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113話:「子どもは純粋だから好き」

 4日後、アイザックは数台の荷馬車を従えて、グリセア村の入り口に到着した。

 付近にはすでに野営地が作られており、あちこちでのんびりと過ごす兵士たちの姿が見える。

 きちんと鎧を着ている者が大半だが、休暇中なのか私服姿で過ごしている者も何人かいるようだ。

 跳ね橋の前で村人と談笑している者もおり、早くも良好な関係を構築しているようである。


「アイザック様、ようこそおいでくださいました」


 アイザックがラタから降りていると、1人の老兵が近寄ってきた。

 彼はシルベストリアの部隊の副官だ。


「シルベストリア様はどこにいる?」


「今は村の子供たちと川へ釣りに行っています。夕食の材料は任せておけと言っていましたが、素人がそう簡単に釣れるものではないのですがなあ」


「そ、そうか」


「明日は私の番でしてな。ここはひとつ、格の違いというものを見せつけてやらねばと思いまして。釣竿も家から持ってきたものが……」


「あ、いや、釣りについてはまた今度聞こう。俺はシルベストリア様のところへ行ってくる。荷馬車に追加の物資が載ってるから、降ろしておいてくれ」


「む、そうですか。かしこまりました」


 アイザックは長話を始めようとする老兵の口を遮ると、川へと足を向けるのだった。




「ぜ、全然外れないよこれ!? 何で外れないの!?」


「違うって! 板を押し込むんじゃなくて押しながら捻るんだよ! 急いでやらないと死んじゃうよ!」


 アイザックが川に着くと、シルベストリアが数人の子供たちに囲まれて大騒ぎしていた。

 手には小ぶりな魚が握られており、その口の中に切欠きりかきの付いた細い木の板を突っ込んでいる。


「だから! ただ押し込むだけじゃダメなんだって! 糸も引っ張りながらじゃないと外れないよ!」


「そ、そんなこと言ったって……」


 シルベストリアは半泣きになりながら、魚の口に入れた板をこねくり回している。

 魚が飲み込んだ針を外そうとしているらしい。

 魚はじたばたと暴れていたが、突如「グェ」と謎の異音を発すると急に大人しくなった。


「あー、もう俺がやるよ。貸して!」


 見るに見かねて、周りで騒いでいた男の子の1人が魚を奪い取った。

 慣れた様子で板を捻って針を外すと、魚を水桶の中に放り込む。

 魚は辛うじて生きているようで、ぴくぴくと痙攣しながら桶の底に沈んでいった。


「あ、あの、シルベストリア様?」


「アイザック……私、釣りの才能ないのかも……」


「は、はあ」


 げっそりした様子で言うシルベストリアに相槌をうっていると、彼女の傍らにいた女の子が釣竿を持ってアイザックに駆け寄ってきた。


「アイザックさん、はい、どうぞ!」


「え? いや、俺は釣りは……」


 満面の笑みで釣竿を差し出してくる女の子に、アイザックは断ろうと口を開きかけた。


「まあまあ、ちょっとくらい付き合いなよ。結構おもしろいよ、これ」


 しゃがみ込んで水桶の魚を眺めながら、シルベストリアが言う。

 周囲の子供たちも、そうだそうだと声を上げた。


「で、ですが、これから村に積荷の搬入をしなければいけないので……」


「それって急ぎなの?」


「そういうわけではありませんが……」


「ならいいじゃん。一緒に遊ぼう?」


 笑顔で言うシルベストリアに、アイザックは仕方なく頷いた。

 釣竿を受け取り、付近の石をひっくり返して餌になる虫を探す。


「コルツ君、どうかしたの?」


 アイザックと並んで腰を下ろしたシルベストリアは、少し離れた所で釣り糸を垂れている男の子に声をかけた。


「な、なんでもないよ」


 アイザックがそちらに顔を向けると、コルツは慌てた様子で顔をそらした。

 それを見て、アイザックは以前彼を騙して一良のことを聞き出したことを思い出した。

 少し心苦しく感じるが、今さらどうすることもできない。


「んー?」


 シルベストリアは小首を傾げると、立ち上がってコルツの隣に座り直した。


「ねえねえ、私釣りやるのへたくそでうまくいかないんだ。もっと釣れるやり方教えてくれない?」


「……投げる場所がダメなんだよ。魚にだって餌を食べやすい位置があるんだから」


「えっ、そうなの? どこに投げればいいの?」


「そこの岩陰とか、流れがあんまり強くないところがいいよ」


 シルベストリアはコルツの話を真剣に聞きながら、彼の指差す場所をめがけて竿を振るった。

 小さな芋虫付きの針が、ぽちゃんと音を立てて水に沈む。


「これで釣れるかな?」


「竿を動かさないで我慢してれば、そのうち釣れると思うよ」


「むむ、我慢か。夕食用にたくさん釣って帰らないといけないんだけど、ちゃんと釣れるかな……コルツ君、また釣れたら私に譲ってくれない?」


「えー、やだよ。俺も持って帰って食べたいもん」


「じゃあ、後で豆の焼き菓子あげるから、それと交換ってのはどう?」


「魚のほうが美味しいからやめとく」


「けちー」


 シルベストリアがコルツと話していると、周りにまた子供たちが集まってきた。

 彼女は村にきてから2日しか経っていないはずなのだが、すでに子供たちの人気者になっているようだ。

 子供たちはしばらくわいわいと騒いだ後、それぞれ釣竿を手に散らばって行った。


「ずいぶんと懐かれていますね」


 コルツが別の場所に移動したのを見計らって、アイザックはシルベストリアに話しかけた。


「懐かれてるっていうか、私があの子たちに遊んでもらってるんだけどね」


 ぴくりとも反応しない木片の浮きを見つめながら、シルベストリアは笑う。

 先日睨みつけられた時はどうなることかと思ったが、新たな生活を楽しんでいるようだ。


「それにしても、この村すごいね。まるで軍団要塞みたいな造りになってるし、みんなすごく元気で食料にも全然困ってないみたいだし。グレイシオール様が何かやったの?」


「この村にはカズラ様が直接支援を行っているんです。食料も技術も最優先で支援が行われているようなので、とても豊かになっていますね」


「へえ、言い伝えと違って技術も教えてくれるんだね」


「私も最初は驚きましたが、言い伝えよりはるかに優れた力をお持ちのようです。この分なら領内の復興も時間の問題でしょう」


「すごいね。神様って本当にいるんだね」


 彼女はうんうんと頷くと、アイザックに顔を向けた。


「えっと、村長さんには駐屯の理由を説明して挨拶は済ませておいたけど、他にやったほうがいいことってある?」


「はい、1つお願いしたいことがありまして……ただ、そのかたにも許諾を得ないといけないので、それからになりますが」


「お願いしたいこと?」


 小首を傾げるシルベストリアに、アイザックは頷く。


「少し長くなりますが……」


 そう前置きすると、アイザックはバレッタから受けた相談を1から説明し始めた。

 話を聞きながら、シルベストリアは「おおっ」と声を漏らしては瞳を輝かせている。


「……というわけで、バレッタさんに武術の指南をしていただきたいのです。私はあまり長く村にはいられないので、シルベストリア様にお願いできればと思うのですが」


「うわー、いじらしいなあ……しかも彼には秘密で頑張るってところがもうね……」


 シルベストリアは少し顔を赤くしながら、くねくねと身体をくねらせている。


「『守れるようになりたい』、か。なかなか言える言葉じゃないよね。……でもさ、アイザック」


「はい?」


「この話を私にすること、その娘から許可取ったの?」


「いえ、取っていませんが?」


「……最低」


「え!? な、何でですか!?」


 慌てた様子のアイザックに、シルベストリアはため息をついた。


「『何でですか』、じゃないよ。バカじゃないの。どう考えても相談する順番が逆でしょ。受けた恋愛相談を勝手に第三者に話すなんて、私がその娘の立場だったら幻滅するよ」


「う……申し訳ございません……」


「私に謝っても仕方がないでしょ……カズラ様についての話は聞かなかったことにしてあげるから、その娘に今のことを提案して承諾もらってから連れてきなさい。そしたら引き受けてあげるから」


「ありがとうございます。彼女はとても筋がいいので、すぐに上達すると思います。私も負けないように頑張らねば」


 アイザックがそう言うと、シルベストリアは少し驚いたような表情をした。


「アイザックがそんなふうに言うなんてめずらしいじゃん。そんなに才能がある娘なの?」


「才能もそうですが、やる気と根性がすさまじいですね。あそこまでひたむきに頑張れる人間は、なかなかいないと思います」


「へえ、そうなんだ。それは会うのが楽しみだなー」


 それからしばらくの間、2人は釣りをしながら雑談を続けていた。

 結局、魚は1匹も釣れなかった。




 先に駐屯地に戻ったアイザックは、資材を積んだ荷馬車に乗って村に入った。

 バリン邸へと向けて進んでいると、森の方からバレッタが駆けてきた。

 バレッタはアイザックを目が合うと、笑顔を見せた。


「アイザックさん、おひさしぶりです」


「バレッタさん、おひさしぶりです。頼まれていた『ろう石』を持ってきましたが、どこへ運びましょう?」


「ありがとうございます! 村の端に資材保管用の倉庫を作ったので、そこにお願いします」


「分かりました。バレッタさんもこちらへどうぞ」


 アイザックは荷馬車を止め、バレッタに手を差し出した。

 バレッタはその手を取って御者台に上ると、アイザックの隣に腰を下ろした。


 ひづめが立てるぱからぱからという音を聞きながら、2人は村の中をのんびりと進む。


「少し見ないうちに、村の中がまた変わっていて驚きました。よくこの短期間でここまでやりましたね」


 村の景観は、以前よりも明らかに発展していた。

 水路はすべてモルタル製になっており、道は石材で整地されている部分があちこちに見られる。


「あそこにある木箱は何ですか?」


 道の先に見える屋根付きの洗い場を見やりながら、アイザックが問う。

 水路脇にあるそれには屋根が取り付けられ、何やら大きな四角い木箱が併設されていた。


「あれは砂や木炭を利用したろ過装置です。大雨が続くと水路の水が濁って炊事や洗濯に使えなくなってしまうので、そのために作りました」


「ろ過装置ですか。確かカズラ様が氷池の建設地にろ過装置を作ったとおっしゃっていましたが、それと同じものですかね?」


「構造を見てみないと何とも言えませんが、似たようなものだと思いますよ」


「ふむ、そうですか。……あそこにある建物はなんです? 水車が併設してあるようですが」


「あれは鍛造所です。鍛造機の試作機が中にあります」


「鍛造機ですか。イステリアでも試作が行われていますが、こちらのほうが完成が早いんですね……」


「設計図は手元にあったので、そのまま作っただけですけどね」


 いかにも簡単そうにバレッタは言うが、イステリアとて状況は同じである。

 一良から与えられた設計図を元に部品を製作して組み立てているのだが、部品の1つ1つにまで図面が存在しているわけではない。

 部品図がないものはだいたいの見当をつけて製作しており、試行錯誤しながら少しずつ作っている状況だ。

 本当ならば部品図の作成も全部一良に任せるのが一番早いのだが、多忙な一良にそこまで頼むのは心苦しいということで、職人に一任しているのが実情である。


「上手く行っていないようでしたら、私の描いた部品図を持って行きますか?」


「……いえ、それは止めておきましょう。作業の途中で別のところから持ってきた図面を使えと言っては、職人たちもよくは思わないでしょうから」


「あ……それはあるかもしれないですね」


 職人たちとてプライドがあるはずなので、途中で横槍を入れるような真似をされてはいい気分がしないだろう。

 そこまで時間がかかるとも思えないので、このまま彼らに任せておいたほうがよさそうだ。


「ところで、鍛造機の他にも何かできていたりするのですか?」


「他には、製材機、製粉機、動力水車、それと唐箕とうみという穀物を籾殻と選別する道具などができています。あの、もしよろしければ、いくつか持って行ってもらえませんか?」


「えっ、いいのですか?」


 思わぬ提案に、アイザックは驚きの声を上げた。


「はい。それで、できればカズラさんの目に付くようなかたちで使っていただけると……」


「もちろんです。バレッタさんが作ってくれたとお伝えすれば、きっとカズラ様も驚きますよ!」


「あ、カズラさんには私が作ったっていうことは内緒にして欲しいんです。内緒のまま、実際にカズラさんの前で使っていただけると……」


「えっ、どうしてです?」


 アイザックがきょとんとした様子で聞くと、バレッタは少しうつむいた。


「その……贔屓目なしで私の作った道具を見てもらいたくて……」


 それを聞き、アイザックはなるほど、と頷いた。


「分かりました。そのようにいたしましょう。任せておいて下さい」


「ありがとうございます。それらを見せる時は、他の職人さんたちが作った物と一緒に見せてください」


「一緒にですか。不自然にならないように数がそろってから見せるとなると、少し先の話になりますが大丈夫ですか?」


「大丈夫です。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げるバレッタにアイザックは頷き、武術指南についての話もしておくべく口を開いた。


「話は変わりますが、以前教えたやり方で訓練は続けていますか?」


「はい、毎日ちゃんと続けています。あの、積荷を置いた後で稽古をつけてもらってもいいですか?」


「もちろんです。私は今日から3日ほどこちらに滞在するので、その間は毎日私が訓練しましょう。それで、その後の訓練は村の警護についている部隊の者に引継ごうかと思います」


「部隊のかた、ですか?」


 少し不安そうに言うバレッタに、アイザックは頷く。


「あの部隊の指揮官であるシルベストリアは私の従姉妹でして、お願いすればきっと承諾してくれるはずです。剣や槍の腕も私よりはるかに上なので、バレッタさんにとっても有意義かと思いますが」


「あ、従姉妹のかたなんですね……ですが、私の力のことがありますし……」


「そうですね、バレッタさんの力についてはまだ話していないので、後で私から話しておきますね」


「えっ。で、でも、あまり力のことを他の人に話すのは……」


 戸惑ったように言うバレッタに、アイザックは微笑んだ。


「彼女になら、何を話しても大丈夫です。絶対に秘密を他人に漏らすようなことはしません」


「ですが……」


「大丈夫です。彼女は人の信頼を裏切るような真似はしません」


「……分かりました。ですが、力については私から話します。それまでは黙っておいてください」


 きっぱりと言い切るアイザックを見て、バレッタは話を受けることにした。

 バレッタ自身がアイザックを信頼して相談を持ちかけている手前、彼が信頼しているという人物ならば自分もある程度は信用する態度を見せざるを得ない。

 とりあえずは武術指南を受けるだけなので、アイザックと戦った時のように派手に動かなければ大丈夫だろう。


「む、そうですか……分かりました。では、そのようにいたしましょう」


「お願いします。あと、アイザックさんが村にいる間はギリギリまで2人きりで訓練をお願いします」


「了解です。資材を置いたら、早速始めましょうか」

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