第24話 有隣目の助手と解剖②
ヴィンセントは神妙な表情をした。
「ファイブリース家当主、その子息であるトーマス・ファイブリースは、今回の合同演習で親友を二人亡くした。一人はフィリップ・ヘルマン。もう一人がそいつだ」
ヴィンセントはクラインの遺体に目を向けた。
「なるほど。これ、ファイブリースと癒着のある生徒だったんですか」
「両方とも、ヘルマン家とシュバルツェ家の子息、つまり次期当主であり跡取りだった者だ」
「うわー、そうだったんですか、残念な話ですね」
「かといって廃れる貴族ではない、代えはいくらでもいるだろうからな」
「それはまた、残念です……」
「お前は本当に貴族が嫌いなんだな」
「はい!」
マヌスは満面の笑みで言った。
ヴィンセントは間を作り流した。
「この二つの家系はもともとファイブリース家の執事だった。そのためか親交が深く癒着が酷い」
「はい、知ってます。というか知らない人はいませんよ」
「かつてファイブリースは、その権力で気に入った執事を貴族に格上げし、周囲を固めていった。かこっているのはヘルマン家やシュバルツェ家だけではない」
「大事な部下の子供が亡くなった、それも平民に殺されたかもしれないとなっては、確かにただ事ではありませんね。ですが、何故ファイブリースは、その平民を捕まえないのでしょうか。権力者ならば容易なはずですよねえ」
「俺に言わせれば、あれは錯乱した貴族の妄言だ。これは妄言から始まった茶番に過ぎない。だがファイブリース家はそうは思っていないということだ」
「ええと、どういうことですか?」
「一カ月程前、トーマス・ファイブリースと容疑者――キリアム・ハイドゥインは、旧市街地区で揉め事を起こした。これはトーマス本人から聞いた話であり神妙性は薄いが、トーマスはその平民を脅したそうだ」
「脅した? いったい何故?」
ヴィンセントはその理由の一つとして、キリアムが起こした騎士学校入学式での騒動について説明した。
「なんかそんな話がありましたねえ、あれは彼だったんですか。確か彼は魔力がないんじゃなかったでしたっけ? もう今じゃその話もしませんけど、当時はちょっとした話題になりました。魔力がない人間なんているのかって」
「まさにそれが問題な訳だ」
マヌスは言葉の意味がわからず首を傾げた。
「トーマスは、ハイドゥインは腕を斬った腹いせにクラインを殺害したと、そう言っている」
「腕を斬った……え、腕を斬ったんですか!? なんで腕を!? そんな馬鹿な話が――」
「あるんだ、貴族にはな。脅すだけのはずが気が高ぶり、はずみで、気づくと切り落としていたらしい。だからキリアム・ハイドゥインには今も左腕がない」
「うわー、げろ吐きそうな話ですね。これだから貴族は……。それなら殺すのも納得できます、私でも殺してますもん」
「だが事はそう単純ではないはずだ。いや、もっと単純だと言える」
「……単純?」
「では聞くが、魔力すら持たないただの平民が、銀騎士生に勝てると思うか?」
「あ……」
マヌスは気づき、絶句した。
「クライン・シュバルツェは幼少の頃より、跡取りとして育てられている。ファイブリース家に恥じないようにだ。騎士生としてはまだ一回生でありながらも、リトルバースの腕前は既に教師に勝るとも劣らない程度に使えたらしい」
「なるほど、そんな相手の至近距離に立っておいて、不意打ちなんてあり得ませんねえ。いえ、問題はそんな複雑な話ではありません。クラインの遺体はこのように溶けてしまっています。頭蓋骨は液状化していてドロドロ、脳も激しく損傷している。こんな芸当、魔力のない平民にできるはずがありません」
「その通りだ。念のため、留守中にハイドゥインの家を調べた。少年は妹と二人で薬屋を営んでいる。わかったことと言えば、妹想いのいい兄だってことくらいだ。この生徒の顔を悲惨な状態にできるようなものはなかった」
「これだから貴族は嫌なんです、特に上級貴族は。なんでも自分たちの都合のいいようにできると思ってる。大方そのトーマス・ファイブリースが殺したいってだけじゃないですか? 腕を斬っちゃうくらいですから、なにか恨みがあるんですよ。いや、違うか、暇つぶしだ。一度目に上手くいかなかったから固執してるんですよ」
「俺もそう思っていた。ハイドゥインは今頃、妹と二人でサーカスを見ているだろう」
「サーカス?……ああ、そういえば来てるんでしたね」
「君は行かないのか」
「行きませんよ、あんなもの。一人で行っても楽しくないですから。あれは誰か大切な人といくものです」
マヌスが独り身であることを知ると、ヴィンセントは話をやめた。




