第6話 カリスマを支える澱
「あいつだろ、例の不法侵入した奴って」
「よく生きてられるよな」
「なんでも知り合いに貴族の令嬢がいるらしいぞ」
「ああ、そういうことか」
参勤交代のような列がしばらく先の方まで続いていた。
僕は遠征の列に混ざり、舗装されていない砂利道を歩いていた。
周囲には広大な大地と山脈という絶景が広がっていて、冷たいくらいの風が流れていた。
ときおり風に混ざって、後ろからこそこそとそんな声が聞こえる。
ウォールハーデンは学園都市とも呼ばれることがある。
そういった施設が領地内に点在しているからだ。
かといって優秀とされるのは騎士学校だけであり、他は有象無象であり、平民の僕でも惰性で入学できるような質の悪いものばかりだ。
僕は結局、平民校へ入学した。
この列は合同演習会へ向かう学生の群れだ。
列の最前部では騎士学校の貴族どもが偉そうに先導していることだろう。
その後ろには「羽織士育成学校」の連中が誇らしげに歩いている。
最後尾は僕が所属する、この「銀色の定規学校」だ。
ウォールハーデン羽織士育成学校とは、銀騎士が戦闘の際に身に着ける、白い羽織を作る技術を学ぶための学校だ。
名前からしてアホな感じがする我が銀色の定規学校は、「工房校」と略して呼ばれる。
銀騎士が愛用する銀剣鍛錬技術を学ぶ学校であり、銀騎士で成り上がったこの国の核とも呼べる存在でありながら、見下された日陰の存在だ。
「定規」というのは、昔銀剣をそう呼んだからだそうだ。
そんな核を担う僕たちの前に、なぜ羽織学校の連中が歩いているのか。
工房校のみんなは終始不服そうな顔をしていた。
だが僕らが最後尾なのには理由がある。
羽織士が作る羽織は長持ちする。
銀騎士は無傷で戦闘を終わらせることが常だからだ。
だから高価な鉱物や糸を使い、丁寧に時間をかけ縫い合わせていく。
へたをすれば、貴族が舞踏会で身に着けるドレスよりも高価だったなんてこともあり得るのだとか。
それに比べて銀剣は質より量を取る。
それは銀剣の消耗が羽織よりも圧倒的に激しいことにある。
とは言っても、たとえば塩や砂糖の消費量と比べれば天地の差だ。
銀は傷がつきやすい。つまり刃こぼれしやすい。
技術で加工はするが限度はある。
いくら質を追及しようが戦闘の後には交換するのが基本だ。
そういった背景から、誰が決めたわけでも宣言したわけでもないのだが、僕たち工房学校生は羽織士よりも立場が弱いのだ。
ちなみに銀剣を打つ者を「銀描士/ぎんかくじ」と呼ぶらしいが、誰も名乗ろうとはしない。
劣等生でありながら銀騎士と同じ「銀」を名乗ることに気が引けるのだろう。
羽織校の連中も僕たちをそうは呼ばない。
敬いが込められた呼び名だからだろう。
「なあ。お前、この間騎士学校の入学式に忍び込んだ、ハイドゥインって奴だろ」
羽織校の最後尾の奴が話しかけてきた。
口元がにたついている取り巻きが数人いた。
なぜ僕が一番前なのか。面倒くさい……。
僕より背の低い生徒は他にもいるだろうに。
「……はい。そうですけど」
僕が答えると男は鼻で笑った。
工房校の連中にも僕をよく思っていない奴は多く、後ろから「からまれてやがる」とせせら笑う声が聞こえる。
男は僕をじろじろと物色し「その腕はどうした、なんで無い?」と訊ねた。
「……斬られたんだ」
僕がそう答えると男は驚いていた。
「罰を受けたってことか? でも貴族にコネがあるとかって聞いたぞ」
男はなれなれしかった。
上っ面で話し、友人であるかのように距離を詰めてくる。
「コネなんてあったら僕はここにいませんよ。今頃先頭の貴族たちと雑談でもしているんじゃないですかねえ。デタラメな話です、どこで聞いたんですか」
男は「確かに」と苦笑いをし、飽きたように前へ向いた。
〇
広大な大森林の前に到着した。ここが目的地らしい。
まるで僕たちを迎えているかのような屋敷が、森の外延部に沿って随分先まで続いている。
特に立派なものは騎士学生のものだ。
次に羽織育成学生のもの。
最後は工房校だ。
一番古びているものを使わされた。
外観は屋敷だったが、中に入ると僕に与えられた部屋は三畳ほどの狭いものだった。
各自は荷物を部屋に置くと必要なものだけを持って、大森林の前に集まった。
騎士学校の知らない教員が、鋭い目つきでこれから行われる強化練習会の説明をした。
「私はチャールズ・ワルドナー。ワルドナー先生とでも呼んでください」
決まって「先生」と呼ばれる輩に碌な奴はいない。
「この大森林は、ウォールハーデン近郊の公園とは違います」
公園とは僕がよく薬草の採取に出かける森のことだ。
自宅の裏に鬱蒼した森が続いているが、防壁の外にもさらに大きな森がある。
「言ってみればクリーチャーの巣窟です。毎年これだけの人数でわざわざ出向き、各校の新入生で練習会を行うのが、ウォールハーデンにおける三大校の習わしです」
三大校などと言っているが、言うまでもなく騎士学校と僕らの間には修正不可能な溝がある。
「はっきり言いましょう。毎年死者か行方不明者が出ます」
ワルドナー先生の言葉に、周囲の空気が変わる気配を感じた。




