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灯と追憶

灯の記憶と罪を辿ります!よろしくお願いします!

 警察側の対応を待つ間、私は遠い昔のことを思い出す。

 優しく仲のよい両親。温かな食卓。たまの休日には三人でショッピングモールに買い物に行ったりもして。幸せだった。

 

 それが崩れたのは私が高校生の時。

 部活が少し長引いていつもより学校を出るのが遅かった。体力が切れかけ、電車の中ではうつらうつらと船を漕いでいた。やっと最寄り駅まで着いた時には日も落ちていて、北風が肌を刺した。

 駅の改札口のあたりで、父親らしき後ろ姿を見つけたのだ。ちょうどいいし一緒に帰ろうか、と思って声を掛けようと背後から近づいた時だった。女性の声がしたのだ。

 「会えて嬉しかった。また来週ね」

 「俺も嬉しかった。また会おうね」

そんな言葉を交わして、二人は離れた。その前に軽い抱擁を交わして。距離が開くと同時に二人の手が離れたのが見えた。

 なんで、と思った。父には母がいるのに。浮気だと分かっても分かりたくない気持ちが邪魔をして、飲み込めなかった。父に声をかけることは無理だということだけ分かって、何とか改札を通り抜けようと足を動かした。雑踏に紛れて、父にばれずに駅を出られる、と思った時だった。

 「(あかり)

毎日聞いている低音が私を呼び止めた。振り返らなくても分かる。父だった。振り返ることもできずに固まっている私の元へ父がやってくる。

 「一緒に帰ろう」

いつも通りの、穏やかなトーンで言われて歩き出す。私が先に父を見つけ、浮気の瞬間を見てしまったことに父は気づいていないのではないか、とよく分からない安堵を抱いた。一瞬。駅を出てすぐ、そのままのトーンで父は言った。

 「さっき見たことは母さんには言わないでくれな。」

 「え」

驚きのあまり立ち止まる。

 ―父は、気づいていた。

 気づいていたのにあんなことをしたのか。

 「今まで通り、幸せに暮らしたいだろ?」

その言葉で、もし母に父が浮気しているのを見たと言ったらどうなるかを想像した。そんな、と父に確認を取り、件の女性との連絡履歴なりなんなりを見つける母。また会おう、なんて抽象的な約束で会えるわけでもないだろうから、何らかの方法で連絡を取っているのは明らかだ。肩を震わせて詰問する母に、きっと父は言うのだ。ごめん、一刻の気の迷いだった。俺が愛してるのはお前だけだ。もう二度としない、許してくれ。三文芝居にも満たない陳腐な台詞。 

 誰も幸福にならないと、分かってしまった。家に着く。父がドアを開けた。

 「おかえりなさい」

キッチンの方から声がして、エプロンを付けた母が玄関までやってきた。

 「ただいま」

 「ご飯もうできるから。お風呂も沸かしてあるから、よければ先に入って」

 「うん、ありがとう」

両親が会話しているのが、どこか遠くに聞こえた。水の中にいるみたいだった。

 「灯も。おかえりなさい。ぼーっとしてたけど、何かあったの?」

はっと意識を戻すと眼前には心配そうな母の顔。ちらりと父の方に目を遣ると、よく見ていないと気づかないほど微かに目くばせをされた。

 「…なにもないよ」

 「そう?ならよかったけど。灯も荷物置いてきなさい。」

そう言った母はキッチンへ戻っていった。父は何も言わずに寝室に向かった。鉛を飲み込んだみたいな感覚がして、私はしばらく玄関から動けなかった。

 

 ―そっか、未明の顔を見てどこか懐かしいと思ったのはそういうことだったんだ。

 あの女の人、未明のお母さんだったんだね。…そっくり。


 次に思い出したのは、母が父の浮気を知った日。私が、嘘をついた日から数か月後のことだった。

 「ねえ、これなに?」

母の手には父のスマホが握られていた。画面は、あの女性とのトーク履歴を表示している。“早く会いたい”なんて歯の浮くような言葉が綴られていた。…虫唾が走る。

 そこからは、地獄だった。父とその女性の関係が、短くはない期間続いていたという事実が母に突きつけられる。私が知った日より一か月ほど前に始まった関係みたいだった。ほとんど口論のような話し合いが何度か行われて、でも、母は父のことを信用できない、と判断して離婚に踏み切った。

 未だに、母の一言が忘れられない。

 「灯、ごめんね。お母さんがもっと早く気づいてればよかったのに。」

それは、父親をなくす娘にとっての純粋な謝罪だった。浮気をするような父親と、そうとは気づかず長く暮らすことになったのを、母は悔いているようだった。

 …違うんだよ、お母さん。私、知ってたんだよ、お父さんが浮気してるの。…でも、なにもない、って嘘をついたのは、私なんだよ。

 「…ううん。お母さんは悪くないじゃん」

ごめん、の一言は喉に引っかかって言えなかった。そんな私を母がぎゅうと抱きしめる。痛いくらいだった。私は、母の背に腕を回すことができなかった。

 その時からずっと、私は母を傷つけた共犯者だった。だって、もっと早く母に伝えていれば、傷も浅かったのかもしれないのだから。裏切られていた期間が長ければ長いほど辛いはずだと、考えれば分かることだったのに。

 それに、今思えば未明も、未明の母親のことも傷つけていたんだろう。当たり前だ。

昨夜、未明から聞いた話がフラッシュバックする。  


『ママ、壊れちゃいそうだった。…ママが傷つくの、もう嫌だったんだよ。』

お読みいただきありがとうございました!

次回、最終話です!

また次話でお会いできると嬉しいです!

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