第22話 身震いする程のノスタルジア
「妖精、綺麗でしたね」
会場を出ると、ミーナはそう言って微笑んだ。
「……そうだな」
「また見に来られたらいいですね……」
ミーナはそう言った直後に口をつぐんだ。
下を向いて顔を背けている。
「ごめんなさい、そんな贅沢なこと、言うべきではありませんね」
この金がなくなれば、また普段の生活に戻る。
地道に、売れない回復薬を売り続ける日々だ。
向かいには落ちた貴婦人こと、ディーグル夫人がいる。
五日おきに、僕らから僅かな幸せを搾取しにやって来る。
「そんなことないさ、またいつか来よう。工房校でも一流の銀剣を作れるようになれば、それなりの報酬を貰えるようになる。名高い銀騎士の目に止まればもっとだ。これっきりじゃないよ」
僕は必死になって否定していた。
ミーナは僕の顔を見上げ、弱々しい笑みを浮かべ、サーカスのテントを見上げた。
入り口から光りが漏れている。
良く見ると、テントの上部に装飾が施され絵が描かれており、虫の羽の生えた人間の絵があった。
ピエロのシンボールマークの上だ。
「あれは、妖精の絵だったのですね」
「気づかなかったな」
「ミーナは気づいていました。なんの絵だろうかと、不思議に思っていたのです。少し懐かしいような気もしました。昔、お兄ちゃんに読んでもらった絵本で見たような気がして……」
息が詰まった。
「ほら、いつか図書館で読んでくださいましたよね」
「……そんなことも、あったな」
余計な勘違いだった。
ミーナにも、過去の幸せはあったんだ。
僕は、僕が不甲斐ないばかりに、苦労しかさせていないとそう思っていた。
「妖精の粉には幻惑の魔法が宿る……物語の中では悪戯好きな妖精さんが描かれていましたが、幸せを見せる幻というのも、あるのかもしれませんね」
事実そうなのだろう。
あれは間違いなく妖精だ。
幻惑の魔法は本当で、あの中にその鱗粉を扱える妖精がいたのかもしれない。
もしくは、わからないが妖精とは別の、そういった類の魔法か何かか。
「ミーナ、出店を見ていかないか」
サーカスは夜に数回行われ、会場の傍はいまだ人で溢れていた。
「ほら、あっちに……」
僕はミーナにどれを食べるかという提案をするため、周囲に見える出店へ視線を向けただった。
不意に、林檎飴が目が止まった。
「お兄ちゃんは、林檎飴がお好きなのですか?」
「え……ああ、うん、そうなんだ。ミーナは? 嫌なら別のものでも――」
「じゃあミーナも林檎飴にします」
お金を渡し、林檎飴を二つ買った。
店の前に店側が用意した長椅子が置かれていたので、僕らはそこで一休みする。
「お兄ちゃん、お口が真っ赤ですよ。うわ、舌まで」
「え……」
「ミーナも真っ赤になってますか」
ミーナはそう言って舌を少しだけ出した。
林檎飴をしばらく舐めたミーナの舌は、真っ赤に染まっていた。
「……真っ赤、だ」
「お兄ちゃん?」
「……ん?」
「なんだか今日のお兄ちゃんはずっと、ぼーっとしていますね」
「そ、そうか? 普段こない場所にいるからだよ、この雰囲気のせいだ。あ、ミーナ、唇も赤いぞ」
「え、唇も?」
「うん、なんか大人の女性になったみたいだ」
ミーナはそう言われたことが嬉しかったのか、「ほんとですか?」と恥ずかしそうに笑っていた。
行き交う貴族の足音。
砂利を掻き分け、足跡を作った傍から、次の足音に足跡を消されていく。
店先から聞こえる店主の声。
散らばった星屑の照明。
ミーナの笑顔、笑い声、話し声。
僕はまた、プールの中にいた。
連想するのは前世の、校庭にあるプールだ。
それら音や眩しい色は遠ざかり、感覚が朦朧としてくる。
ふと、手元の林檎飴を眺めていた。
僕は数秒じっとみたあと、それを逆手に持ち替えた。
木の枝に吊るされた赤い林檎飴を、僕はまたじっと見つめていた。
「お兄ちゃん?」
「……ん」
ミーナの声に、僕はプールを抜け出した。
「お兄ちゃん、もう帰りませんか」
優し気な笑みを浮かべ、ミーナはそっと僕に言った。




