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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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110話:ボロ

 数日後の夜。

 一良はリーゼとともに、部屋で工事計画書の翻訳作業を行っていた。

 すべて日本語表記の工事計画書を、こちらの世界の文字のものに作り直しているのだ。

 工事を行う時に職人が計画書を読めなくては話にならないので、絶対に必要な作業である。

 リーゼは時折目を擦っており、かなり眠そうだ。


「無理しないで早く寝たほうがいいって」


「ううん、大丈夫。もうちょっとで終わるし」


「でも、いつもはとっくに寝てる時間じゃないか。風呂だってまだ入ってないんだし」


 時刻は23時に迫っており、いつもならリーゼはとっくにベッドに入っている時間だ。

 それにもかかわらず、リーゼはいっこうに仕事を切り上げる素振りを見せない。

 一良がグリセア村から戻ってからというもの、連日こんな調子だった。

 しかも、段々と寝る時間が遅くなってきている。


「私がいないと作業が進まないでしょ。早く工事始めないといけないんだし、頑張れるよ」


「あー、いや……確かにそうだけどさ……」


「それに、少しずつ夜更かしにも慣れてきたから大丈夫。無理そうだったらちゃんと寝るから、気にしないで」 


 リーゼは頑として首を縦に振らない。

 とはいえ、彼女の言うことはもっともで、一良の言語力が足りないために文章作成は半ば彼女任せである。

 エイラに代役をお願いすべきかとも考えたが、そんな提案をされてはリーゼもいい気分はしないだろう。

 本人もやる気になっているので、好きにやらせたほうがよさそうだ。


 書かれている日本語を一良が読み上げ、それに合わせてリーゼが真っ白なコピー用紙にボールペンで書いていく。

 書き終わった紙を計画書の該当部分に重ねてコピー、という作業の繰り返しだ。

 本当はパソコンを使って修正してしまいたかったが、まだこの国の文字のフォント登録すらしていない。

 しかも、たとえフォント登録をしたとしても、リーゼにキーボードの使い方を覚えてもらうところから始めなくてはならない。

 それらを行うのは、この翻訳作業が終わってからになりそうだ。


「あのさ、この間グリセア村の視察報告書を見たんだけど、カズラはイステリアに来る前はグリセア村にいたんだよね?」


 しばらく作業を続けていると、リーゼが書類に目を落としたまま一良に問いかけた。


「うん、1ヶ月間くらい住んでたよ」


「どうして急に、村にやってきたの?」


「……日照りで苦しんでる村を救うため、だけど」


「本当に?」


 一良が答えると、リーゼが顔を上げて目を向けてきた。


「本当に、そうなの?」


 もう一度、リーゼが問いかける。

 これでもかというくらい、目が真剣だ。

 その迫力に一良がたじろいでいると、リーゼの表情がすっと緩んだ。


「ん、やっぱり今のなし。忘れて」


「な、なんだよそれ」


「べっつにー」


 リーゼはいたずらっぽく言うと、再び書類に目を落とした。

 そしてちらりと、横目で一良を見る。


「前にした約束って、まだ有効だよね?」


「あ、ああ」


「……うん、分かった。続きやろう?」


 意味深な台詞を吐くリーゼに、一良は曖昧に頷いた。




 次の日、一良は皆を集めて、プロジェクターを使って河川工事の概略を説明していた。

 窓が締め切られた薄暗い部屋の中、机に置かれたプロジェクターから一筋の光が壁に延びている。

 壁にはイステリアの全体地図が映し出されており、ところどころに綺麗な手書きの文字で注釈が加えられていた。

 地図は日本から持ってきた河川工事計画書に含まれているもので、一良とリーゼが翻訳したものをパソコンに取り込んで投影している。

 地図以外にも、一良が撮影した河川の写真や、工事の参考画像が大量に含まれている。

 ナルソンたちに写真を見せるのはどうかとも思ったが、写真を使わないと工事の必要箇所や手法が説明しきれないので仕方がない。


 部屋にはナルソンやアイザックたちだけでなく、エイラとマリー、そしてルートの姿もある。

 作業を主導する人員がまったく足りていないため、彼女たちにも色々と手伝ってもらうことになるかもしれないからだ。


「まずは、洪水が起きる可能性が高い場所のみ改修工事を行います。地区はここと……」


 パソコンを操作して画像を切り替えると、工事を行う地区が赤く塗られた地図が表示された。

 過去の増水記録と合わせて簡単に現在の状況を説明し、以前ハベルと見て回った箇所の写真を映し出す。

 改修の必要な部位が赤線で囲まれており、写真の隣には工事手法の説明文と参考写真が載っていた。


「だいたいこんな具合です。質問はありますか?」


 一旦説明を止めて皆に目を向けると、普段事務作業に加わっていないエイラたちは目が点になっていた。

 ナルソンやアイザックたちは一良の持ち込む道具にだいぶ慣れてきたのか、特に大きな反応は見せていない。

 プロジェクターが投影を始めた時は「おお……」と声を漏らしていたが、それくらいである。


「工事に用いる材料は木材と石材、それにモルタルだけでいいのですかな? 今のうちから用意しておく他の材料はありますか?」


「それだけで大丈夫です。来年行う本改修でも材料は同じなので、作業人員と合わせて都合をつけておいてください」


「かしこまりました。計画書は職人も閲覧できるかたちにしたいのですが、問題ありませんか?」


「構いません。彼らにも見てもらわないと、上手く作業が進みませんし」


「まず間違いなく写真について質問されると思いますが、職人たちにはグレイシオール様の力添えがあったと説明してもよろしいでしょうか?」


「そうですね。下手に隠して不信感を持たせるより、そのほうがいいでしょう」


「カズラさん、その『写真』なのですが」


 一良がナルソンの問いに答えていると、ジルコニアが小さく手を挙げた。


「それは、現場の風景の絵画なのですか?」


「そうですね、そういった認識で問題ないです。実際のものと寸分たがわない絵になっています」


「そうなのですか……それは、何かの道具で描いたのですか?」


「ええ、カメラという道具を使って撮った……ええと、写したものです」


「……恐ろしい道具ですね」


 ジルコニアがそう言うと、席についている皆が頷いた。

 その様子に、一良はかつてバレッタが懸念していた『デジカメの使い方』を思い出した。

 絵描きに描かせる絵画と違い、写真は実際の被写体を寸分たがわずそのまま記録するものだ。

 被写体が人であれば、その写真1枚でその人物の顔を誰でも知ることができる。

 記念に残すといったことであれば、これほど便利なことはない。

 だが、自分の知らない第三者にいつの間にか顔を知られるというのは、恐ろしいことである。

 ジルコニアはそのことを、写真を見た瞬間に理解したのだろう。


「これがあれば、たとえ相手の顔を忘れてしまってもいつでも思い出せますね。一度写真を作られてしまったら、逃げようがありません」


「使い方によってはそうですね。でも、こういった使い方をする場合は極めて便利です」


「確かに、これは素晴らしく便利ですな。何かの記念として残すのにもよさそうです」


 何やら考え込んでいるジルコニアとは対照的に、ナルソンはとても興味深そうに壁に映された写真を見つめている。

 アイザックも同様で、リーゼの横顔をちらちらと見ていた。


 その後もしばらく話し合いを行い、翌日から工事を開始する運びとなった。

 多数の職人と市民を動員することから、作業の指揮はリーゼが執ることになった。

 一良の立場はその補佐で、河川工事以外にも工作機械や農業機械の開発管理、製材所建設や氷室建設の監督も同時に行わなければならない。

 さすがに開墾作業や井戸掘り作業、氷池建設などの監督までやると体力的に参ってしまうので、それらはアイザックとハベルにすべて任せることになった。

 エイラとマリー、そしてルートは、皆の小間使い的な立ち位置である。


「アイザックさん、以前お話しした薬関連の資料ですが、そろそろ出来上がりそうですか?」


 一良がアイザックに話を振ると、アイザックは申し訳なさそうな表情で一良に向き直った。


「それが、呪術師組合があまり協力的ではなく、祈祷の内容を聞き出すのに手こずっている状態でして……」


「そ、そうですか。時間がかかりそうですか?」


「はい。もうしばらく時間をいただければと……」


 祈祷というものが本当に効くのかどうかは定かではないが、一良はそういったものの効能については懐疑的だ。

 頭から否定する気はもちろんないが、飲めば効果の出る薬のほうがなじみがある。

 祈祷に関しては調べなくてもいいと言ってしまえばいいのだろうが、それを言うと祈祷を全否定することに繋がりかねないので、口は出さないでおくことにした。

 信じる信じないは、人それぞれだ。


「分かりました。薬剤の種類についてはどうですか?」


「商店で手に入るような市販品の資料は出来上がっていますが、呪術師が使う特殊な薬剤についてはほとんどまとまっていなく、現在交渉中です」


「あ、別に焦らなくて大丈夫ですよ。とりあえず市販品の資料だけ後で渡してもらえますか?」


「かしこまりました」


「イステリアの街なかに薬草園があると聞きましたが、そこには入れそうですか?」


「見学は可能です。ごらんになられますか?」


「そうですね、工事が一段落ついたら見に行ってみましょうか」


 以前聞いた話では、薬草の栽培は呪術師組合が薬草園で行っており、薬の製法も独占しているとのことだった。

 薬草園の中がどうなっているのかは分からないが、何かしらの工夫はしていそうだ。

 薬剤の調合方法が分からないのは困るが、薬草の生産を何らかの手段で促進し、調合は彼らに一任してもいいだろう。

 既得権益の摩擦を考えても、そうしたほうが波風が立たなくてよさそうだ。


「古来より薬の製法は彼らが独自に発展させてきたものなので、外には一切漏れてきていません。薬草の栽培は非常に難しく、補助金を出して増産を促しているのですが、あまり上手くいかないようです」


 補足するように言うナルソンに、一良が顔を向ける。


「医者は薬は使わないのですか?」


「医者は呪術師から購入した薬を使っているはずです。傷薬などは自分たちで用意しているようですが」


「ふむ……呪術師は傷の治療は行わないのですか?」


「呪術師は外傷の治療は行わないので、医者に頼ることになります。祈祷で治癒を図ることもありますが、本格的な祈祷は高価なので一般的ではありませんな」


 どうやら、疾病の治療は呪術師、外傷の治療は医者といった具合に住み分けがされているらしい。

 祈祷が高価というのは少し意外だったが。


「なんとかして増産を試みましょう。肥料を使えば一発解決かもしれませんが」


「そうですな。増産ができれば輸出して収益も上げられますし、上手くやりたいところです。薬草園に行く前に、私のほうで見本の薬草を何種類か用意いたしましょう」


「そうですね、それを使って予習してから呪術師たちとやり取りしましょうか」


 その後も細かな調整を行い、会議はお開きとなった。




「カズラさん、クレイラッツの使者との会談についてなのですが……」


 一良とリーゼが機材の片付けをしていると、ジルコニアが声をかけてきた。

 他の者たちは退室しており、部屋にいるのは3人だけだ。


「あ、はい。どんな具合でした?」


「それが……」


 カーネリアンたちとの会談の内容を、ジルコニアが説明する。

 一良はふむふむと頷いて聞いていたが、軍隊進駐権の話が終わったところで首を傾げた。

 ジルコニアは、相手が探りを入れてきたといったことは話さず、相手の要求とこちらの回答についてだけ口にした。


「休戦協定の期限切れまでって、確かあと4年ありましたよね?」


「はい、あと約4年あります」


「そんなに期間があるのに今から軍隊を進駐させるっていう話が出たってことは、バルベールが協定を破る可能性があるってことですか?」


「その可能性はもちろんあります。ただ、当然ながら協定破りは他国からの信用を失墜させることになります。よほどの理由がない限り、協定破りはしないと思います」


「ふむ……それにもかかわらず進駐の申し出をしてきたってことは、クレイラッツはバルベールが協定を破るという情報を掴んでいるってことですかね? 軍隊の進駐はそれに備えたものでしょうか」


 推測を述べる一良に、ジルコニアは首を振った。


「いえ、それは違うかと。おそらくですが、クレイラッツはイステール領に軍を置いておくことで、こちらの動きを把握しようとしたのだと思います」


「……それって、クレイラッツはこちらを信用していないってことですよね? もしくはクレイラッツ自体が裏切ろうとしているとか」


「そうですね……我が国とクレイラッツは同盟関係にありますが、お互いの軍の動きまでは報告し合ってはおりません。クレイラッツが裏切るということならば、今回の進駐権の申し出の説明はつくかと」


 一良はそれを聞き、もしクレイラッツが裏切った場合どうなるのだろうと思い浮かべた。

 前回の戦争では、同盟国が一丸となってようやく引き分けに持ち込んだ激戦だったはずだ。

 それなのにクレイラッツが裏切るとなったら、状況は絶望的なのではないだろうか。


「土壇場になってクレイラッツが裏切るといった可能性は大いにあります。クレイラッツに対して、バルベールから何らかの接触があったのではと思うのですが」


 ジルコニアが言い終わると、考え込んでいたリーゼが口を開いた。


「でも、もしクレイラッツが裏切るとしたら、今回のような話をわざわざ持ちかけてくるでしょうか?」


「どういうことかしら?」


「そんなことをして怪しまれる危険をおかすよりも、開戦直前に裏切って、バルベールに釘付けになっている我々の脇腹を突いたほうが合理的だと思うのですが……」


「そうね。でも、たぶんクレイラッツは、我々がクレイラッツとバルベールの密約について知っているのか探りを入れるために、今回みたいなわざとらしい申し出をしてきたと思うの」


「こちらが何らかの情報を掴んでいれば、進駐権の話を出した時に何らかのボロを出すと考えた……ってことですかね?」


 一良の言葉に、ジルコニアが再び頷く。

 リーゼはいぶかしんだ表情のままだ。


「恥ずかしい話ですが、私は交渉の経験が他の武官や文官のように多くはありません。そのことを、相手方は理解しているのでしょう。交渉相手はクレイラッツの軍司令官だったのですが、ずっと私の様子を窺っていました」


「もしこちらが情報を掴んでいると分かれば、相手は裏切る前提で堂々と軍を国境に配備する。我々が情報を掴んでいるのか分からなくても、あえてわざとらしさを臭わせることで、国境線に守備隊を引きずり出せる……こんな算段ですかね」


「はい。結果的に裏切りからの奇襲はできなくなりますが、こちらが情報を掴んでいることに気付かず奇襲をかければ、クレイラッツは我々の待ち伏せを食らって大損害を被ることになります。ですが、あらかじめわざと裏切りを臭わせておけば、軍の何割かを引きつけてにらみ合いという形に持ち込むことができます。クレイラッツは自軍の被害を最小限に抑えながらバルベールに面目も立つので、有効な手段かと」


「なるほど。ハナから自分たちはほとんど戦わずに、戦いはバルベールに任せようって腹積もりですか。それなら、進駐権の申し出はクレイラッツにとってメリットしかありませんね」


「はい。なので、4年後に戦争が始まるとしたら、実質我々は2正面で戦わないといけなくなります」


 ジルコニアの台詞に、一良は顔をしかめた。


「……それって絶望的じゃないですか?」


「クレイラッツがまともに戦うつもりがなく、にらみ合いに徹するつもりならば、クレイラッツとの国境沿いにある街や砦の防衛力を増強すれば抑えは効きます。クレイラッツは隣のプロティアも警戒しなければいけないので、全軍を差し向けてくることはないはずです」


「なるほどねえ……どちらにせよ、きついですね」


「状況はかなり悪いですが、やるしかありません」


 ジルコニアはそう言うと、「それでは」と一礼して部屋を出て行った。

 先日の約束どおりに会談の話を一良に伝えただけで、助力を一切請わなかった。

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