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未明と私とニュース

あの事件のことを思い出す五話目です!よろしくお願いします!

 そうやってだらだらと休日を過ごして、また平日がやってきた。朝は未明(ほのか)より先に起きて二人分の弁当を作って。帰りにスーパーで夕飯の材料を買う。材料は未明が私に買ってきてと言ったものを買う仕組みだ。その材料で出来る料理は未明の豊富なレシピから選び抜かれたもので、だいたい二、三品が食卓に並ぶ。洗濯や掃除といった家事の分担もなんとなくできてきて、夜は寝る前にベランダで風を浴びる。すぐそばにある桜の木を見つけて、春になったらここから綺麗に見えるのかな、なんて話したりもした。外に不用意に出ないという制約の中でも外の世界を味わえる時間が、未明には必要だったのだと思う。

 洗濯は私の役目だ。未明はシンプルな服を好むから、意外と色物や柄物は着ない。だからか分からないけれど、濃い色のものと薄い色のものを一緒に洗濯機に放り込んで、色移りを起こしてしまうことがあった。身一つで我が家に転がり込んだ未明は私の服の中からサイズが合いそうなものを着る日々を過ごしているので、色移りは私にとっても深刻な問題だった。一度白いシャツにデニムの青が移ってしまっていて、急いで漂白剤につけこんだこともあった。それから、未明は洗濯機に触れることさえなくなって、私が洗濯物を分けて洗うようになった。ゆっくりできる時間があればココアを入れて、一緒にラジオを聞いたりした。

 生活の中に何の違和もなく未明がいる、という感覚があった。


 まだ二週間も一緒にいないのに私の日常には未明が溶け込んでいて、事件のことも少し忘れかけていたように思う。

 そんな矢先、テレビを見ながら夕食をとっていたらあるニュースが流れた。今日は珍しく私の仕事が早く終わって、だからまだバラエティ番組が始まる前の時間だった。だいたいのチャンネルでニュースが放映されていて、その中のうちの一つをかけていた。


 『次のニュースです。先週の水曜日、〇〇線鳴島駅で五十代の男性が刃物で刺された事件で、病院に搬送されていた男性の死亡が確認されました。犯人は未だ捕まっておらず、警察が調査を進めています。男性が刺されたホームには防犯カメラが設置されていましたが、犯人の後ろ姿しか映っていなかったとのことで、警察は目撃者からの情報提供も随時募っています。なお、事件を目撃したという方は次の電話番号まで情報をお寄せください。…』


ニュースで取り上げられていた事件は、未明が起こしたものだった。私はすぐさま机上のテレビリモコンに手を伸ばした。早く消さなければ、と思った。だけど、そんな私の動きを遮ったのは他でもない未明だった。伸びきることなく止まった私の左手は、未明の左手に握られている。右手には箸が握られたままだった。私は、この後どうすべきか、どう言うべきか全くわからなくて、手を伸ばしかけた姿勢で固まっていた。未明の表情を窺う。前髪の影でよくは見えなかったけれど、どこか吹っ切れたような表情をしていて私は混乱する。

 「未明?」

私が呼べば、未明はゆっくりと顔を上げてこちらを見た。一度合った目はそらされないまま、未明の口からぽつりぽつりと言葉が落ちていく。


 「私が刺した人ね、ママと付き合ってたんだ。前に母子家庭だった、って言ったと思うんだけど、ママとパパは私が物心つく前には離婚してて。たぶん、パパの浮気が原因だった。ママは、まだパパが好きだったけど、もうだめだったんだね。そのまま離婚。ママはやっぱりショックだったみたいで、ふさぎ込んじゃった。おじいちゃんおばあちゃんの家に預けられることも多かったなあ」


未明と料理の話をした時、未明が母子家庭だったと言っていたのを思い出す。その背景までもが語られていくことに、私なんかに話していいのかなという気持ちは拭えなかった。

 でも、未明の表情と声色から、今誰かに聞いてほしかったんだろうなと思ったから、黙って聞くことに徹する。

  

 「それでも段々元気になって、笑って話せるようになって。いつだったかな、覚えてないんだけどママが“会ってほしい人がいる”って言ったの。それで会ったのが、あの人だった。何話したかとか全然覚えてないけど、ママがすごく幸せそうに笑ってたのを覚えてる。その時には言われなかったけど、たぶん結婚を考えてたんじゃないかな。でも、それからひと月も経たないうちに、またママの元気がなくなった。…その人、既婚者だったんだって。ママ、不倫相手だったんだよ。

 酷い話だよね、夫に浮気される辛さを知ってる自分が、知らない間にその人の奥さんからしたら加害者になってるんだもん。…ママ、壊れちゃいそうだったの。もう、人のこと信じられないくらいで。そこから外に出ることも減っちゃったし。だから、私が学校辞めて働いたりしてなんとかやってたんだけどさ」


そういえば、初めて会った日に未明が履いていたのはローファーだった。あまり艶がなくて底がすり減っていた気がする。

 当時の未明の気持ちを想像すると、心が張り裂けるような心地がした。

  

 「…最近、ママのところに電話がかかってきたの。あの人からだって。離婚したから、また会えないかって。…ママ、笑ったの。いつぶりだろうね。

 …もう、どうしようもないの。ママが欲しかったのはあのひとだったんだなあって。別に、ママのこと、にくいわけじゃないの。頑張ったね、って言ってほしかったわけでもない。だけど、私じゃだめなんだなあってだけ。…それに、今度も嘘なんじゃないかって思った。あの人は、ママに嘘ついて付き合ってたんだよ?そんな人が数年ぶりに連絡してきてさ、復縁したい?絶対うそじゃん!

 …ママが傷つくの、もういやだった。だからね、わたし、あのひとをさしたの。ママにあいにくる、っていってた日だった。しってたの、あのえきにくるって。どの車両に乗ってるかまではわからなかったから賭けだったけど、乗換口につづく階段にいればもしかしたらって。あのひとをみつけたときは、神様がみかたしてくれたんだ、っておもった。

 …ただの、ひとごろしなのにね」


最後まで言い切った未明は、膝の上で組んでいた手をぎゅっと握った。一種の慟哭みたいな、滔々とした語りだった。なのに、諦めたような、全部を許してるみたいな、しょうがないなって顔で、笑っていた。痛いのに痛いって言えないのが、何よりも痛々しかった。

 「…ごめんね」

私の口から出たのはたった一言。泣きたいのは未明なのに、私が泣きそうだった。そのせいで、語尾が震えてしまう。

 「ううん、(あかり)は何も悪くないじゃん。ただ、そういうことがあって、私はやっちゃいけないことをした、ってだけ。こっちこそ、こんなこと話してごめんね」

未明は、泣かなかった。ぐす、と一回鼻を鳴らしたきり。食卓の皿はそのままに立ち上がる。

 「今日はもう、寝るね。ごめんね、お皿、また明日洗うから」

そう言い残すと、未明は客間の方へ消えていった。その後ろ姿が亡霊みたいで、胸が痛む。未明が消えてしまいそうだった。一人取り残されたリビングで、私は独り言ちた。


  「…ごめんね、」


喉の奥から絞り出したような声が、弱弱しく響く。

 

 ごめんね、未明。そうして、さっきのニュースを思い出す。一週間ほど前に見た、左目の下と口元にほくろがある男。

 …あれは、私の父親だった男だった。


お読みいただきありがとうございました!

また次話でお会いできたら嬉しいです!

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