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第6話:伝導の越境

第一章:スラムから王都へ ― 静かな波紋 ―

スラムの壁を越え、その「匂い」が王都のメインストリートを制圧し始めていた。



「……理解不能だ。構造的に、なぜこれほどまで拡散速度が速い?」



レインは、王都の目抜き通りに陣取った「元スラム屋台・ジャックの王都出張店」の前に立っていた。



そこには、シルクの服を着た貴族の使い走りや、重厚な鎧を着た騎士たちが、串焼き一本のために一時間待ちの列を作っている。



「レイン。貴方が教えた『熱伝導理論』のせいです!



王都中の料理人が『スラムに肉を魔法のように柔らかくする秘術がある』と勘違いして、こぞって真似をし始めたんですから!」



セラが、額の汗を拭いながら叫んだ。



(半分は、列に並びたい衝動を抑えながら)

彼女の背後では、他の屋台店主たちが、必死にレインの「H型特殊串」を真似た紛い物を作ろうと四苦八苦している。



「……真似るのは自由だが、断面の曲率が甘い。



……あれでは、熱が逃げる。……非効率だ」

「効率の話ではありません! 見なさい、あの看板を!」



セラの指差す先。



そこには、


『秘技・スラム式分子加熱法!』



という、どこかの中二病患者が考えたような怪しい看板が掲げられていた。



「……分子加熱

俺はただ、タンパク質の変性温度を構造的に制御しただけだ。……名前が不自然すぎる」



「貴方の理論は、この世界の住人には『古代魔法の遺失術式』に聞こえるんですよ!



おかげで、王都の食肉流通の六割が、今やこの『スラム式』に塗り替えられようとしています!」



セラの耳が、またしても茹でたての海老のように赤くなる。



彼女は騎士団の同僚から「スラムの肉の秘密を、あの少年に聞いてきてくれ」と、切実すぎる嘆願(という名の賄賂の串焼き代)を渡されていたのだ。



「……セラ。欲しそうだな。



……構造的に、お前の唾液分泌量が通常の二・五倍に跳ね上がっている」



「――っ!! 数値化しないでください!



私はただ、この社会現象が王都の治安構造に与える影響を分析しているだけで……っ!」



「……わかった。一本、特別に『最適化』してやる。



……店主、その紛い物の串を貸せ」



レインは、通りがかった別の屋台の「失敗作の串」をひったくると、腰のポーチから取り出した小さな玄能で、カンカンと数箇所を叩いた。



「……よし。

これで、応力を一点に集中させ、熱を芯に導く『疑似ヒートパイプ構造』になった。……焼いてみろ」



店主が半信半疑で肉を焼く。



次の瞬間。



じゅううぅぅぅ、と。



それまでの屋台とは一線を画す「神々しい音」が響いた。



「う、うめぇぇぇ!?

魔法か!? 坊主、今、魔法をかけたのか!?」



「……ただの鍛金だ。

……構造を直せば、世界は応えてくれる」



その瞬間。



周囲にいた料理人たちが、一斉にレインの足元に跪いた。



「師匠! その叩き方を教えてください!」



「構造の極意を!」



「……離せ。俺は、静かに暮らしたいだけだ。

……目立つのは、非効率だ」



「無理です!

貴方の存在自体が、すでに王都の経済構造における最大の『不安定変数』なんですから!」



セラがレインの襟首を掴んで、群衆から引き剥がす。



二人は逃げるように路地裏へ駆け込んだ。

そのとき。



レインが先ほど叩いた「串」の欠片が、地面にポツリと落ちていた。



それは、かつて前世で彼が設計し、そして「事故」を引き起こしたとされる高強度部材の設計思想と、よく似た形状。



「……今の串の形、どこかで見たことがあるような……」



セラが、ふと足を止めて、その欠片を見つめる。



「……気のせいだ。

……それより、セラ。お前の耳の赤さが、構造的に限界値を突破しているぞ」



「――もう!

黙って串焼きを私の口に放り込みなさいよ、この天然!!」



セラの怒号が、王都の路地に響く。



その賑やかな喧騒の裏で。



王都の税収報告書を眺めていたエルドリック公爵が、一つの奇妙な事実に眉をひそめていた。



『……スラム発の食肉革命。



……そして、市場価格の不自然な安定。

……この現象の背後には、一つの「中心点ピボット」があるな』



波紋は、もはやスラムの壁では抑えきれない。



それは、王都全体を巻き込む巨大なうねりへと、静かに成長していた。

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