第25話 キリアム、肉を売る。
サーカスを見に行ってからのミーナは機嫌が良く、瓶詰をしながら鼻歌を歌っていることもあった。
ウォールハーデンは今日も晴れだ。
大雨で川が氾濫することもないし、東の海の傍にある、貴族の別荘が押し流されたなんて話も聞かない。
旧市街をそよ風が通り抜けると歌が聞こえ、小窓の外では小さな木の影が揺れている。
のどかとは、こういうことを言うのだろう。
だがミーナの機嫌の良さには別の理由がある。
それはディーグルさんだ。
前回、回復薬を搾取しに来てから五日が経ったが、彼女は現れなかった。
通常、訪ねてくる時間帯は午前中だ。
昼前には来て帰っていく。
ミーナはそろそろ来るだろうと思われる時間帯までそわそわしていた。
だから僕は部屋に行っているように促した。
自室にこもっているようにと。
ディーグルさんは昼を過ぎても来なかった。
夕方になっても日が暮れても来なかった。
次の日になっても顔を出さなかった。
さらに五日が経過し、だが現れなかった。
それが昨日のことだ。
だからミーナは機嫌がいい。
「お兄ちゃん、今日もいい天気ですね」
「そうだな、いい天気だ」
「回復薬、売れるといいですね」
「……売れるさ。質はどこのものよりもいいんだから」
「広告を作りますか? 今、そういったものを配るのが流行っているそうですよ」
「流行ってるって、どこで?」
「城下街です」
「ああ、城下街か。あそこは特に貴族の目が厳しいからなあ。やるなら多分許可がいるぞ」
「いえ、旧市街でするんです」
「でも旧市街なら、今さら知らない人もいないんじゃないか? そういうことって、やっぱり人の集まる城下町でやった方がいいんじゃいかと思うけど」
「ですが……」
ミーナは上手くいかないこといつも俯く。
俯いて悲しそうな顔を隠す。
「わかったよ、あとで城下街へ行くから、そのとき見てくる」
「そうなのですか? 買い出しですか?」
「まあ、そんなところだ。いいものが手に入ったから売りつけに行くんだ。買い物もしてくるから、何か買っとくものがあったら聞くけど」
「いいものってなんですか? 気になります……」
「秘密だ」
僕がそういうと、ミーナはふくれっ面をして笑った。
そんな瞬間がおかしくて、僕らは二人で少しばかり笑っていた。
〇
人通りの多い城下町の中央広場、その南に「塩のちから」という店がある。
サーカスで出店を出していた、あの店主が経営しているステーキ店だ。
「なんだ坊主、また来たのか」
「キリアムです、坊主じゃなくて」
店の裏口をノックすると、彼は顔を出した。
店主の名はリブレさんという。
平民でありながら貴族御用達のこの店を経営する、凄腕料理人だ。
「で、今度はなんの肉だ。なんか知らんが、坊主の肉は結構好評でなあ。この間の分なんかもう全部出ちまったんだ。今回は前回の5割増しで買い取ってやる、どうだ?」
「はい、それで構いません」
「なんだ、本当にそれでいいのか? ここはお前、もっと値をつり上げるところだぞ」
「いえ、それでいいんですよ。もう当分、持ってこれそうにないので」
「そうなのか? ところでこれ、何の肉なんだ、どこの牛なのかまだ詳しく聞いてなかったよなあ」
「それは企業秘密でして」
僕は笑って誤魔化した。
「へっ、企業秘密ねえ、だが毎日卸してくれるなら、それも可能だろうなあ。そんで思い出したんだが、お前さん、以前にもこうやってうちの店に来たことがあっただろう」
サーカスの出店で貴族の仮装をしていたのがバレたのだろうか。
僕は汗をかいた。
「……サーカスで一度」
だがもう言うしかないと、言葉を濁し僕は言った。
「サーカス、なんだそりゃ? じゃなくてよお、お前さん、旧市街で薬屋やってる婆さんの家のもんだろ? 確か前にもこうやって肉を買ったことがあんだよ」
「あの、おばあちゃんはもう……」
なぜ店主が僕のことを知っているのかは知らないが、おばちゃんはもう随分前に死んだ。
僕はことの経緯を話した。
「なるほどなあ、今は妹と二人暮らしか、大変だなあ」
「そうでもありません。あの、肉を買ったというのは、妹からでしょうか?」
「違げえよ、お前さんから買ったんだ。妹さんには会ったこともねえ」
「え、僕ですか?」
「そうだが、覚えてねえか? ほら、確かあん時は爺さんが亡くなったとかで、お前さん、安っぽい喪服を着てただろ。縁起が悪いから早く帰ってくれって言って、ただ肉は買い取ったはずだ。肉の良良し悪しは見りゃわかるからなあ、そんでその肉がまた好評だったんだ、だから覚えてんだよ。今回のもあの時と同じ肉なんだろ?」
「いやあ……」
「なんだ、違うのか? というか、そろそろ出所の方を知りたいもんだ、是非うちと独占契約でも結んで」
「すいません、これが最後なんです」
僕はリブレさんの言葉に被せ、そう言い切った。
「……そうか。そりゃ、残念だなあ」
リブレさんは「なら仕方ねえな、かなり好評なんだがなあ」と表面上は淡々とした様子で、僕から包みを受け取った。
少し待っていろと言われその場で待っていると、しばらくして代金を持ってリブレさんは店の中から現れた。
「とりあえずいつもの倍払っとくから、今度また入荷したときは俺に売ってくれ」
「え……」
「なんだ、先客がいんのか」
「い、いえ」
「次は元値の三倍出す。あの肉食べたさにやって来る貴族も見かけるようになって来たんだ、まあ、ねえなら仕方ねえが」
「……わかりました。手に入った、真っ先にリブレさんに売りにきます」
「そりゃありがてえ。そうだ、次来るときは妹も連れて来いよ、ステーキをご馳走してやるから」
「え、いいんですか」
「はっはっ、もちろんだ。新鮮な肉のお返しだ」
リブレさんは「じゃあな」と店に中へと入って行った。
カウター越しに貴族の相手をしている姿が見える。
気前のいい人だ、肉を奢ってくれるなんて。
だが一つ気がかりがある。
以前にも僕がここ来たことがあると言っていたが、そんなこと、あったろうか。
いつだ、それに同じように肉も売ったと言っていた、喪服を着て。
やけに心がもやもやする。
帰りに、ミーナに頼まれた、城下町での広告のことを役所で確認した。
だがその広告料というやつは、許容できるようなものじゃなかった。
ざっと、僕らの二カ月分の稼ぎが飛んでいきそうなほどの値段だった。




