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128話:バレッタのお守り

 一方その頃。

 屋敷の居間では、一良が大学ノートに日本で調達する品物を書き出していた。

 隣にはジルコニアが座り、横からノートを覗いている。

 バリンは同じ席にいるのは気が引けるようで、寝室に引っ込んでいた。


「ガラスのコップと肥料と……あ、化粧品ってまだあります?」


 ジルコニアには化粧品を数種類渡してあったのだが、前回渡してから3カ月半近くが経過している。

 毎日使っているとしたら、そろそろなくなる頃合だ。


「確か今使ってるのが最後の1つですね。それも残り半分くらいかな」


「なら、追加で持ってきますね。気に入ったのはありましたか?」


「んー……どれもすごく使い心地がよかったですけど、しいて挙げるなら今使ってるこれですね」


 ジルコニアは近くに置いておいた荷物袋から保湿ゲルの白い容器を取り出し、一良に手渡した。

 他のものよりもそれだけが頭一つ分値段が高かった記憶がある。


「ふむふむ、じゃあこれと同じのをいくつか持ってきますね。他のもいくつか持ってくるんで、試してみて下さい」


「ありがとうございます。いただいた化粧品を使い始めてから肌の調子がすごくよくて、毎朝鏡を見るのが楽しみになっちゃいました」


 そう言われて一良がジルコニアの顔を見ると、確かに肌にはツヤもハリもあって潤っているように見えた。

 やはり成分の違いは如実に影響するのだろうかとまじまじと観察していると、ジルコニアがにこりと微笑んだ。

 思わずどきりとしてしまい、慌てて視線をノートに戻す。


「え、ええと、あとは何が必要かな。入浴剤もあったほうがいいですよね」


「そうですね。もう使い切ってしまったので、あると嬉しいです。あと、洗髪剤もそろそろ少なくなってきましたね」


「分かりました。次はもっと多めに用意しますね」


 ジルコニアやリーゼだけでなく、バレッタとエイラの分も用意しなければならない。

 マリーにはまだ何も渡していなかったので、この機会に一緒にプレゼントしようと考えながらかなり多めにノートに書き込む。


「日用品はこんなもんか。あとは食料品と嗜好品と……」


「あの、1つお聞きしたいのですが」


 冷凍庫内の在庫を思い出しながら米やら肉やらと書き込んでいると、ジルコニアが口を開いた。


「カズラさんの持ち込む食料品って、もしかして以前いただいたお薬と同じように、急激に体力を回復させる効果があったりします?」


 思わず一良が手を止めてジルコニアに目を向けると、目が合った。


「あ、ごめんなさい。秘密でしたか?」


 困ったような苦笑を浮かべるジルコニア。

 その言い方から完全にばれているのは明確なので、一良は観念して頷いた。


「……一応、秘密でした」


 思い起こせば、ジルコニアには試食の際に食べさせた缶詰のほかに、パックのカキ氷を与えたことがあった。

 それ自体に大した栄養価はないはずだが、2つも食べたのでカロリー的にはそれなりに摂取したことになったはずだ。

 その時は一緒にリポDも渡してあったのだが、それを彼女は飲まなかったのだろう。

 それでも翌朝になって体力が回復しており、これはと思ったのかもしれない。


「本当にごめんなさい。でも、どうしても気になって」


 ジルコニアはそう言うと、ノートに目を向けた。


「普段、カズラさんがご自分で持ち込んだ食べ物しか食べないのも、それが理由なのですね」


 問いかけるという口調ではなく、独り言のようにジルコニアが言う。


「お願いです。私にも、その食べ物を分けてくれませんか?」


「……どうして、食べ物が欲しいんです? 薬じゃダメなんですか?」


「力が欲しいんです。だから、食べ物じゃないとダメなんです」


 その何もかも知っているような語り口に、一良は背中に冷たいものが走るのを感じた。

 ジルコニアは相変わらず、じっとノートを見つめている。


「どうか、私に力を授けて下さい。この村の人びとが持っているような、強力な力を」


「力を得て、どうするつもりなのですか? 何のために力が必要なんです?」


「やつらを殺せる力が必要なんです。私の故郷を襲ったやつらを、皆殺しにできるような力が」


「……相手の特定はできているんですか?」


「できていません。どこにいるのかも、名前すらも分かりません」


 その答えに、一良はいぶかしんだ視線をジルコニアに向ける。


「でも、襲ったやつらの首謀者はバルベールの者だと分かっています」


「それだけの情報で、どうするつもりなんです?」


「バルベールのやつらを皆殺しにします」


 ジルコニアはさらりと言い切ると、一良に顔を向けた。

 凄惨な言葉とは裏腹に、その表情は薄く微笑んでいた。


「それも可能な限り、私がこの手でやらなければならないんです。もしかしたら、その中にやつらがまぎれているかもしれないから」


「そんな無茶苦茶な……」


「はい、無茶苦茶ですね」


 ジルコニアは柔らかく微笑むと、燃えている薪へと視線を移した。

 ぼんやりと揺れるオレンジ色の炎が、彼女の赤い瞳をさらに鮮やかなものにする。


「あれからずっとやつらを探していますが、その影すら掴むことができません。きっと、もう見つけることはできないでしょう。でも、それしか方法がないんです」


「……」


「バカなこと、言ってますよね」


 かける言葉が見つからず、一良は黙り込んでしまった。

 ジルコニアも何も言わず、じっと炎を見つめている。

 重苦しい沈黙が、場を包んでいた。


「いつ、食べ物のことに気づいたんですか?」


 沈黙に耐えかね、一良は問いかけた。


「つい先ほどです」


「え?」


 一良がきょとんとした顔をすると、ジルコニアは申し訳なさそうに台所に目を向けた。

 そこには、大きな布袋が置かれている。

 中身は、以前一良が持ち込んだ米の袋や缶詰などの食料品だ。


「村では有り余るくらいたくさん食べ物が採れるのに、この家ではカズラさんが持ち込んだ食べ物を常食としているような形跡があったので。言い伝えに出てくる食べ物のお話と、ここ最近のマリーの様子。それに、この村の人たちに備わっている剛力を考えると、そう考えるのが妥当かなって」


「もしかして、カマかけました?」


「はい」


「……はあ」


「ごめんなさい」


 ジルコニアは視線を膝に落とす。

 一良は頭をかくと、そんな彼女に目を向けた。


「一緒に村に付いてきたのは、食べ物のことを確かめるためだったんですか?」


「半分はそうです。もしかしたら確認できるかもって思って」


「……半分? もう半分はなんですか?」


「カズラさんと離れたくなかったから、ですかね」


「え!?」


 思わず一良が声を上げると、ジルコニアは驚いた様子で一良に顔を向けた。

 そして、その声の意味を察して苦笑した。


「すみません。そういう意味じゃないんです」


 じゃあどういう意味だ、といったような顔を一良がしていると、ジルコニアは困ったような表情になった。


「しばらく前から、カズラさんの傍にいるととても心が安らぐようになって……ずっと近くにいたいって思うようになったんです。たぶん、他の人も同じだと思います」


「他の人も、ですか?」


 首を傾げる一良に、ジルコニアが頷く。


「エイラやマリー、ナルソンやアイザックたちまでもが、何かにつけてカズラさんに報告がてら部屋に頻繁に訪れては、そのままだらだらと留まることが多くなっているように思います。カズラさんが何かしたのだろうと思っていたのですが……違うんですか?」


 一良はそこまで聞くと、ぽん、と手を打った。

 それを見て、ジルコニアは小首を傾げる。


「たぶん、それはこれが原因です」


 一良は首に掛けているアロマペンダントをつまみ、鼻先に近づけた。

 ペンダントからは、ほんのりと優しいラベンダーの香りが漂っている。


「そのペンダントが、ですか?」


「ええ。このペンダントの中には特殊な薬液を染み込ませた布が入っていて……」


 一良はそこまで言いかけて、なぜか余計なことまでペラペラと話し出している自分に気がついて口をつぐんだ。

 別に誘導されているわけではないはすなのに、ジルコニアと話しているといつの間にか余計なことまで口走ってしまっていることが多い気がする。


「飲み薬や食べ物だけじゃなくて、そういった用途の薬もあるんですね……」


 ジルコニアはそう言うと、手を伸ばしてペンダントに触れた。


「見せていただいてもいいですか?」


「え、ええ。いいですよ」


 一良はペンダントを外し、ジルコニアに手渡した。

 彼女はそれをじっと眺め、彫られている花の絵を指でなぞる。


「綺麗な花の絵……それに、すごく安心する香りですね。いただいた洗髪剤も似たような香りだったのに、何かが違う気がします」


「成分の違いだと思います。同じ香りでも、効能まで同じではないはずなので」


 今さら隠しても仕方がないと、一良は半ば諦めて説明をする。

 ジルコニアは納得したように頷き、ペンダントを眺めている。


「開けてみてもいいですか?」


「どうぞ」


 ジルコニアはペンダントの栓を外すと、中から折りたたまれた布を取り出した。


「……あら?」


 広げてみると、それは白い糸で刺繍が施されたブレスレットだった。


「あ、ブレスレットが入ってたんですね。全然気づかなかった」


「これは誰から?」


「バレッタさんです。前に村からイステリアに発つ時にもらったんですよ」


「そうだったのですか……今までこれが入っていたことには気づかなかったのですか?」


「ええ、いつもフタを開けて直接薬液をたらしてたので、まったく気づきませんでした」


 一良が答えると、ジルコニアは少し意地悪な表情を一良に向けた。


「そうですか……それで、どうするんです?」


「どうするって、何がです?」


「これです。白の刺繍ですよ?」


 手のひらにブレスレットを載せ、一良に見せるようにしてジルコニアが言う。


「んー、そうですね……ペンダント用に入れてくれたものですし、そのまま使おうと思います。お守りですし、身につけていれば一緒かなと思うので」


「え?」


 ジルコニアがぽかんとした声を漏らした時、入口の戸が開いてバレッタとリーゼが戻ってきた。

 その音に驚き、ジルコニアはとっさにブレスレットを握って隠す。

 リーゼはすでに寝間着姿になっており、上からケープを羽織っていた。


「すみません、遅くなりました。次はお母様が入ってください。……どうかしましたか?」


「う、ううん、なんでもないわ」


 ジルコニアは立ち上がると、リーゼと入れ替わりでバレッタを伴って外へ出て行った。


「……何の話してたの?」


 リーゼは居間に上がり、一良の隣に座り込む。


「あ、ああ、俺の付けてるペンダントからいい香りがするって話を少しな」


「ふーん……それで、そのペンダントはどこ?」


 リーゼはそう言い、いつもペンダントが揺れている一良の胸を人差し指で軽く突く。


「あ、ジルコニアさん持っていっちゃったみたいだな」


「……ないとは思うけど、もしお母様に変なことしたら――」


「そ、そんなことするわけないだろ!」


 真顔でそんなことを言うリーゼに、思わず一良は冷や汗をかきながら答える。


「うそうそ、冗談だって。真に受けないでよ」


 途端に笑顔になってそう言うリーゼに、一良はげっそりした様子でため息をついた。

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