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目立たず生きる

序章

「……よし。これで完璧に『普通』だ。構造的にも、情緒的にも」


俺は研究室の広大な石造りの机に、完成したばかりの

「新型串焼き機(試作三号)」を並べた。

スラム時代。



泥水のようなスープで飢えを凌いでいた子供たちにとって、

串焼きは救いだった。


だからこそ。


誰でも、どこでも。


メイラード反応を構造的に最適化して焼けるデバイスを作った。


ただ、それだけだ。


「レイン=アッシュ。……遺言の準備は、その鉄の箱の中にありますか?」


背後から、絶対零度の声。


振り返る。


そこには、眉間をこれ以上ないほど寄せ、

手に『王都経済新聞』を握りしめたセラが立っていた。


「また何かやったか?


俺は今日、一歩も外に出ていないが」

「物理的にはそうでしょうね!


ですが今朝、貴方が厨房の料理長に

『余っていたから』と渡したあの黒い板は何ですか!」


「ああ。

ただの熱伝導板だ。

魔力対流をマイクロ波に近い波長で制御して、

食材のタンパク質を構造的に理想状態で凝固させる。

……それが何か?」



セラは無言で、新聞の一面を俺の鼻先に突きつけた。


『王都の食卓に革命! 絶望的なほど美味い串焼き店、一斉開店!』


『秘訣は謎の「黒い板」。宮廷魔術師も絶句する加熱効率』


『商業ギルド、板の独占権を巡り内乱状態へ。料理人たちが


「板無しでは生きられない」とハンスト開始』

「……ただの板だぞ?



廃棄予定の廃材を叩き直しただけだ」

「貴方の辞書から『ただの』という言葉を

構造的に削除してください!」


セラが机を叩く。


ガタリ、と新型串焼き機が揺れた。


「今や王都中の肉という肉が、

貴方の板の上で焼かれようとしています!

高級料亭のシェフから屋台の親父まで、

研究室へ巡礼を始めているんですよ!」


「落ち着け。


軍事転用は無理だ。

あれは肉を焼く周波数に固定してある。

他のものを焼こうとすれば、構造的に自壊する。



……俺は、目立ちたくないんだ」

「目立ちたくない人間は!

一日にして国家の食文化を根底から破壊しません!」


騎士団の若手は、

「あの板の無い戦場には行けない」と泣いているらしい。




意味がわからない。


なぜ戦場で串焼きを焼く必要がある。

セラの耳が、林檎のように赤い。

怒り半分。



そしてその奥にあるのは――

「昨日の串焼き、魂が震えるほど美味しかった」


という、理性で抑えきれない敗北感。

「……セラ。

お前も一本食うか。

これは最新型だ。

熱の浸透率を三・一四倍。

つまり円周率パイの美しさで肉を焼く」



「食べません!

……いえ。

毒味として、構造的に問題がないか確認する義務があります。

一本だけですよ」


彼女は渋々と串を受け取る。


一口。


咀嚼。


刹那。


セラの瞳が見開かれた。



新聞が床に、ハラリと落ちる。

「……っ。

……構造的に、抗えません。

何ですか、この脂の融点が


計算され尽くしたような食感は……」


「だろ」


俺たちは窓の外を見る。


遠く、三本の追加された塔が夕日に照らされている。


あの塔の下では、

俺がばら撒いた「普通」の技術が、

誰かの腹を満たし。


同時に、誰かの古い権威を破壊している。


「レイン。

貴方は……本当に悪い人ではありませんね。

ただ、正しすぎるだけだ」

串焼きを頬張りながら、セラが呟く。

彼女の視線が、一瞬だけ俺の右手の傷跡をかすめた。


スラム時代。


崩れかけた壁を支えてついた、古い傷。

「……俺は、ただ直しているだけだ。

壊れるのが、怖いからな」


窓枠に触れる。


指先に伝わる、建物の微振動。

王都を流れる魔力の血流が、

俺の「補修」によって、

緩やかに、だが確実に、

一つの大きなうねりへと変わっていく。


「でも、これ以上はやらかさないでください。


私の心臓が、構造的に持ちません」


「善処する。……多分、無理だが」


「そこは『努力する』と言いなさい!」

夕暮れの部屋に、怒声が響く。

やがて、

重い石の扉が閉まった。

一人。


俺は机の上の図面を丸める。


夜の帳が降り始めた王都を見上げる。

新設した塔の壁面。


そこに刻まれた幾何学模様。



「……また、同じ形か」



その紋章は、

前世で俺が死の間際に解き明かした、究極の構造式。


魔法に頼らず、

世界を物理的に完結させるための

「終わりの数式」と同じ形。



扉の外。


去ったはずのセラの足音が、一瞬だけ止まる。


だが彼女は何も言わず、

静かに、闇の中へ消えていった。

それが――

この国を壊す革命の号砲になることを。

俺たちは、まだ知らない。

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