130話:相談相手
しばらくして屋敷を出発した一良は、いつものようにホームセンターへとやってきた。
一良が店に入ると同時に、待ち構えていたかのように主事店員が小走りでやってくる。
「これは志野様、お待ちしておりました」
「ご無沙汰してます。電話で相談したものについてなのですが……」
「はい、たくさん種類がありますので、それぞれ説明させていただきます。どうぞこちらへ」
いつものように主事店員に案内され、目的の商品が陳列されているエリアへと移動する。
そこには、たくさんの防犯カメラがショーケースに陳列されていた。
「こちらになります。用途は畑の防犯用でしょうか?」
「いえ、屋内の部屋の監視ですね。リアルタイムで別室で監視できるようなタイプのものが欲しいんです。音声も聞けるやつがいいんですけど」
「それでしたら、こちらの商品はいかがでしょうか。解像度は100万画素で集音マイクも内蔵しておりまして、LANケーブルを接続すれば別室でモニタリングすることができますよ」
そう言って主事店員が指し示した監視カメラは、天井に設置するタイプの監視カメラだった。
値段も6万円と手頃なのだが、有線というのが少し引っかかった。
「うーん……LANケーブルを使わないタイプってないですかね?」
「それでしたら、こちらのワイヤレスタイプですね」
主事店員はすぐに、別の棚にあった据え置き型の監視カメラを紹介した。
丸っこいドーム型の監視カメラで、受信機の操作によってカメラ部分を回転させることができるタイプのものだ。
「デジタル無線方式で、見通しのよいところなら最大200メートルまで通信が可能です。壁のある屋内ですと、半径40メートル程度が通信可能距離の目安ですね。赤外線LEDも搭載されていて、暗所でも近距離なら監視できます。もちろん録画も可能です」
「壁が石壁……コンクリートでも大丈夫ですか?」
「設置する場所や窓の数、それと壁の厚さにもよりますね。窓際にカメラを置いておけば、別室の窓際でならかなり離れていても通信が可能です。あと、双方向で音声通信もできますよ。トランシーバーのような片方ずつの通話ですけど」
「おお、いいですね。これをもらおうかな」
「ありがとうございます。カメラの台数はいかがいたしますか? 最大でカメラ4台まで、1台の受信機に対応させることができますが」
「んー……せっかくだし、4台もらっておこうかな」
「かしこまりました。あと、追加部品として外部センサーを取り付けることでモーションセンサー機能を持たせることもできますが」
「モーションセンサーって、何か動きがあった時だけカメラが動くやつですっけ?」
「はい。録画機能と連動させることで、無駄な録画をせずに済むのでお勧めですよ」
「じゃあ、それも全部のカメラに付けておいてください」
「ありがとうございます。あと、録画データ用のSDカードが……」
例のごとく店員がお勧めするままにオプション装備をすべて購入し、フルスペックの無線式監視カメラを手に入れた。
カメラの用途は色々と考えがあるのだが、この間リーゼがニーベルに脅されたかもしれないという事案への対応も含まれている。
面会の多いリーゼの身に、今後同様の危険が及ばないようにするという目的と、監視カメラの存在でリーゼに安心感を持たせるという意味合いが大きい。
リーゼはニーベルに脅されたのではないか、と一良たちに思われるのは嫌なはずなので、監視カメラの設置に際しては『交渉内容を映像で保存することで、後で絶対に反故にできないようにするため』とでも説明すればいいだろう。
ナルソンやジルコニアが他国や他領の面会者と会う際にも用いれば、その記録がいつか役に立つことがあるかもしれない。
ただし、その記録を突きつける際には、グレイシオールの存在も同時にばらすということになってしまうのだが。
ちなみに、モーションセンサーなどの付属品を付けたことに他意はない。
せっかくだからつけておくか、程度の考えである。
「他にはどうするかな……あ、防犯ブザーってあります?」
「キーホルダータイプのものをいくつか取り扱っております。ご自分用ですか?」
「いえ、友人の女の子に持たせようと思って」
「それでしたら、かわいいデザインのものがたくさんありますよ。かなり種類があるので、好みのデザインのものを選んでいただければと」
「へえ、そんなに色々とあるんですか。音はどんなもんです?」
「80デシベルから130デシベルほどのものがございます。130デシベルのものは飛行機のエンジン音より大きな音が出ますから、防犯にはうってつけですよ」
「そ、それはすごいですね。間違って鳴らさないように気をつけないと」
「そうですね。ですが、いつでも使えるように携帯に気を使うことが一番大切で……あ、そろそろ寒くなってきましたが、暖房器具の準備はお済みでしょうか?」
話をしながら広い店内を並んで歩いていると、暖房器具コーナーの前で主事店員が足を止めた。
ハロゲンヒーターや石油ストーブなど、色々な暖房器具が陳列されている。
「火鉢から最新型石油ストーブまで、幅広く取り揃えております。田舎暮らしのデザインにも合うような、レトロな商品もございますが」
「あー、そういえば最近寒くなってきましたからねぇ……」
ナルソン邸の一良の部屋や大部屋などには暖炉があるため、明け方以外は今のところ特に寒いと感じたことはない。
だが、12月から2月の終わりまでは池の水が凍りつくくらい気温が下がって雪も降るとジルコニアが言っていたので、本格的に寒くなるのはこれからなのだろう。
「あの、湯たんぽってあります?」
「ええ、ございますよ。冬場はやはり湯たんぽですよね」
そんなこんなで今回も色々と購入し、ホームセンターを後にした。
防犯ブザーは1つでいいかとも思ったが、色んなデザインのものがあったので一通り購入した。
ホームセンターを出た一良は、携帯電話からインターネットを使って見つけた街なかのワイングラス館へとやってきた。
大きな倉庫を丸々改装して造られた店の隣には、鉄骨で組まれた巨大なブドウ棚が併設されている。
収穫期にはブドウの直売が行われているらしく、自家製のブドウジュースも販売するらしい。
そんな光景を横目に見ながら、金属のベルが付いたドアを開けて店内へと入った。
「おお、広いなあ。ワインコーナーもあるのか」
中はとても広く、様々な種類のガラスのコップやアクセサリーが陳列されていた。
壁際にはワインボトルが並んだ棚とカウンターがあり、有料で試飲も行っているようだ。
そんな光景を眺めながら、手近のガラスコップが陳列されている棚へと歩み寄る。
「ううむ、やっぱりガラス製品って綺麗だよな。これをあっちで売ったらいくらになるんだろうか」
『冷酒用』と説明書きが付いている、薄いピンク色をした70ミリリットルの切子グラスをまじまじと見つめる。
綺麗な桜の絵が彫られている、とても上品な一品だ。
値札には『3500円』と書かれている。
「250円の紅水晶が3万5000アルに化けたからな。このコップだったら下手すりゃその10倍くらいは……いや、ぶっ飛びすぎてて値段が付かないか。そもそも市場に流せないけど」
買い物カゴ片手に店内をうろつき、お土産用のグラスを物色する。
見ているうちに一良自身も何か欲しくなってしまい、自分用に秋草模様が入った紫色の江戸切子のタンブラーを1つカゴに入れた。
「お、銀食器だ」
お土産として買っていくコップを物色しながらうろついていると、純銀製のワイングラスや皿が並んでいるコーナーを発見した。
どれもかなりお高めで、小さめのタンブラー1つで10万円に手が届こうかというような高価格帯だ。
伝統工芸品のくくりの品物のようなので、生産数自体が少ないせいで単価が高いのだろう。
「イステリアでガラス玉を売ったお金で、上品な銀製品をたくさん買ってきてこっちで売ったら大儲けできそうだな。無限にお金を生み出す永久機関になるんじゃないだろうか」
そんなこんなで一通りの買い物を済ませ、一良は店を後にした。
数時間後。
一良は山奥の屋敷に戻り、買ってきた荷物を車から降ろしてリアカーに積んでいた。
今日買ったものはバレッタたちへのお土産の品が数点と、化粧品や洗髪剤といった日用品、ホームセンターで手に入れた監視カメラや湯たんぽなどだ。
肥料の搬入は明日の午前中に行い、前回のように村と屋敷を往復して一日がかりで運び込む予定だ。
イステリアに発つのはバレッタによるレンガ焼き指導が終わってからにということになっており、冷凍肉や冷凍野菜などの食料品はその日の朝に購入する予定である。
「食料品、か。どうしたもんかな」
リアカーに積まれた品物を眺め、一良はぽつりとつぶやいた。
昨夜ジルコニアが『力を授けてください』と言っていた時の表情を思い出す。
その後口にした半ば異常とも取れる台詞とは裏腹に、不自然なほどに彼女の表情は穏やかなものだった。
「ジルコニアさん、どうしてあんな言い方したんだろ。どうしても食べ物が欲しいなら、もっと別の言い方があっただろうに」
復讐のために力が欲しいというのは理解できるが、相手が特定できないからバルベールの者を皆殺しにするなどと言われては、おいそれと食べ物を与えるような真似は危なっかしくてとてもできない。
それに、最近では軍事支援についてはほとんど口にしてこなかった彼女が、急に食べ物を摂取することで得ることのできる力を懇願してきたということも不自然に感じられた。
そこまで力が欲しいのならば、もっと別の切り口で一良の同情を誘えばよかっただろうにと考えてしまう。
「……バレッタさんに相談してみようかな」
いつものように1人で悩み始めたところで、そんな考えが頭に浮かんだ。
こんなことで彼女を頼ってしまうというのは情けなくもあるが、1人で考えていても答えは出ないだろう。
ジルコニアに食べ物を与えるかどうかはともかくとして、なぜ彼女がそんなことを言ったのか、バレッタなら何か気付いてくれるかもしれない。
一良は頷くと、村へと戻るべく屋敷の中へと入っていった。