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宝くじで40億当たったんだけど異世界に移住する  作者: すずの木くろ


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108話:戦火の記録

 次の日の朝。


 一良は朝食を済ませた後、リーゼとともに資料室を訪れていた。

 手燭を持ったリーゼに先導され、薄暗い室内をゆっくりと進む。


「確かこの辺りに……あったあった。物資の輸出入関連でいいの?」


「うん、領内の資源の産出量とかも分かる資料があるといいかな。あと、他国の資料もあれば見てみたい」


 リーゼは頷いて手燭を一良に手渡すと、棚から皮紙の束を1つ取り出した。


 部屋の奥の長机に移動し、壁際の燭台に火を移してから皮紙を広げる。

 内容は、隣の領地であるグレゴルン領との取引資料のようだ。


「塩の輸入記録は……あったあった」


 一良はぱらぱらとそれらをめくり、内容を確かめて机の隅にまとめる。

 必要なものだけを選別し、自室に持ち帰るためだ。


「外交情報の資料もいる?」


「いるいる。まとめて部屋に持っていこう。何度も取りにくるの面倒だし」


 2人で手分けして棚の間をうろうろと歩き、必要そうな資料を片っ端から回収する。

 そうしてしばらく集めていると、ふと『戦時記録書』と書いてあるプレートが一良の目に入った。


「戦争関連の書類か……すごい量だな。これ全部そうなのか」


 そうつぶやきながら、ずらりと並んでいる棚を眺める。

 戦時記録書の棚はかなりあるようで、棚のすべてに大量の書類が詰め込まれていた。

 一良は貼り付けてあるプレートに書かれた年号を参考に、10年前の記録書の束を1つ取り出した。


 長机に移動し、それらを広げて手燭で照らす。

 内容は、開戦前後の領内における軍の動きを時系列順に記したものだった。


「なになに、アルカディア歴511年5月12日、イクシオス・スラン将軍指揮の下、バルベール国境付近の川沿いに……ええと、ほにゃららとして……ちくしょう、軍事専門用語が全然読めねえ……」


 以前に比べればだいぶ文字が読めるようになってきたが、専門用語が増えるとお手上げ状態だった。

 一良が唸っていると、ふわっと優しいラベンダーの香りが鼻腔をくすぐった。

 その方向へ目を向けると、すぐ隣でリーゼが資料を覗き込んでいた。

 以前迫られた時もそうだったのだが、薄暗い場所で見るリーゼの顔は普段よりもさらに美しく見えた。

 正直、どきっとした。


「あ、戦時資料ね。一緒に持っていく?」


「そ、そうだな、一応確認しておこうか」


 平静を装いながら一良が答えると、リーゼは頷いて棚に戻っていった。

 リーゼの背を見送り、再び内容に目を落とす。

 当然ながら資料は専門用語だらけで、虫食い状にしか読むことができない。

 少しの間解読しようと奮闘していたが、これは駄目だと諦めて資料探しに戻るのだった。




 2人は一良の部屋に戻った後、資料の確認を行っていた。

 お互い隣り合って座り、一良の質問にリーゼが答えるかたちだ。

 

「まずは輸出入関連を見ていこうか」


 一良は資料を広げ、ノートパソコンとプリンタを起動した。

 持ってきた資料でめぼしいものはすべてスキャンし、分かりやすく名前を付けてデータとして保存するためだ。


 ちなみに、部屋にいない他の面々は別の仕事で席を外している。

 アイザックはグリセア村の守備隊の手配。ハベルは新たな開墾地での作業の監督だ。

 ナルソンとジルコニアは、それぞれ面会の準備中である。

 クレイラッツからは軍のお偉いさんが来るようで、イステリア側からもジルコニアの他に武官の重鎮が何名か出席するようだ。


 一良はグレゴルン領との取引資料を取り出すと、輸入記録に目を走らせた。


「ええと、塩と肉と魚の干物と……ずいぶん色々と輸入してるんだな」


「グレゴルン領は塩の質もいいし、肉とか皮も他領より安いから、たくさん仕入れるんだよね。動物がたくさんいるみたいで、質もいいよ」


「そうなのか。動物がたくさんってことは、畜産に力を入れてるのかな?」


「そこそこ大きな牧場はいくつかあるみたいだけど、他領に比べて野生動物がかなり多いみたい。塩漬けにされた野生のカフクの肉が人気あるよ。魚の塩漬けも入ってくるけど、干物も合わせるとクレイラッツから入ってくる量のほうが多いかな」


 資料によると、塩漬け製品の輸入がかなり多いようだ。

 塩取引を売りにしているだけのことはある。


「ずいぶんと塩を作ってるんだな。高品質で高く売れるなら、かなり儲かるだろうし生産にも力を入れるか」


「高品質なものばかりじゃなくて、品質の劣る塩も取引してるよ。高品質なものはやっぱり値が張るから、安価で質が低いものを塩漬け品には使ってることが多かったと思う。質の低いものの方が量産が利くみたいで」


「なるほど、そりゃそうか」


 ふむふむと頷きながら資料を見ては、プリンタにセットしてスキャンを行う。


 塩、肉、魚、衣料品など、グレゴルン領から仕入れている物資は食料品と日用品が多い。

 中でも塩は数十年もの間安定的に供給されており、価格の変動も少ないようだ。

 唯一大きな価格変動としては、4年前から2割引になっていることくらいだろう。

 穀物の取引はほとんどなく、移民政策に伴う無償提供を除けば、稀に少量が行き来しているに留まっている。

 イステール領からの主な輸出品は、銅や錫などの金属、大理石や石膏などの鉱物資源と顔料だ。


「ずっと安定供給されていたのに急に取引縮小ってなると、よっぽど天候が悪いのかね」


「どうだろう。天候がどうなのかはわからないけど、『身を切る覚悟』をすればなんとかできるみたいだから、やってできないことはないんじゃない?」


「ふむ……それだと製塩は天候の関係なしに行えるってことになるな。屋内で大規模製塩でもしているのだろうか」


「たぶんある程度備蓄があるんだと思うよ。生産が止まったらすぐに塩不足っていうんじゃ、有事の際にどうにもならないでしょ」


「なるほど」


 納得したように一良が頷くと、リーゼがくすっと笑った。


「どうかした?」


「何か、今までは私が色々教えてもらってたのに、今日は私が教える側になってるのがおかしくて」


「この国に来てから3ヶ月くらい経つけど、内情についてはほとんど知らないからなあ……しばらくは、リーゼが先生で俺が生徒だな」


「そうなんだ。なら、しっかり教えて差し上げましょう」


「うん、いろいろ教えてくれ。できれば優しく丁寧に」


「よくできたら、またクッキー焼いてあげる。出来が悪かったらおあずけね」


「ええ……エイラさんかマリーさんのお手製がいいなあ」


「……なんですって?」


「うそうそ! 美味しかったです! またお願いします!!」


 軽口を叩きながら資料を見ていくうちに、内容はフライス領と王都のものに移った。

 見たところ、フライス領からの輸入品は穀物や果物、魚が主なようだ。

 鉱物資源の生産はかなり少ないらしく、イステール領が大量に輸出している。

 輸送に河川が使えるため、相互の輸送費は安く済んでいる。


 王都からは金細工や外来品、衣料品の輸入が多い。

 その他、奴隷も輸入しているようだが、資料によると一部の奴隷はタダ同然で仕入れているように見える。

 王家には献上金が定期的に送られているようなので、その見返りの1つといったところだろうか。


「医薬品の取引が全然ないみたいだけど、どうなってるわけ?」


「薬はどの領地も生産量が少ないから、自分のところで使う分だけで手一杯なの。製法は呪術師組合が独占してるし、量産するように言ってもそうそう増やせないみたいで」


「そうなのか。そういえば、前にアイザックさんが資料を作ってくれるって言ってたな。それができてからでいいか」


 その後、クレイラッツや過去のバルベールとの取引記録も確認した後、資料は軍事関連に移った。


 資料の束を手に取り、ぱらぱらとめくる。

 資料室で見たものの続きを読むためだ。


「あったあった。さっき少し見たんだけど、専門用語が全然読めなくてさ。読むの手伝ってくれないかな」


「うん、いいよ」


 リーゼは資料を受け取ると、上から順に読み上げていった。


「『アルカディア歴511年5月12日、イクシオス・スラン将軍指揮の下、バルベール国境付近の川沿いに設営部隊を配備。軍団要塞の建設を開始。さらに付近の丘にて野戦築城に着手』」


「軍団要塞って、この間見て回った軍事施設みたいなやつか?」


「状況によって規模は変わってくるけど、だいたい同じだと思うよ」


「野戦築城っていうのは?」


「戦闘に備えて作る防御陣地のこと。その時々によって造りは変わるけど、騎兵を妨害するための柵を作ったり、落とし穴掘ったりするイメージかな」


「落とし穴ってあれか、穴の底に杭が立てられてたりするやつか」


「そうそう。あと、歩兵と騎兵の突進力を削ぐために、足を貫通するくらいの細さの小さな杭をそこらじゅうにつき立てたりすることもあるよ」


「うげ、想像しただけで足がむずむずするな」


 詳しい形状は分からないが、おそらく忍者が使う鉄びしのようなものや、板に釘や尖った木の棒を突き立てたようなものだろう。


「規模が大きくなってくると防塁ぼうるいを造ったり、防御塔を建てたりもするよ」


「防塁って何だ?」


「敵の足を鈍らせるための溝とか壁のこと。敵がもたついてる間に投石とか矢で攻撃するの」


「へー」


 防塁とは、敵の侵入を防ぐために造られた土塁や空堀のことである。

 防塁の手前には矢や投石を行うための塔が設置されることもある。

 当然ながら、傾斜地に造るとより効果的だ。

 土を掘ったり盛ったりして造ったものは雨が降ると崩れてくるため、長期にわたって用いる場合は石で補強することもある。

 地球では紀元前から用いられている防御用建造物であり、ヨーロッパでは遺跡として残存しているものが観光名所になっていたりする。


 一良が相槌をうつと、リーゼは続きを読み始めた。


『5月15日、第1軍団先発隊が軍団要塞に到着。建設作業と資材確保に従事』

『5月20日、軍団要塞と野戦築城の仮設営が完了。防衛力強化に取り掛かる』

『5月28日、ナルソン・イステール将軍指揮の第1軍団後続が軍団要塞に到着』

『5月31日、ジルコニア・イステール将軍指揮の第2軍団先発隊と、マクレガー・スラン将軍が軍団要塞に到着。物資の補給後、両将軍は選抜兵を率いて山岳地帯へ移動し山越えを開始。残存部隊の指揮権はイクシオス・スラン将軍に委譲』


「ジルコニアさん、10年前っていうと確か16歳だよな。その年で部隊率いて山越えって……ていうか、領主夫人なのにそんなことまでやるのか」


「戦争開始直後から、お母様は常に最前線で自分が先頭に立って戦ってたみたい。ただ、この山越えの理由はよく分からないんだよね」


 ジルコニアとナルソンが10年前の何月に結婚したのかは分からないが、年若い彼女に部隊を率いさせて山越えをさせるとは、いったいどんな意図があってのことだろうか。

 もう1人将軍が付いていったようなので、実質の指揮官は彼だったのかもしれない。

 聞いたことのある名前だと思い返してみると、以前兵士の訓練の様子を見せてくれた老軍人だということに気がついた。


「資料とか残ってないのか?」


「たぶん残ってないと思う。マクレガーに聞いたこともあるけど、何も教えてもらえなかったから、聞いちゃいけない内容なんじゃないかな」


 特に感慨もなく言うリーゼに、一良は不思議そうに目を向けた。


「気にならないのか?」


「そりゃ気になるけど、殺し合いをしてる最中の話で記録にも残せないようなものってなると、だいたい想像つくじゃない。きっと、そういうことだよ」


 何と言ったらいいのか言葉を詰まらせる一良を気にせず、リーゼは続きを読み上げる。


『6月14日、バルベール軍2個軍団が国境付近に接近。陣営構築を開始』


「あれ? 確かバレッタさんは『いきなりバルベールが攻めてきた』って言ってたけど、奇襲を食らったわけじゃないのか」


 以前バレッタから聞いた話では、アルカディアは突然バルベールに攻め込まれて戦争に突入したということだった。

 だが、実際はそういうことではなく、アルカディアが事前準備をして防衛体制を整える時間はあったようだ。

 ナルソンが攻撃を予見して、先に防衛準備を行っただけなのかもしれないが。


「……バレッタって?」


「グリセア村で泊めてもらってた村長の家の娘だよ」


「ふーん」


 リーゼはちらりと一良に向けていた視線を資料に戻し、再び口を開く。


『6月16日、バルベール軍より宣戦布告の通達を受ける。バルベール軍総攻撃開始。昼過ぎにこれを撃破。直接戦闘と追撃戦を行い敵は壊走。敵宿営地を破壊、物資を接収する。第1軍団の被害は極めて軽微』

『6月17日、国境線を越え、バルベール側の農村の焼き討ちを開始。初日で住民数百名を捕縛。2つの村を破壊。物資の接収を行う』


「……攻めてきた敵を逆に蹴散らして、やりたい放題じゃないか」


 数で若干自軍を上回る敵を相手に、ほぼ完勝といった戦闘結果だ。

 どんな経過だったのかこの資料だけでは分からないが、イステール領の軍は優秀なのだろう。

 驚きに目を剥く一良に、リーゼは頷いた。


「うん、相手はこっちの国の戦力を過小評価っていうか舐めきってたみたいで、開戦直後の戦闘は上手くいったみたい。終盤になるにつれて、かなり危なくなったらしいだけど」


 リーゼの返答に「へー」と相槌を打ちながら、続きをうながす。


『7月6日、バルベール軍大部隊が首都を発ったとの報告あり。全軍、軍団要塞に撤収し部隊を再編成。外交官よりクレイラッツもバルベールと戦争状態に突入したとの報告あり』

『7月7日、フライス領より1個軍団が来援。グレゴルン領より騎兵隊が来援』

『7月8日、焼き討ち部隊撤収完了。計7つの村を破壊。住民の大半は逃亡した模様。老人と病人数十名を捕縛。王都より1個軍団が来援。第2軍団の後続が到着。全軍の指揮はナルソン・イステールが継続して執る』


「あちこちから軍団が集結したんだな。一大決戦ってやつか」


「戦争初期の大会戦だね」


 その後もしばらくの間戦時資料を確認し、他国との外交状況にも目を通した。

 その日の終わりにお土産で持ってきた化粧品をリーゼに手渡したところ、リーゼはホクホク顔で戻っていった。

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