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この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第8話 達磨、絶頂に煮え立ちあぶく立つ。

 僕は絶句した。


 エドワードは基本的に単独で生息するクリーチャーのはずだ。

 なぜ群れをなしているのか。

 先生の背中が遠ざかる中、残った生徒は耐え切れなくなり悲鳴を上げた。


 未完成な銀剣を地面に落とし、自分が発してる叫び声に耳を塞いでいる。


「ナニユエナンダロウ……ナニユエ……」


 エドワードは習性の一つとして、獲物をみつけるとこのような独り言を話す。

 僕もじかに見るのは初めてだ。

 その複数の声が混ざったような気味の悪い声に足がすくんだ。


「先生! なんか来た、なんか来たよ!」


 さきほどのヘムズがアンダーソン先生の言いつけを破り、必死になって逃げだしている。

 だ足がもつれ、地面に膝と手をつくようにしてずっこけた。


「ヘムズくん!」


 顔見知りの生徒がヘムズを心配して手を差し伸べる。女子生徒だ。

 彼女は怯えつつも冷静な目をしている。

 だが怯えていようがいまいが時間の問題だろう。

 エドワードと対峙するのは初めてだが、クリーチャーは人間を嫌う特徴があり必ず殺そうとする。


 僕はとっさの判断で腰のポーチから煙幕を取り出した。

 手の平サイズの黒い球で入学式の際にも使ったものだ。

 それをエドワードたちの足元に投げ、「今だ、みんな逃げろ」と叫んだ。

 直後、灰色の煙が視界を埋め尽くし、僕もその場から避難した。


 〇


 常に背後や音に注意を向けながら、僕は木々をかきわけ狭い森の中を走った。

 上手くいったと安堵しかけた時、一体のエドワードの姿が後方の遠くに見えた。

 僕よりも早く木々をかきわけ迫っている。


 顔がひきつり筋肉が強張った。

 それでも逃げることしかできず、僕は息切れしながらも走った。


 森に入ってすぐ銀剣を落とした。

 落としていなかったとしても対抗手段なんてないようなものだが、持っているだけましだったろう。

 重みの増した足は限界をすぐに迎えた。

 それでも走るしかない。

 背後に、エドワードの迫る感触が肥大していく。

 想像が膨らみ、今にも背中からあの箸みたいな枝でぶっ刺されるんじゃないか、と恐怖のあまり涙が一粒だけ頬を伝った。


「誰か……誰か助けて……」


 情けない声を上げてすぐのことだった。

 そこで森を抜けた――。


「キリアム!?」


 森が途切れ開けた場所に出たと思ったら、目の前にレアーナの姿が見えた。

 僕は安堵した。


 新学期が始まり一週間して、突然教室に現れた生徒に抱く感情など、違和感以外ないだろう。

 貴族様のように育ちのいい連中が集まる所でもないんだ。

 皆、満足のいかない生活の捌け口としてサンドバックを求めている。

 一週間の無断欠席に、先日の貴族校への不法侵入と式の妨害という汚点を加えれば、彼らにとってはヘムズ以上の遊び道具だろう。

 僕に快く話しかける者はいない。

 僕は、この森に来てから心のどこかでずっと、唯一の友人であるレアーナを求めていたのかもしれない。


 周囲には騎士学校の貴族どもが(たむろ)していた。

 呑気に休憩でもしていたのか、地べたに座り込み水筒で水を飲んだり雑談したりしてる。


「エドワードが!」


 僕は呼吸を整えながら、レアーナに伝えた。


「え?」


 レアーナは事態がわからず首を傾げ、「どうしたの、なんでここにキリアムがいるの?」と少し笑顔になりながら戸惑っていた。

 その笑顔に少しだけ癒やされた。


「レアーナ逃げろ、すぐにエドワードがくる!」


 そして僕がそう叫んだ時には、もう遅かった。


 初めに、傍にいた騎士生の首が宙を舞った。

 頭の付け根から流れる血が放物線を描いている。


 ふと地面に落ちた首と目が合った――。


「あ、お前この間の、式に乱入してきた平民だろ? あれ……俺、どうなってるんだ」


 ぼと、と音がして首は地面に落ちた。小さく一回跳ね返る。

 ころころと転がり徐々に移動距離を狭め、同じところを小さく転がったあと安定を求めてゆらゆらと揺れる。

 揺れが収まり止まった。

 ふと今の今まで生きていたはずの人の首が、物のように見えた。

 まるで達磨(だるま)だ。

 絶頂を迎えたような半開きの白目。

 黒目は上を向き裏返りそうになっており、口元から血があぶくのように流れている。


 絶命だ。


 エドワードの姿に絶叫する貴族たち。

 数人が恐怖を押し殺し、即座にリトルバースを発動し動きを止めた。

 波動に押さえつけられながら、エドワードは右手の木の枝に唾液を垂らす。

 その唾液は空気に触れると硬化し、強度は鋼を越えるという。

 つまり、今エドワードの持っている木の枝は、雑多な刃物より硬いということだ。

 唾液のノリ具合で鋭利なものにもなる。


「下がって!」


 レアーナに促され、僕はレアーナの背に隠れた。

 だが剣を握るレアーナの手は震えている。

 危機感を覚えた僕は周囲へ目を向けた。

 一瞬、心臓の止まるような感覚がした。

 右隣に、つい先日僕の左腕を切り落とした、トーマス・ファイブリースの姿があったからだ。


 僕はトーマスが自分に気づく前に目を背けた。


「キリアム……その腕、どうしたの」


 レアーナが背中越しに訊ねた。

 金色の髪が風になびくと、ふわりと甘い匂いが香った。


「……なんでもない。それより、今はエドワードだ」


 僕は落ち着いて言った。冷静さは伝わっているはずだ。


 レアーナは「なんでもっ……そうね」と納得していない声色で、淡泊に答えた。


「バースで動きは押さえているし、あいつは動けないわ。大丈夫」


 まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。

 レアーナは目の前のことでいっぱいいっぱいだった。

 僕の無い左腕のことなど、今はどうでもいい。


 リトルバースの使えない僕には「大丈夫」というその信用の質がわからない。

 質量のないようなもので物質を押さえつけるなんて、そんな感覚は僕にはない。


「それより、どうしてこんなところに……他のみんなはどうしたの? 一緒だったんでしょ?」

「わからない。みんな散り散りになったんだ。先生はエドワードに襲われているみんなを助けにいった」


 レアーナが僕に気を向けている間、何人かの騎士生は銀剣でエドワードを斬りつけていた。

 だがその表皮は刃を通さず、容易く弾かれていた。


「みなさん、よく見ていてください」


 そこにワルドナー先生が現れた。

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