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構造的迎撃

第一章:スラムから王都へ ― 静かな波紋 ―

エルドリック公爵が「尻餅スライディング」を披露して去った翌日。



スラム第4地区には、場違いな殺気が漂っていた。



「……セラ。あそこの物陰。心拍数が構造的に高すぎる個体が三名」



レインは、時計塔の下で計算尺を動かしながら、無造作に指をさした。



「……わかっています。ローデリック侯爵配下の暗部、通称『沈黙の掃除屋』ですね」



セラは、愛剣の柄に手をかけ、眉間をこれ以上ないほどに寄せた。



彼女の耳は、怒りで早くも微かに赤らんでいる。



「公爵閣下が動かれたのを察知して、先に貴方を『排除』しに来たのでしょう。……全く、朝の五時から暗殺なんて、構造的に不健全極まりないわ」



「……同感だ。……だが、セラ。あんたが剣を抜く必要はない」


「え?」



レインは、足元の地面に埋め込まれた「小さなレバー」を、つま先でカチリと動かした。



「……俺は、目立ちたくないと言ったはずだ。……だから、この地区には『防犯上の最適化』を施してある」



その直後だった。


路地の影から、漆黒の装束に身を包んだ三人の男たちが、音もなく飛び出した。


「――死ね、構造の異端児め!」



リーダー格の男が、毒の塗られた短剣を振り下ろそうとした、その瞬間。



ドボォォォン!!



「……ぬわっ!? 泥!? なぜこんなところに底なし沼がぁぁ!」



男たちが踏み込んだのは、昨日セラと公爵が泥遊び……いや、路面舗装をした場所の「一歩手前」だった。



レインは、舗装した道路の末端に、あえて「ジオポリマーを混ぜていない超親水性の粘土層」を配置していた。


そこは、見た目はカチカチの地面だが、踏み込んだ瞬間に『流砂』と化す構造的な罠。



「……重力加速度と粘性抵抗の相乗効果だ。……もがけばもがくほど、構造的に沈むぞ」



「貴様ぁぁ! おのれ、こっちのルートから――」


二番目の男が、壁を蹴って空中からレインに迫る。



だが。

パチンッ!



空中で、男の体が不自然に静止した。



いや、違う。


洗濯物干し用のロープとして張られていた、極細の「強化繊維」が、男の服の隙間に完璧に絡みついたのだ。



「……あ、あのロープ、昨日私が干したシーツの……!」



「……そうだ。……気流計算に基づき、風でロープが微振動するように配置した。……侵入者が飛べば、カルマン渦の影響でロープが磁石のように吸い付く構造だ」



男は、空中で巨大な蜘蛛の巣に引っかかった虫のように、情けなくブラブラと揺れ始めた。

「……助けてくれ! 構造的に、股関節が限界だぁぁ!」



「……自業自得だ。……三人目は?」



最後の一人は、あまりの光景に戦意を喪失し、裏路地へと逃げ込もうとした。


だが、そこには。


「……あ。レイン。ゴミ、集めてきたよ!」



ミナ率いるスラムの子供たちが、巨大な「堆肥

(たいひ)の塊」を満載した手押し車を押して、角から現れた。



「……ミナ。……今だ。……放流しろ」



「了解! 『廃棄物による進路封鎖バリア』開始!」



ガラガラガラッ!!



「うぎゃぁぁぁ! 臭い! 構造的に耐えられない臭気だぁぁぁ!」



逃げようとした暗殺者は、子供たちが「発酵熱を構造的に高めた」特製堆肥の山に飲み込まれ、悶絶しながら白目を剥いた。



「………………」



セラは、抜こうとしていた剣を、ゆっくりと鞘に戻した。



「……レイン。……一応聞きますけど。……今の、全部計算通りですか?」



「……当然だ。……侵入者の心理的バイアスと、スラムの地形、そして子供たちの遊び時間を変数として組み込んだ。……誤差は〇・〇二%以内だ」




「…………」



セラは、もう突っ込む気力すら失ったようで、ふらふらと時計塔の壁に背を預けた。



「……私の騎士としてのプライド。……そして、暗殺者としての彼らの尊厳。……今、スラムの泥とゴミの中で、構造的に粉砕されましたね」



「……セラ。そんなことより、あんたの耳。……暗殺者が現れた時より、今の方が赤いぞ。……血圧が心配だ」



「――っ!! 貴方の『天然やらかし』を見せつけられたせいですよ! ……もういいわ! こんな暗殺者、衛兵に引き渡してきます!」



セラは、泥に沈んだ男の襟首を掴み、カーリングの石のように滑らかな路面へと放り出した。



シュゥゥゥゥ――ッ!!



「……あ、流れていった。……構造的に、衛兵所の前までノンストップだな」




「狙って投げたんですよ! 察しなさい!」



セラの怒号が響く中、スラムの子供たちは「わーい、今日も悪者を退治したぞ!」と、泥だらけの手でハイタッチを交わしていた。



その光景を、遠くの屋根の上から眺める人影があった。



エルドリック公爵の密偵だ。



彼は、手元の報告書に震える手でこう記した。



『――警告。対象レイン=アッシュの生活圏への無断侵入は、構造的に死を招く。……特に、精神的な死を。』



「……さて。……セラ。……明日の公爵邸への招待だが」



レインは、再び計算尺を動かし始めた。



「……最高級の肉、と言っていたな。……その牛の飼育環境から逆算して、最適な調理温度を予測しておく必要がある。……忙しくなるな」



「……まだ肉を焼くつもりですか、貴方

は!!」

二人の、そして王国の「構造」が、取り返しのつかない方向へと大きく傾き始めていた。

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