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この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第20話 恐怖と疑心暗鬼のファンタジー

 僕は記憶を探り、もう一度、よく彼の顔を思い浮かべてみた。


「……あ」


 微かだが、鼻孔のまわりに白いあとが残っていたかもしれない。

 そんな画像が頭に浮かんだ。

 気のせいかもしれないが、いや、確かに見えた。

 そもそもあんなニオイを普段から漂わせている一般人はいない。

 この国にそんな風習はない。

 もしくは外国の人か。


 拭き忘れだとするならば、それはどういうことなのか。

 僕は記憶の片隅にある情報を整理しつつ、探ってみた。


「検視……」


 腐敗した遺体を検視する際、臭いを紛らわすためにそういったものを塗ることがある。


 いつか城下町へ採取に使う(びん)を買いに出かけた際、殺人現場に出くわしたことがあった。

 そこには既に衛兵の姿があり、鑑識の姿もあり現場検証が行われている様だった。

 別に興味もなかったし見たくもなかったから、僕は知らぬふりをしてその場を後にしようとしたのだが、そこで、レンガ造りの家の壁面にもたれ掛かりながら、一服している男性の姿が目に入ったのだった。

 まさに、彼が鼻孔のまわりを白くしていた。

 それがそういった類の軟膏だということは、あとで調べてみてわかった。

 彼は白い鼻孔からタバコの煙をしばらく吐きだしていた。


「お兄ちゃん?」

「……ん?」

「どうかされましたか」

「いや、なんでもない……」


 会場を見渡してみた。

 騒動が起きたような気配もなければ、衛兵の姿も、気配もない。


 僕は一度、席に深く座った。

 そして深呼吸した。

 それがミーナには溜め息のように見えたのか、「大丈夫ですか?」とまた心配された。


「いや、なかなか始まらないなあと思って」

「そうですね、そのうち始まりますよ」


 正直なところ、僕は自分が今、何を考えているのかわからなかった。

 一体なにを不安がっているのか。

 だが考えることをやめえようとした瞬間、あの銀縁の丸眼鏡から覗く、鋭い眼光が脳裏を過った。

 あの会釈の時、自分がそれほど彼の表情を深く見ていたかどうかなんて、意識していた訳ではないし今となってはわからない。

 だが何かが引っ掛かり、僕は意外と注意深く見ていたのかもしれない。

 そして違和感を抱いた。

 だが一体なにに対してそう思ったのかがわからない。


 とっさに「検視」なんて言葉が出てきたが、であるとすれば、彼はただの客ではないということになる。

 いや、一仕事終えたあとなら、客であると言えるか。

 微かに鼻孔を刺激する、たるいメンソール――軟膏の残り香……。


 だがすべて、仮説と妄想の類でしかない。


「お兄ちゃん、始まりますよ!」


 不意にミーナの急かすような声が聞こえた。

 僕ははっとして顔を上げる。


 知らぬ間に満席状態になっていた会場では、誰もが席を立ちあがり、ステージに現れた黒いステッキを持つ、タキシードとハットの男に拍手喝采を送っていた。


 歓声に包まれた瞬間には、僕のそれまでの悩みなど過去のものとなり、気がかりも消えてなくなっていた。


 〇


 ステージでは炎が蛇の形をして、にょろにょろと宙を縫っていた。

 かと思うと水の(めす)ライオンが現れ、蛇にかぶりとかみつき、炎は飛散すると残り火がたてがみとなり、ライオンは(おす)になる。

 会場内に雄叫(おたけ)びが(とどろ)くと、客席の貴族は興奮して目を見開いていた。


 炎のたてがみと水のライオンは融合しながらうねり、すると小さな爆発が水蒸気を生み、ステージは見えなくなった。

 貴族たちは前のめりになり目を凝らすと、煙と静けさに動揺し、そわそわし始めた。


 煙の中に、ぽつぽつと光のつぶが現れた。

 それは一つずつ色が違い、赤、青、黄、緑、紫で煙を彩る。

 突如、煙は左右へ散った。


 ステージが晴れると、その姿に貴族たちは戸惑った。


「パパ、あの小さい人たちはなに?」


 斜め下の席で、女の子が父親に訊ねている。


「なんだろう、妖精かなあ」


 それはまさしく、妖精であった。

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