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未明と行ってらっしゃいとおかえりなさい

少し字数多めの三話目となっております!よろしくお願いします!

 「おはよう」

 「おはよー」

 次の朝、未明(ほのか)が起きてきたのは私が家を出る三十分ほど前のことだった。私はというと例のごとく寝坊して、まだお弁当を作り終えていなかった。卵焼きの下にフライ返しを差し込んで、手早く折り畳みひっくり返す。近くに寄ってきた未明が小さく歓声を上げた。

 「いい匂い。これ、お弁当のおかず?」

 「うん、昼はお弁当持っていってるんだ」

 「そうなんだ!えらいね…これ、すごく美味しそう。」

そういった未明が物欲しそうな顔でこちらを見るものだから、思わず笑ってしまった。

 「未明の分もあるよ」

言えば、ぱあっという効果音が付きそうな勢いで顔色が明るくなる。

 「え、やった!(あかり)、ありがとう!」

喜びのあまりなのかその場でくるくると回った未明は、顔洗ってくる!と言い残してキッチンを出て行った。自分のお弁当のついでに作った未明の分には、卵焼きだけではなくて唐揚げも入っていると言ったらどんな顔をするのだろう、なんて想像して口元が少し緩んだ。久しぶりに同居人がいることに、私も大概浮かれているのかもしれなかった。

 未明が返ってくる前には卵焼きが完成し、お弁当箱へ詰め込む作業も終わった。スーツに着替えて鞄にお弁当箱を入れ、最後に窓際のモンステラに水をやる。私が鞄を手に取って玄関に向かうのと、未明が洗面所から出てくるのはほぼ同時だった。

 「じゃあ、仕事行ってくるね」

 「はーい、行ってらっしゃい。気を付けてね!」

手を振る未明に見送られ、家を出る。駅までは川沿いを歩く。抜けるような晴天。いつも見ている水面が、今日は一段と輝いて見えた。


 「おはようございます。」

 「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」

 部内の人と変わらぬ挨拶をかわしつつ席に着く。

 私が勤める会社は完全デスクワークで、個々の作業が独立していることが多い。というのも、部内で扱う案件の担当を事前に決めており、時折会議を挟むことはあれど基本同じ案件は一貫して同じ社員が担当することになっているからだ。リモートワークを選ぶ社員も多い。今日の私の仕事は他社からの依頼でWEBページを作ることだった。依頼主である会社はパンの宅配サービスを行っており、自然派パンが売りだ。ポップで明るい印象を与えつつもナチュラルで読みにくくないフォント。若年層の女性をターゲットに市場を拡大しているというから、奇抜すぎず、お洒落で目を惹くデザインを重視する。作業している最中、未明のことを思い出した。若年層の女性、という単語が未明をカテゴライズするにあたってぴったりだと思ったからだろう。

 そういえば、未明の好きな食べ物って何なのだろうか。昨日はナポリタンを作ってくれたし、料理は好きなのかもしれない。今朝は私が作った卵焼きを見て美味しそうと零していたし、和食も好きなのかな。当たり前だけど、私は未明のことを何も知らない。

 終業の鐘が鳴って、パソコンの電源を落とす。デスク上に出しっぱなしにしていたペンと、飴やラムネを入れている巾着袋を鞄にしまう。立ち上がると、正面の席に座っていた田中さんと目が合った。

「お疲れ様です。」

それだけ言って立ち去ろうとすると、田中さんは少し焦ったように私を呼び止めた。

 「渡辺さん、ちょっと待って!」

私は、しぶしぶ半身だけで田中さんの方に振り向いた。

 「あのさ、今日この後って何か用事あったりするかな?よかったらご飯にでも行かないかなーって…」

田中さんにこうやって声をかけられるのは、実は初めてではなかった。だけど、毎回なにかと理由を付けて断ってきた。またかと思い、知らず溜息が出る。

 「…今日は同居人とご飯を食べることになっているのですみません。」

 「…そっか。急に誘ってごめん。またの機会に。」

そう言うと、田中さんは足早に部屋を出て行った。“同居人”という言葉に動揺して瞳が揺れているのが見えてしまったけど、それは見ないふりをした。いつも当たり障りのないようにと考える言い訳を今日は考えなくてよくて、ちょっと未明に感謝した。


 「ただいま」

 家のドアを開けてそう声をかけると、リビングの方からぱたぱたと足音がして、

 「おかえりなさい!」

と未明に迎えられた。首元にはタオルがかけられていて、髪の毛は水分を含んでいるらしく少し重たそうに見えた。

 「お風呂あがり?」

 「うん、そう!先にお風呂いただいちゃってごめんね」

 「いいよ、大丈夫」

 「ありがとう。今日の夕飯なんだけどさ、灯はなに食べたい?」

 「食べたいものは特にないかな…。未明がなに食べたいか訊こうって思って」

 「え!そうなの!?私、灯がなに食べたいかに合わせて作ろうかなと思ってて。ごめんね、気つかわせちゃってた」

未明の言葉に驚いて瞬きをした。“作ろうと思ってて”ということは、昨日の“しばらく置いてもらう代わりに、何か作ろうと思って”という言葉はまだ有効ということなのだろうか。

 「いや、っていうか未明が作ってくれようとしてたの?」

言えば、未明は当然でしょとでもいうようにきょとんという顔をしていた。

 「当たり前じゃん。昨日も言ったと思うけど、私は居候させてもらってる身だからね。私が作るよ!料理だけじゃなくて、他の家事もできたらするし」

 「…いいの?」

 「うん、それぐらいさせてくださーい!ということで!灯は休んでて!適当に作っちゃうから。今日、灯が食べたいものが何もなかったらお鍋にしようと思ってたんだけど、それでいい?」

 「うん、ありがとう。でも、鍋の材料なかったんじゃない?」

 「大丈夫!今日、買い物に行ってきたから!」

最後の未明の言葉に、私は一瞬固まってしまった。

 

 …え、今買い物に行ったって言った?

 

「あのさ、未明」

私の雰囲気が変わったのが分かったのか、さっきまでにこにことご機嫌だった未明はこちらを窺うような表情になった。

 「…なあに?」

 「今日、買い物に行ったの?」

 「はい」

 「こんなこと私が言うのおかしいけどさ、未明は探されてるかもしれないじゃん」

 「探されてるって?」

 「警察とかにだよ。なのに迂闊に外に出ちゃったら…」

私が濁した言葉尻を、未明は正しく受け取ったようだった。あ、と口を大きく開ける。黒目がちの目も大きく見開かれていく。手のひらで口元を覆い、失念してましたとでも言いたげな表情だ。未明は捕まることが怖くないのだろうか。

 「…ごめんなさい。灯にも、迷惑かけちゃうよね。」

 「…いや、私は別に。ただ、未明捕まっちゃうと思っただけで…」

しばし、沈黙が舞い落ちる。秒針の音がやけに響いた。

 「ごめんね、次から気を付ける」

 「…うん」

会話をしながら、私は、自分が未明に捕まってほしくないと思っているのだと自覚してしまった。それがいけないことだと分かっているから、複雑な気持ちだった。咄嗟に言葉が出なくて、未明の言葉を肯定するだけに留める。少し暗くなってしまった雰囲気を変えるように、未明が音を立てて両手を合わせた。

 「じゃ、お鍋作っちゃうね!灯はあっちでテレビでも見てて!」

未明に背中を押されてリビングの方へ誘導される。私は大人しく従うのは癪だったから、未明に体重を預けるように体の力を抜いた。

「ちょっと!重い!」

自分から背中を押し始めたくせに文句を言う未明がおかしくて、少し笑った。

 「ごめんごめん、むこうで待ってるから。お鍋よろしくお願いします」

ふんふんふーん、と未明が鼻歌を歌っている。たぶん、最近はやりのアイドルの曲だった。そのアイドルのファンをしている後輩が、昼休みにコンビニに行ったら流れてたんです!と興奮まじりに報告してきたのを覚えている。振り返ると未明は丁度鍋の蓋を開けたところで、湯気に包まれている。味見をする仕草がやけに手馴れているように見えた。

 「おまたせーできたよー」

そう言って未明が持ってきたのはキムチチゲ鍋だった。私があまり選ばないタイプの鍋だ。

  「結構寒くなってきたから、体あったまるしちょうどいいかな、って思ってキムチ鍋にしてみた!」

  「そうなんだ。私、キムチ鍋ってあんまり食べたことないかも」

  「そっかー、美味しいよ?あ!キムチだめだった?」

  「ううん、好きだよ。あんまり食べないってだけ」

  「それならよかった!逆に灯は普段何鍋食べるの?」

  「私?うーん、よく食べるのは水炊きとか豆乳鍋とかかな」

  「へー!それもいいね!次はそのどっちかにしよ!」

未明は、話しながら具材を鍋からお皿に移してくれる。ほかほか湯気を立てるお椀を、お礼を言って受け取った。

  「ん、おいしい」

  「ふふ、よかった~」

ナポリタンの時も思ったが、未明は料理上手だ。まだ二品しか食べたことがないけれど、どちらもとても美味しかった。

  「未明は料理上手だね」

  「え、そう?」

  「うん、ナポリタンも鍋もすごく美味しかったし」

  「美味しかったならよかった!…料理はね、結構前からやってたから」

  「そうなの?」

結構前、ってどれくらい前のことだろう。見たところ未明はまだ二十歳になるかどうかといったところだ。もしかしたら、まだ学生かもしれない。一人暮らしをする人だっているだろうけど、これだけ料理が上手くなるほどの期間にはならない気がした。そんな疑問が顔に出ていたのか、私が訊くか訊かないか考えあぐねている間に再び未明が口を開いた。

  「…うち、父親がいなくて。母子家庭だったんだー。それで、ママが仕事忙しかったから自然とやるようになって。あ、全然辛かったとかじゃないよ?料理、性に合ってるみたいで結構楽しいし。…ちょっと重かったかな、ごめんね」

へへ、とごまかすように笑った未明を見て、やっぱり少し申し訳ない気持ちになった。

  「いや、私が話振ったからだよね、ごめん。…やらなきゃいけなかったからだとしても、こんなに美味しい料理が作れて未明はすごいね。えらい」

言えば、未明の目が微かに潤んだようだった。だけど、未明は泣かずに笑った。

  「そうでしょ!私えらいんだ~」

あえておちゃらけて見せてくれたのが分かったから、それ以上は言及しないでおく。それからは、テレビをラジオのように聞き流しながらまばらに会話をした。


お読みいただきありがとうございました!

また次話でお会いできますように!

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