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この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第26話 二つの事件と二人の訪問

 広告は無理そうだという悲報と、また金が手に入ったという朗報を土産に旧市街へと戻って来ると、家の前に見知らぬ二人組の姿があった。


 一人は大柄で、白髪を後ろでまとめている中年男性だ。

 その隣には小柄な若年の女性がいる。

 男性の方にどこか見覚えがあるような気がして、僕は家に向かって歩を進めながらその顔を凝視した。

 見当がついた瞬間、サーカスの日のことを思い出していた。

 それはあのメンソールの、軟膏のにおいを漂わせていた銀縁丸眼鏡の男だった。

 いまは眼鏡はしていないようだ。

 その鋭い爬虫類のような黄色い瞳でわかった。


「お兄ちゃん、おかえりなさい」


 玄関から顔を出し、ミーナがこちらに手を振っていた。


「ミーナ、ただいま。そちらは?」


 僕はミーナに詳細を求めた。


「君がキリアム・ハイドゥインか」

「……はい、そうですが」


 家の前まで来ると、白髪の男が話しかけてきた。

 向かい合ってみると、なんだろうか、少し寒気がするようなおかしな感覚に襲われた。


「俺の名はヴィンセント、こっちは助手のマヌスだ」

「はじめまして、助手をやっていますマヌスと言います」

「はぁ……」


 僕は曖昧な返事をして、お辞儀をした。

 ヴィンセント――僕はその名をどこかで聞いたことがあると思い、記憶の片隅を探った。


「……ヴィンセントって、まさか、あの吸血鬼狩りのヴィンセントですか?」

「なんだ、俺のことを知っているのか、珍しいな。ウォールハーデンの者はどれも平和ボケしているものとばかり思っていた。流石は平民だ。ああ、失礼、悪気はない、俺もかつて平民だったものでな」

「そう、なんですか」


 初対面でよく喋る人だ。


「妹さんに話を聞いていたところだが、君にも聞きたいことがある。向かいに住んでいるディーグル夫妻のことは知っているな」

「はい。あの人たちがどうかしたんですか?」

「一週間ほど前から行方がわからなくなっている」

「え、行方が?」

「妹さんと同じ反応をするんだな、知らなかったのか」


 僕はゆっくりと頷き「はい」と答えた。

 表情に疑問を残す感じで。


「五日おきに薬の補充をしに来られるんですが、ここ最近は姿を見ていません。どうされたんだろうとは思っていたのですが、まさか行方不明だったとは……」

「薬というのは何のことだ、彼らは持病かなにかもっていたのか?」

「回復薬のことです」

「なるほど。その回復薬だが、少し見せてもらってもいいか」

「構いませんよ」


 僕はヴィンセントさんとマヌスさんを居間に招き入れた。

 テーブルをはさみ回復薬を渡すと、蓋を開け、ヴィンセントさんは液体のにおいを嗅ぎ、指ですくい一舐めした。


「これは、ハーフリヴか」

「はい」

「ん、ああ、悪い悪い、味見した分の代金はちゃんと払う」

「構いませんよ」

「そうか、悪いな」

「いえ」

「ヴィンセントさん、ハーフリヴってなんですか?」


 助手のマヌスさんが訊ねながら、液体の入った小瓶を横から覗き込んでいた。


「知らないか、森に自生している木の葉っぱのことだ」

「珍しいものなんですか?」

「珍しくはない、どこにでも生えているさ。ただ見分け方の知らない者には見つけることができない、なんせ他の木や葉っぱと同じ形とにおいをしているからなあ」

「でもヴィンセントさん、今においと味を確かめてましたよねえ」

「俺の五感は特別だ」


 そういったヴィンセントさんの眼が光ったように見えた。


「よく作り方を知っているなあ」

「おばあちゃんに教えてもらったんです」

「なるほど、博識な方だったのだろうな」

「いえ、おばあちゃんが教えてくれたのはこれだけです。薬草学のほとんどは本を読んで知りました」

「だがハーフリヴの知識は、一般に出回っているような雑多な本には載っていないはずだ。これは古代の療法に基ずくものであり、廃れた調合術の類とは訳が違う」

「お詳しいんですね」

「まあな、俺の専門分野に近い。と、本題に入るが、ディーグル夫妻はなぜこの薬を?」

「旦那さんが使われていたそうです、薪割りの際に手が裂けるんだとか。補充には夫人が来られていました」


 僕は色々とディーグルさんとの会話や出来事、知っていることを説明した。

 余計なことは言わず、表面的な事実だけを告げた。

 だが僕が話し終わるまでの間、ヴィンセントさんの横目はミーナの方を向いていて、その俯く横顔がどうも気になるようだった。

 説明を終えると、ヴィンセントさんは神妙な声色で「大丈夫か」とミーナに声をかけた。


「実は、ディーグル夫人には迷惑していたんです」


 僕はミーナに話させまいと説明する流れを作ることにした。

 できればこれは黙っていたかったが、どうも黙っていられる感じではないと思った。


「迷惑?」

「あの人……回復薬の代金を、払わないんです、いつも」

「なるほど、彼女はつい先月まで貴族だったからなあ」

「ちょっと、ヴィンセントさん、そういったことは口外厳禁ですよ」とマヌスさん。

「構わないさ、漏れたところで彼らは行方不明だ。つまり、平民を下に見ていたのだろうな」

「そう思ってました。いつも、払われる気配がありませんでしたから」

「いなくなって良かったじゃないか、だろ?」

「いえ、そんな! そこまでは思いません……でも、せめて補充した分の代金は払っていただきたかったです」

「気の毒な話だ、死体でも上がって現金が出てきた際は、君たちに支払われるように努力しよう」

「いえ、もういいです。僕らはもう、諦めてますから」


 沈黙が流れた。

 ヴィンセントさんは「邪魔をしたな」と立ち上がると、マヌスさんを連れて玄関まで歩いた。

 やっと終わりかと安堵しかけた時、「ところで……」とヴィンセントさんが振り返る。


「サーカスでの騒動について、なにか知っていることはないか」

「え」

「サーカスだ、知らないか?」

「すいませんが、質問の意味がよくわかりません。サーカスとは、先日、城下町で行われていたあのサーカスのことですよねえ」

「そうだ、貴族御用達のサーカスショー。毎年多数の貴族で溢れ返る。では、アーキンスという名に聞き覚えはないか」

「いえ……多分、ないと思います。どなたかのお名前ですか」

「よくわかったな、人の名前だと」

「珍しい名前ですよね、いつか本で見たことがあります」

「なるほど、本か。君も博識のようだ」

「いえ、それほどでは」

「アーキンスはサーカス団の団長の名だ」


 ヴィンセントさんの言葉がどこか沈んだもののように聞こえた。


「そうなんですか。その、あまり言いたくない話なんですか、実は僕らもショーを見に行ったんです、最終日に」

「そうだったのか……。どうだった、ショーは楽しかったか」

「はい、とても幻想的でした。またいつか、もう一度二人で見に行ければなんて思ってるんですけどね」

「サーカスはもう二度と見られないだろう」


 冷淡な口調だった。

 あまりに流れるように言うもので、僕は一瞬聞き逃しそうになった。


「え……見られない?」

「……ああ。おそらく、ショーは今年で最後だ。来年はない」

「そう、なんですか……。そういえば、なにか騒動があったという話でしたよね。何があったんですか」


 僕がそう訊ねると、ヴィンセントさんは少し間をおいて黙った。


「……団長が妖精をなくしたそうだ」

「妖精をなくした? え、それってどういう……」

「話が聞けて良かった。時間を取って済まなかったな、これで失礼する」


 ヴィンセントさんはそう言って背中を向けた。

 まるで話したくないかのように、マヌスさんと共に逃げるように帰っていった。


「妖精をなくしたって、どういう意味でしょうか」


 扉から顔だけを出し、ヴィンセントさんたちの背中を見送るミーナ。

 不思議そうに首を傾げている。


「さあ、どういう意味だろう」

「お兄ちゃん、ディーグルさんのことは知っていましたか、ミーナは気づきませんでした」

「僕もだ、全然知らなかったよ。でも、良かったじゃないか、これで搾取されずに済む。それよりいい知らせがあるんだ」


 玄関の扉を閉め居間についたあと、僕はリブレさんから受け取ったお金を見せ、広告のことをミーナに話した。

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