありませんからね。死ぬまで金づるになってもらいましょう」


「え、えぐいですね。まあ、自業自得ですけど……」


 爽やかな表情で恐ろしい提案をするアロンドに、一良が乾いた笑いを漏らす。

 それに合わせ、アロンドも声を上げて愉快そうに笑った。


「カズラ様の未来の奥方に手を出そうとした報いです。ジルコニア様のようにとはいきませんが、徹底的にやってやろうではありませんか」


「え? いや、私とリーゼはそういう仲では……」


「あ、一応まだお付き合いは秘密ということでしたか。誰も彼もがそう話しているので、もう公になっている話かと思っていました」


「ちょ、それマジですか」


 一良がそう言った時、コンコンと扉がノックされた。

 アロンドが返事をすると、手にしたおぼんに2つのカップを載せたバレッタが入ってきた。

 バレッタが洗い物をしている横でマリーが青い顔でお茶の準備をしているのに気付き、代打を申し出たのだ。

 ちなみに、バレッタはマリーの身分や込み入った御家事情のことを、一良からざっくりと聞かされている。 


「失礼します。お茶をお持ちしました」


「あ、バレッタさんすみません。ありがとうございます」


 バレッタは緊張しているのか、カクカクした動きでテーブルに歩み寄る。


「ん、ありがとう」


「は、はいっ!」


 ぎこちない動作でカップをテーブルに置いた時にアロンドから言葉をかけられ、バレッタは素っ頓狂な声で返事をした。

 直後に数秒固まり、やってしまったと顔を赤くしてからぺこりと頭を下げ、足早に出て行った。  

 それをアロンドは珍しい物を見るような表情で見送る。


「どこの家のご令嬢でしょうか? 初めて見る女性ですが」


 閉まった扉を見つめながら、アロンドがたずねる。

 バレッタは侍女服姿ではなく私服だったため、どこかの貴族の娘だと思ったのだ。


「彼女はグリセア村から手伝いに来てくれているかたです。色々と機転がきくし頭の回転も速いしで、とても助かってるんですよ」


「そうなのですか。カズラ様がそうおっしゃるぐらいなら、とても優秀なかたなんでしょうね」


「ええ、ものすごく頭のいい人ですよ。本当に頼りになります。今は機械や道具の開発管理を任せていますね」


「なんと、それはすごい。機会があれば一度話してみたいですね」


 アロンドはそれを聞きながら頷くと、一良に顔を戻した。


「さて、ニーベル殿の件についてはこれでいいとして、もう一つ報告があります。以前任せていただいた、古い集合住宅に住んでいる者の郊外への移住の件についてです」


「ああ、その件についてはまるごとアロンドさんに任せっぱなしでしたね。どうなりました?」


「軍の駐屯地で越冬用に建てる兵舎と同じものを、移住先の村や街に大量に建築させているところです。普通の住宅に比べて構造が単純で安いうえに、短期間で建てられて積雪にも耐えるので、複数世帯が住めるように中を間仕切りすれば今回の目的には最適だと思いまして」


「うお、そりゃすごいですね。もしかして、資材も一箇所で大量生産しました?」


「もちろんです。製材機の導入された工房に依頼して流れ作業で大量生産しているので、かなり安くあがっています。組み立てには同じ者を使い続けているので、効率もどんどんよくなっていますね。それと、移住者の仕事についてですが……」


 その後も深夜近くまで、2人は施策についての話を続けていた。

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