プロローグ~悪魔の子と命の花弁
プロローグのあと、主人公ではない別のキャラの前日譚のような話が五話まで続きます。
王城の中庭、白昼の炎が乾いた音を鳴らす。
時折どこかで起こる崩落によって、新たな瓦礫が積まれていく。
その周辺はかつての形を失い、至る所が損壊していた。
火の粉が舞う惨状の中、二つの影が対峙している。
一人は「男」。
砂埃に汚れ、灰色にもみえる白装束を纏った姿。
その男が見下ろす先に、もう一つの影があった。
地に両膝を突き、呼吸が荒くなった満身創痍の女性。
彼女はこの城の王妃だった。
身に着けた胸当ては煤にまみれ、本来の光沢を失っている。
一瞬辺りの雑音が止み、訪れた静寂が、男の放った言葉を届かせる。
「……お前、死ぬのか」
俯いて目を閉じていた王妃は、呼吸を整えながらゆっくりと顔を上げ男を見返した。
その佇まいは、自分が想像していた人物とは異なっていたのか、微かに目を細める。
男は女性の顔をうかがう。
王妃の表情は、言葉に逆らうかのように「生きる美しさ」を残していた。
揺らぐ炎が瞳に綺麗に映り込んでいる。
じっと覗き込めば、見つめる自分自身の姿さえ分かるほど、昏く澄んでいた。
直接、状況を観ていたわけじゃない。
近くに並ぶ丸い低木の裏側。
そこには、一人の幼女が息を潜めていたのだった。
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約八年前──
これは生や死が存在しない場所での、ある「男」の過去の話
「男」は眠りから覚めるように目をあけた。
久方ぶりに光を入れたような感覚に襲われ、視界の一面が眩い白に染まる。
光に目が慣れてくると、見知らぬ景観が見えてくる。
そこは屋敷にある大広間だったが、男にはその場所に関する知識はなかった。
周囲には幼い子供たちが大勢集まっている。
皆同じ、簡素な白い服を着ていた。
(修行僧か……?)
男は周囲を見て思った。
子供たちは何かを確認し合うかのように、ざわざわと色めき立っている。
「男」が自分の着ている服装を確認すると、どうやら自分もまた、周囲に居る子供たちと同じ状況の一人のようだ。
小さい手に小さい身体。背丈も大体同じくらいだと視点でわかる。
一つ意外だった事がある。
こんな状況下でも、思考が冷静に働いて取り乱していない。
ただ、残念とするならば、自身の置かれた状況がこうなのだと、確信をつく答えには辿り着けそうにはなかったことだ。
そんな考えを巡らせていると、一人の老人がゆっくりと歩いてくる。
全身を包む黒いローブに伸びた白い髭が印象的で、こちら側とは明らかに異なる条件で存在しているようだった。
ローブの色が、より異質さを強調してくる。
他の者も、その存在に気づく。
子供たちは徐々に会話するのをやめていき、その人物へと視線を注いだ。
老人が歩みを止め、こちらに向き直ると、ゆっくりと口を開く。
「えー、皆の者、目が覚めたようじゃな。お前たちはかつて『英雄』と呼ばれていた者たちじゃ。ここにはちょうど五十人おるのだが、今から選別を行う試験を受けてもらう」
老人の言葉を聞いても、各々《おのおの》は黙ったままだ。
投げられた言葉の意味を整理しているのか、先ほどのようにざわついた状況にはならなかった。
自分も考え始めたが、色々と分からない。
置かれた状況を理解するには、まだまだ情報不足だった。
老人の言葉には身勝手さも感じるし、明らかにまだ言葉足らずである。
なぜなら、どのような経緯で「英雄」と呼ばれこの場所に来たのかは分からないが、自分がどういう人物なのかという記憶は、頭の中にしっかりと残っていたのだ。
そう──俺は『ウィルモルツ・ベリアルロース』。
地獄で育った八歳の悪魔だ。
老人が再び口を開く。
こちら側がどんな疑問を持つかを分かっていたかのように、次の言葉を放った。
「お前たちは共通して、現在八歳になっておる。それぞれが、それまで生きてきた才能を基とし、もう一度鍛錬に励み試験に挑戦してもらう。ここには体を鍛える為の道具や、知識を蓄える書物もたくさん用意してある。各自、自由な方法で構わぬ。それらを利用し、あそこにある〝門〟を通り抜ければ合格じゃ」
そう言い老人が示した先には、立派な門があった。
ウィルモルツにはそれが何かわからなかったが、子供たちの中には、門というものを知っている者が少なからずいた。
だが、それ以上に目を引いたモノがある。
門前に佇むこちらと同じ背丈くらいの「奇妙な人形」。
視線を留まらせるだけの目立つ服を着飾っており、必ず何か仕掛けがありそうな、ただならぬ気配を感じさせる。
それと、人形とは別の気になる点がある。
それは、八歳から先の記憶が皆無なことだ。
「かつて英雄と呼ばれていた」
その言葉が事実ならば、頭の中に記憶として刻まれているはずだが、その自覚や記憶が全くない。
英雄になったのは八歳から先の人生の出来事であって、単に肉体だけ八歳に変えられたとか、かつての英雄が若返ったとかではないようだ。
肉体や精神、記憶などが強制的に八歳から再開されていると解釈すべきなのだろうか……。
混乱しているのか上手く整理できない。
もっと単純に考えてみよう。
英雄と称えられるほどの人生を歩んでいたが、その記憶は消されてしまった。
だが、すべての記憶が消されたわけではない。
八歳まで育った記憶は残された。
俺たちは皆、共通でその状態になっており、この場所で老人が用意した試験を受けさせられようとしている。
(こういうことだろうか……?)
考えを巡らせていると、静まった場に集団の誰かが声をあげた。
「簡単じゃねーかッ!! あの門を通り抜ければいいんだろっ!」
そう発した少年は動き出し、集団を両手でかき分けながら、門のある方へと向かい始めた。
「──おいッ、止めとけ! たぶんだが、そんな簡単じゃねーぞ!」
すぐに制止させる言葉があがった。
自分もその意見には同意見だ。
そこに居た他の子供たちも同じように思っただろう。まだ、さすがに情報が少なすぎる。
ただ、それ以降は誰も彼を止めようとする声はあがらなかった。
皆一度、どうなるか結果を見届けてみたかったのかもしれない。
後学のためにかあるいは、もっと底暗い〝好奇心〟を満たすためだったのかもしれない……。
少年が、見守る集団の前に立つと、場は一段と静まり緊張が張り詰める。
少年は門に向かって駆けだした。
かつて英雄と呼ばれるまでに至った才能を持った一人。
その走りは、見守っていた大勢の期待を、一気に高ぶらせるだけの速さをみせつけた。
だが、予測していたどこか嫌な予感は的中する。
門前の人形が動きだし、ガチャガチャと稼働音を鳴らすと、左右の手から小刀を展開させたのだった。
その動きに気づいた者から不安の声が漏れだす。
やはり人形には、何らかの仕掛けが施されていたのだ。
脇をすり抜けようとした少年を、標的として捉えたのかもしれない。
次の瞬間、走っていた少年の身体は真っ二つに斬り裂かれたのだった。
見ていた子供たちは言葉を失う。
ただ、斬られた少年は血を吹き出すことはなかった。
美しい──少年の勇敢さにではない。
彼の体が、一瞬で色とりどりの花弁に変わったのだった。
それが、この場所で死を意味していたのかは分からないが、風に運ばれ宙を舞うと、白い上空へと消えていった。




