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129話:父親

 次の日の朝。

 朝食を済ませた一同は、屋敷の外に出ていた。

 一良は日本に戻るため、日本製の洋服に着替えている。


「それじゃあ、後のことはお願いします。夜には戻ってきますね」


「はい。お夕飯用意して待ってますね」


 いつものように一良は皆に別れを告げ、敷地の隅に停めてあった農業用運搬車に乗り込んだ。

 キーを挿し込み、エンジンをかける。

 特徴的な爆音を響かせて、一良は雑木林の方へと去って行った。


「さてと、私たちは職人さんたちを迎えに行きましょう。……リーゼ様?」


 運搬車に乗って去っていく一良の背を唖然とした様子で見つめているリーゼに、バレッタが首を傾げる。


「な、なんなのあれ……あんな乗り物初めて見るんだけど」


「農業用運搬車っていうらしいですよ。私も初めて見たときはびっくりしました」


「そ、そう……」


 そのまま離れていく一良をしばらく見送り、バレッタたちはレンガ職人たちを迎えに野営地へと向かうのだった。




 数十分後。3人は職人たちと一緒に、村の隅に作られているレンガ窯の前にいた。

 現在窯は動いておらず、中身もからっぽだ。

 すぐ近くには、高さが3メートル少々のレンガ造りの塔が建っている。

 バレッタが造った、耐火レンガ製の小型木炭高炉だ。

 すぐ隣には水車が設置されており、皮のふいごと連結されていた。


「こりゃでかいな。新型の炉か?」


 レンガ職人の親方が、塔を見上げながらバレッタに問う。

 その横に並ぶようにして、弟子の職人たちが塔をじろじろと眺めていた。

 先ほどまでは村の畑に生えている巨大野菜を見て目を丸くしていたのだが、すでに興味はこちらに移っているようだ。

 ちなみに、野菜の巨大さについては、グレイシオールの加護を強く得ているくだんの森の土を使ったと説明してある。

 皆は特に疑う様子もなく、「なるほど」と一様に納得していた。


「えっと、これは木炭高炉といって……」


 バレッタはそう言いながら、ジルコニアに目を向けた。

 皆と同様に高炉を見上げていたジルコニアは、その視線に気づくと頷いてみせた。


「通常の炉よりも高温で金属を溶かすことができる炉です。耐火レンガがそろい次第、イステリアにも造る予定です」


「ふむ……この横についている水車は、ふいごを動かすためのものかい?」


「はい。水車の回転に合わせて、自動的にふいごが動く仕組みになっています」


「ほう、自動的にか。よくこんな便利なものを考えたもんだな」


 親方は頷くと、目を細めて高炉の壁面を舐めるように眺め始めた。

 弟子たちも同じように、高炉の周りをうろうろと歩いては形を確かめているようだった。


「それで、こっちは高炉を造るのに使う耐火性の高いレンガを焼くためのレンガ窯です。使い方は普通のレンガ窯と同じですが、高品質な耐火レンガを使っているのでかなりの火力にも……あの、どうかしましたか?」


 何やらいぶかしげな表情で高炉を見ている職人たちに気づき、バレッタは首を傾げた。


「これらの炉を造ったのは熟練の職人かい?」


 親方はそう言いながら、レンガ窯と高炉を交互に見やる。


「いえ、これは私と村の皆で造ったものです」


 バレッタが答えると、他の職人たちから「そうだろうな」とか「やっぱりな」といった声が漏れた。

 親方も、彼らに同調するように頷いてみせる。


「ふうむ……こりゃあ、あんまりよくないな。レンガの積み方が雑すぎる。こっちのレンガ窯なんて、こんな造りじゃ火の回りがあんまりよくないんじゃないか?」


「う……す、すみません」


「窯底はどうなってるんだ? ちゃんと丸太を敷き積めて粘土で固めたのか?」 


「や、やってません。綺麗に整地して粘土で固めただけです」


「煙突に向けて傾斜はつけたか?」


「それもやってないです……」


 すごい勢いでダメ出しされているバレッタに、リーゼとジルコニアはお互い顔を見合わせた。

 一良に絶大な信頼を置かれている彼女がやったのならすべて完璧なのだろうと、何となくだが思っていたからだ。


「親方、言いすぎですよ……」


「ん?」


 ひたすら続くダメ出しを見かねて、弟子の1人が口を挟む。

 親方はしょんぼりしているバレッタと、その様子を見つめるリーゼとジルコニアに気づき、焦った表情になった。


「あ、いや! 素人と一緒に作ったにしちゃあ上出来とも言えるか! けっこう様になってるしな!」


「……」


「嬢ちゃんたちだって一生懸命やったんだもんな! それによく見てみれば、そんなに悪くもないぞ、うん!」


 あからさまにへこんでいるバレッタに、親方はフォローにもなっていないフォローを入れて必死にご機嫌をうかがう。

 ジルコニアお墨付きの職人であるバレッタを貶めるような発言をしてしまい、内心かなり焦っているようだ。


「じゃ、じゃあ、さっそくこのレンガの焼き方を教えてもらえるかい? たくさん作ってきたから、大仕事になるぞこりゃあ! わはは!」


「分かりました……」


 何とも微妙な空気のなか、レンガ造りの指導が始まるのだった。




 一方その頃。

 日本に帰還した一良は、屋敷の縁側に座ってあちこちに電話をかけていた。

 追加の肥料の手配を済ませ、工事計画書の進捗具合を確認し、ホームセンターの主事店員にとある商品を取り扱っているか確認する。

 すべてを済ませて携帯電話をポケットにしまおうとして、ふとその動きを止めた。


「……そろそろ、ちゃんと聞いておくか」


 そう言ってもう一度携帯電話の画面を見ると、電話をかけた。

 数コールして、電話が繋がった。


「あ、父さん? 久しぶり」


『こら、久しぶり、じゃないだろ』


 安堵のなかに不機嫌さが混じったような声が、電話口から響く。


『最後に電話してから3カ月以上経ってるんだぞ。月一でいいから連絡寄越せって言っただろうが』


「ごめんごめん。ちょっと連絡付かないところにいたんだ。んで、それについて父さんに聞きたいことがあるんだ」


 一良はそう前置きすると、一呼吸置いた。


「屋敷の南京錠がかかってた部屋のことなんだけど、俺、半年くらい前にその部屋に入ったんだよ」


『……』


「そしたらさ、一瞬で目の前の景色が切り替わって、石造りの通路が現れたんだ。……父さん、聞いてる?」


『……ああ』


「それでさ、その通路の先に行ってみたら、見たこともない雑木林が広がってたんだ。で、その雑木林を抜けた所に村があったんだよ」


 一良の話を、真治は何も言わずに黙って聞いている。

 彼が異世界へと通じる扉のことについて知っているということは、今までの彼との会話を考えれば確定的だ。

 問題は、彼が何をどこまで知っているかということと、どうして扉のことを何も教えてくれなかったのかということだ。


「その村はグリセア村っていうんだけど、そこが飢饉で大変なことになっててさ。なりゆきでこっちから色々と食べ物やら道具やらを持っていって助けることになったんだ。それからしばらくの間、俺はその村に住まわせてもらってた。その後も色々あって、今はイステリアっていう大きな街の領主の屋敷で内政の手伝いをしてる」


『……そうか』


「単刀直入に聞くけど、父さんはあっちの世界に通じてる扉のこと知ってるんだろ?」


 一良がそう問いかけると、真治は深くため息をついた。


『ああ、知ってるよ』


「……じゃあ、何で俺に何も教えてくれなかったわけ? 俺をこの屋敷に来るように誘導したってことは、俺にあっちの世界で何かやらせたいことがあったんだろ?」


『いろいろと聞きたいこともあるだろうが、俺からお前に教えられることは何もない。というか、教えるわけにはいかないんだよ』


「……話が全然見えてこないんだけど。教えるわけにはいかないってどういうことだよ」


 言葉の意図が読み取れず、一良は問い返す。

 知っているのに何も教えられないなどと言われても、納得がいくはずもない。


『俺がすべてを説明するのは、絶対にお前のためにならない。まあ、助言程度ならできるがな』


「いや、言ってる意味がさっぱり……ていうか、食べ物のことくらい教えてくれてもよかっただろ。下手すりゃ餓死するところだったんだぞ」


『……餓死? いつでも戻ってこれるんだから、食料くらいなんとでもなるだろ。あっちで都合がつかなかったなら、こっちでたっぷり用意していけばよかっただろうが。それに、さっき食べ物やら道具やら持って行ったって言ってたじゃないか』


「いやいや、そういう意味じゃないんだって。俺が言いたいのは……」


『あー、とりあえずそれはいいから、俺の話を聞け』


 少し強い口調で言われ、一良は口を閉ざす。


『屋敷の部屋のことをお前に教えなかったのは、そうするべきだと俺は考えたからだ。何も知らないふりをしてすっとぼけてたことは謝る。だが、それが一番いい方法だと思ったんだよ。できる限り、お前自身の考えの元で行動して欲しかったんだ。少なくとも、親が手を出す話じゃない』


「……全然分からん。もっと分かりやすく言ってくれないかな」


『1つ忠告しておく』


 真治はそう言うと、一呼吸置いた。


『お前がどんな人たちと関わって何をしようとしているのか知らないが、絶対に悔いが残らないように行動しろ。自分で考えて、最善と思う道を選ぶんだ。どんな結果になろうとも、お前が納得できる道を選べ』


「……」


『失ったものは戻ってこないぞ。自分にとって何が一番大切か、常に頭においておけ』


「あのさ、もう少し具体的に……」


『俺から言えることはそれだけだ。物の手配とかで困ったことがあったらいつでも連絡してこい。じゃあな』


「えっ。ちょ、ちょっと待……」


 一良はそう言いかけて、携帯電話を耳から離した。

 『通話終了』という文字が、液晶画面に空しく浮かんでいる。


「結局どういうことなんだよ……」


 一良はしばらくの間、縁側で携帯電話を見つめていた。

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[一言] 『失ったものは戻ってこないぞ。自分にとって何が一番大切か、常に頭においておけ』 これだけ具体的に言われているのに、分からないとしたら、どうしようもないね。
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