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134話:お土産

 2日後の夜。

 夕食時を少し過ぎた頃に、一良たち一行はナルソン邸の広場に到着した。

 いつもこの時間帯には広場は閑散としているのだが、今日は妙に多くの馬車が停まっている。

 屋敷への出入りも激しいようで、小走りで屋敷へ入っていく者たちも幾人か見られた。

 先に馬車を降りた一良が後から降りてくるバレッタやリーゼに手を貸していると、屋敷の中からナルソンが出迎えに出てきた。


「カズラ殿、お疲れ様でした。ずいぶんとお早いお帰りで……その頭の包帯は?」


「それが、ちょっと怪我をして切ってしまいまして」


 一良が答えると、ナルソンは少し驚いたように眉を上げた。


「なんと、そうでしたか。傷の具合は大丈夫ですか?」


「ええ、大した怪我じゃないので大丈夫です。それより、何だかばたばたしているようですが、何かあったんですか?」


 せわしなく屋敷を出入りしている使用人たちを見ながら、一良が言う。


「それが、急に『年越しの宴』を我が領で開くことになってしまいましてな。文官や使用人を総動員して、大急ぎで準備に取り掛かっているところなのです」


「年越しの宴? ……ああ、確か国中の有力者が集まって夜通し挨拶合戦を繰広げるっていうやつでしたっけ」


「ま、まあ、そのような感じの宴会ですな。順番的には今年はグレゴルン領で開催するはずだったのですが、『どうにも夏場の飢饉の影響で開催がおぼつかないからイステール領に順番を譲りたい』と使者がやってきまして……前々から他領に持ち回りを変えたいという話は出ていたのですが、そこまで酷い状況では断るわけにもいかず、引き受けることにいたしました」


「えっ、グレゴルン領ってそんなに酷い状態なんですか?」


「そのようです。我が領への支援も急激に落ち込んでおりましたし、仕方がないかと」


 グレゴルン領からの食料支援量が急激に落ち込んでいるという話は、一良もナルソンの話と資料の内容から把握していた。

 だが、それほどまでに困窮しているとは予想外だった。

 それに、いくらなんでも今回の話は急すぎるようにも思える。


「そうですか……しかし、何でよりによってイステール領なんですかね?」


「私が言うのもなんですが、我が領の急速な復興ぶりははっきり言って異常ですからな。実際どんな状態なのか、宴を名目に他領の領主や王族たちは自分の目で確認するつもりなのでしょう。おそらくですが、王都からグレゴルン領に働きかけもあっての今回の要請なのではと思います」


「なるほど……何にしろ、めんどくさいことになりそうですね」


「そうですな。まあ、上手く立ち回りましょう。ところで、食事はお済みですか?」


「まだ食べてないんです。皆腹ペコなんで、急いで用意していただけると」


「では、すぐに用意させましょう。風呂の用意はできておりますので、先に入ってしまっては?」


「そうですね、そうさせてもらいます」


 こうして一旦話は切り上げ、風呂の後で食事をすることになった。




 夕食後、一良は自室の隣にある仕事部屋に皆を集め、テーブルにお土産を広げていた。

 エイラとマリーも席についているのだが、マリーは落ち着かないのか恐縮した様子で縮こまっている。

 

「はい、これはバレッタさん。こっちはリーゼ」


 上品な桐の箱を、それぞれに1つずつ手渡す。

 リーゼは箱を受け取ると、期待に瞳を輝かせた。


「開けてもいい?」


「おうよ」


 その返事に、皆が一斉にフタを開ける。


「わあっ!? なにこれすごい!!」


 中から覗いた2つの青い江戸切子のタンブラーに、リーゼは驚愕の声を上げた。

 透き通った青色のガラスコップと予め希望はしていたが、まさかここまで細かい細工が施されているとは予想していなかったからだ。

 それぞれ、同色の模様の違った物が2つ入って1セットのものを買ってきた。

 ちなみに、価格はセットで2万円ほどのものだ。

 アイザックとハベルにも用意してあり、ハベルにはマリーが明日届けることになっている。

 ハベルはここ最近ずっと新たな開墾地での作業監督をしているため、自宅と現場を往復していてナルソン邸に来ることは稀だからだ。


「すごく綺麗ですね……まるで宝石みたい」


 オレンジ色のタンブラーを手に取り、天井から降り注ぐLEDライトの光にかざしながらバレッタが感嘆の声を漏らす。

 ジルコニアも赤いタンブラーを手に取り、「おー」と感心した声を漏らしていた。

 マリーはフタを外した体勢のまま、ピンク色のかわいらしいタンブラーを見つめて固まってしまっている。

 エイラはよくガラスのティーポットを見ているせいか、恐縮した様子ながらもそこまで驚いているふうではない。


「何言ってるの。ガラスなんだから宝石じゃない」


「それもそうですね。……ということは、これは宝石で作ったコップってことですか。それも最高級品質の」


「そう考えると、とんでもない代物よねこれ……」


「そうですね……」


 リーゼとバレッタは手にしたそれらを見つめ、ごくりと息を飲んでいる。


「あと、ジルコニアさんにはこれも。カキ氷用のお皿です」


 透き通った赤色のカキ氷皿を渡すと、ジルコニアは嬉しそうに微笑んだ。 


「まあ、ありがとうございます。さっそく今日から使わせていただきますね」


「き、今日からですか」


「はい、このお皿なら今まで以上にカキ氷が美味しく食べられそうです……ナルソン、どうしたの?」


 箱の中を覗いたまま固まっているナルソンに気付き、ジルコニアが横から箱を覗き込む。


「えっ、なにそれすごい」


「どうしたのですか?」


 目を見開くジルコニアに、リーゼが小首を傾げる。


「な、なんともすさまじい代物ですな……こんなものが存在するとは……」


 ナルソンはそう言いながら、箱からそれを取り出した。


「わっ、すごい」


「綺麗です……」


 その美しさに、リーゼとバレッタが驚きの声を漏らした。

 それは、琥珀色と緑色の2色で構成されたロックグラスだった。

 底面は濃い琥珀色をしており、中ほどは緑色と琥珀色のグラデーション、そこからふち側に進むにつれて濃い緑色となっている。

 他の面々が手にしているタンブラーと同様に、細かな江戸切子の細工も施されていた。

 値段は単品で3万円と、皆が手にしているものより少しお高めだ。


「何色がいいかナルソンさんに聞いておくの忘れちゃってたんで、私的によさげなのを見繕って持ってきました。綺麗ですよねそれ」


「は、はい。しかし、これほどの品物、本当にいただいてもよろしいのですか?」


「どうぞどうぞ。いつもよくしてもらっているお礼ですから」


「ありがとうございます。しかし、よくしてもらっているのは私どものような……」


「まあまあ、いいじゃないですか」


 その後、せっかくだから何か飲もうということになり、ナルソンが自室から銀のボトルに入った「とっておき」の果実酒を数本持ってきて自ら注いで回った。

 テーブルの中央には果物や肉の塩漬けなどのツマミが並べられ、ちょっとした宴会のような状況になっている。

 バレッタは酒が苦手とのことだったので、果実酒の代わりに麦茶を飲んでいる。

 ジルコニアはナルソンが席を外している間に山盛りのカキ氷を作り、ここ数日食べられなかった分を取り返すかのようにもりもりと口に運んでいた。


「ほー、そんなに工事は上手く進んでるんですか」


「はい。石切り場から苦労して石を運ぶ手間と加工する必要がなくなったので、すさまじい早さで進んでおります。石材より圧倒的に安価なうえに、型にはめれば形状も自由自在とは、モルタルは本当に便利ですな」


 グラスの中の果実酒の動きを楽しむように揺らしながら、赤い顔をしたナルソンが答える。

 まだ2杯目なのだが、あまり酒に強いほうではないようだ。

 それに引き換えリーゼは顔色一つ変えず、美味しい美味しいといいながらぐびぐび飲んでいる。


「あまりにも早く進みすぎて、この分だと年単位で工期が短縮できそうです。特に跳ねつるべが大活躍しております」


「えっ、跳ねつるべ?」


 用途が分からず首を傾げる一良に、ナルソンが頷く。


「現場の職人が跳ねつるべを改造して、荷物の上げ下ろしをする道具を発明しましてな。高所へも簡単に物の上げ下ろしができるようになったので、作業効率が跳ね上がりました」


「改造……ああ、シーソーの原理で物をつるし上げてるのか」


「ほう、あれはシーソーの原理と言うのですか。職人たちはそれに可動式の台座を取り付けて、どこにでもすぐに移動させて荷物の上げ下ろしができるようにしたと聞いております」


 ナルソンの言っている道具とは、跳ねつるべと同様に長い棒の中心に支柱を建て、その片側に重い荷物をくくりつけ、もう片側をひっぱって持ち上げる昇降装置のことだ。

 日本の建築現場などで使われているクレーン車の人力版といったところだろう。


「また、それをさらに改造して、車輪にハンドルをつけて回しながら車輪に乗せた縄を巻き取って少しずつ荷物を持ち上げる道具もあるようです。そちらは場所を食わずに便利だとかで、狭い場所で重宝しているようです」


「おお、みんな頑張ってますね。色々と道具まで発明するなんてやる気満々だなあ」


「目立った成果を上げたものには褒美を取らせているので、その影響かと。砦の建築が早く済めば、その分戦時に備えた砦付近の開墾やイステリアの治水工事に注力することができるので大変助かります。予算も大幅に浮きますし、いいこと尽くめですな」


「そうですね。しかし、職人さんたちすごいですね。この短期間でそんな道具を発明してしまうなんて」


「カズラ殿に教えていただいた機械や道具の新規性に刺激されたのだと思います。今後はもっと色々な道具が開発されるかもしれません」


「それはいい傾向ですね。現場がそこまでやる気をだしてくれてるなら、工事は安泰かな」


「はい。そのうえ製材機の導入も始まったので、木材加工の速度も今までとは段違いに早くなってきているうえにコストも大幅に削減できる見込みです。ただ、工事の進みが早すぎて材料の供給が追いつかなくなりそうなので、そちらも急がせなければなりません。モルタルの材料に使う砂が足りなくて、試しに量増しするために砂利を細かく粉砕して少量混ぜて作ってみたら上手くいったとかで、誤魔化し誤魔化し作業している状態です。少々品質が心配ですが」


「あ、それ大丈夫ですよ。むしろ強度が増してます。材料費がかさむと思って言ってなかったんですが、モルタルに砕いた砂利を混ぜるとコンクリートっていう建築材料になるんですよ」


「む、そうなのですか? 気付かぬうちに新しい建築材料を発明するとは、我が領の職人もなかなかやりますな。これは鉱石粉砕機も早急に量産して現場に送り出さねばなりませんな。ははは」


 酒が入っているせいか、ナルソンはいつもよりだいぶテンションが高い。

 領内の状況が頗る上手くいっているせいもあるのか、かなり上機嫌に見えた。


「しかし、そんなに上手く工事が進んでいるのなら、一度その砦を見に行ってみたいですね」


「おお、それはありがたい。ぜひ視察していただけると助かります。それとですな、前にお話した手押しポンプを使って水で廃坑を……」


「ねえねえ、仕事の話はそれくらいにして、もっと楽しい話しようよ。ほら、カズラももっとお酒飲んで。すごく美味しいよこれ」


 ナルソンが言いかけた時、席を立ったリーゼが一良の肩(痛めていないほう)に手を置いてタンブラーを差し出した。

 珍しく少し酔っ払っているのか、顔がほんのり赤い。


「ん、そうか」


 一良はリーゼからそれを受け取ると一口飲んだ。

 とても上品な、フルーティーな甘い香りが鼻腔に広がる。

 甘みが強く、デザートワインに近い味だ。


「うお、美味いなこれ。こんな美味い果実酒は今まで……どうした?」


 思わず感心していると、リーゼがニヤニヤと見てきていることに気が付いた。


「んふふ、間接キス」


「子どもかお前は」


「えー、何その反応。つまんないの」


 期待した反応と違ったのか、リーゼは頬を膨らましている。


「バレッタさんもこれ飲んでみませんか? すごく甘くて、ジュースみたいに飲めますよ」


「飲みます!」


 一良が差し出したタンブラーを、バレッタは即座に受け取る。


「えー、さっき私が勧めた時はお酒は苦手だって断ってたのに……」


「リーゼ、私にもそれを一杯くれないか。楽しみに取っておいたやつで、実はまだ一口も飲んでいないんだ」


「あ、ごめんなさい。バレッタが持ってるコップに入ってるやつで最後なんです」


 リーゼが答えると、ナルソンは表情を消して真顔になった。


「なんだと……それは王都から取り寄せた超希少な外来品の高級酒なんだぞ……年数をおいたほうが軟らかくなって美味いと聞いたからずっと開けずに……」


「ま、まだ別のが何本もありますから安心してください。エイラとマリーも飲んでる? こんないいお酒滅多に飲めないんだから、たくさん飲んでおいたほうがいいよ」


「本当、どれも美味しいですね。……マリーちゃん大丈夫? さっきからずいぶん飲んでない?」


「大丈夫です……何だかいい気持ちです……」


 マリーはピンク色のタンブラーを大事そうに両手で持ったまま、恍惚とした表情を浮かべている。

 先ほどからリーゼに勧められるがままにかなりの量を飲んでいるのだが、ほんのり肌が赤くなっているだけで終始にこにこしていた。


「お、バレッタさん普通に飲めるじゃないですか」


「これ、あんまりお酒臭くなくて甘くて美味しいです。これなら飲めますね」


「確かに、あんまりお酒っぽくないですね。どうです、こっちのお酒も飲んでみます?」


「はい、いただきます」


「カズラさん、この果実酒、カキ氷にすごく合いますよ」


 一良がバレッタに酒を注いでいると、ジルコニアが半分溶けかかったカキ氷をテーブルの向こうから差し出してきた。


「あ、どうも。ていうか、ジルコニアさん顔真っ赤ですよ。飲みすぎなんじゃないですか?」


 ジルコニアは顔も首筋も真っ赤になっていて、少しふらついているようにも見える。

 完全に出来上がっている様子だ。


「大丈夫ですよ。山育ちですから」


「いや、意味が分からないです……お、確かにこれは美味い」


 一良がスプーンを口に運ぶと、ジルコニアが頬に手を当てて照れたような仕草をした。


「間接キスです……」


「あんたもか。ていうか自分の旦那の前で何言ってるんだこの酔っ払いめ」


「おいリーゼ、こっちのボトルも空になってるんだが、まさかお前1人で全部飲んだのか?」


「あ、それはお母様が空けました。私が空けたのはこれとこれです」


「お前たち、今夜中に全部飲み干す気だな……」


 そんなこんなで、結局深夜まで酒盛りは続いた。

 バレッタはやはりアルコールが受け付けなかったのか、しばらくすると急に青ざめてトイレにダッシュし、戻ってきてからはグロッキー状態でテーブルに突っ伏していた。

 最終的に潰れなかったのはリーゼとマリーだけで、他の面子は完全に潰れてしまった。

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