第2話 僕と君は、月とスッポン
「小賢しい奴め。衛兵、衛兵――」
男は応援を集い始めた。
衛兵や警備員の大半は元騎士生だという話だ。
それらの職は、銀騎士になれなかった者の受け皿なのだと、いつか本で読んだことがある。
銀剣を携えた衛兵の姿が四方に見えた。
どうにかして逃げないとマズいが……。
くらだらぬ問答などせず、さっさと逃げるべきだった。
そこで僕はポーチから特製の煙幕を取り出し、「取り囲め」と衛兵が号令を響かせた時、地面へと叩きつけた。
今のうちだ。
だがその瞬間、煙幕が不自然に勢いよく流動し、周囲から排除され、上空の一カ所に集められた。
球体状の煙の塊が、頭上に浮いている。
「平民の考えそうなことだ、ここをどこだと思っている。ウォールハーデンだぞ、そんなもの通用するはずがないだろう」
煙が晴れると高を括ったような衛兵の声が聞こえた。
男は憎たらしく笑っていた。
これがリトルバースだと言わんばかりに、勝ち誇ったように、にたにたと笑みを見せびらかしていた。
その表情の奥には差別的な意味合いもあるだろう。
受け皿のような職にしかつけないこいつらでさえ、その身分は僕よりも遥かに優れているらしい。
こいつは下級貴族だ。
騎士生にさえなれれば、受け皿であれ、こいつらレベルには裕福に生きていける。
だからこそ、僕にとってはここが人生の分岐点なんだ。
気づくと軍服や鎧を身に着けた、多数の者に取り囲まれていた。
式場は騒然となり、入学式は一時中断された。
壇上では、レアーナがこちらに憐みの表情を向けていた。
〇
脅し疲れた尋問官の深いため息が聞こえた。
僕の黙秘が効いたのだろう。
だが個室で執拗にライトを向けられ、僕も辟易していた。
「黙ってりゃ釈放されるとでも思ってるのか」
まくしたてられた。
こちとら日々のクリーチャーの相手で肝は据わっている。
銀騎士になれなかった落ちこぼれに、耳を貸すつもりはない。
平民だからと暴力で解決する訳にもいかないのだろう。
そうやっていつまで怒鳴っていればっ――。
「ぐっ」
平手打ちを喰らった。
「クソが……」
「なんだと」
思わず本音が漏れた。
血走った目を向けられた。
軽く口の中を切ってしまったみたいだ。
血の味がする。
部屋の扉が開き、レアーナの姿が見えた。
「…………レアーナ」
「すいません、少し二人だけにしていただけませんか」
「ゴールドバーグさん。そりゃ構いませんがねえ、注意してくださいよ、こいつは」
「大丈夫です、幼馴染ですから」
不覚にも安心してしまった。情けない。
尋問官が退出するとレアーナは席に着いた。
「久しぶり」
僕は笑顔でそう言った。
「…………何をしてるの」
レアーナの第一声はそれだった。
言葉を溜める仕草もなく、抑揚もなかった。
「え……」
急にレアーナの目が見れなくなった。
その一瞬で、レアーナの心の内がすべて読めてしまったからだ。
自分が哀れに思えてきた。
惨めにも思えてきた。
騎士学校の制服に身を包み、金髪を揺らし満たされた者の色艶を晒しているレアーナ。
対し、僕は平民の精一杯の恰好で、口から血を流している。
「…………月とスッポンだな、僕たちは」
「月とすっ、え、何?」
レアーナには、僕の言った言葉が意味が分からない。
「何でもない」
空気感に一区切りつけようと、わざとらしく深呼吸してみせた。
「校長に直談判しようと思ったんだ」
「それで入学できると思っていたわけではないわよね」
「思ってるけど? だってやってみないと――」
「無理よ」
低い声で否定された。
「できるわけないでしょ。そんなこと、わかってるはずよ」
「だけどそうでもしないと、もう僕は――」
「学校は?」
また遮られた。
「学校はどうしたの、今日は入学式でしょ」
レアーナが言っているのは平民校のことだ。
同じく今日が入学式だった。
「あんなとこ、行っても無駄だ」
「どうして?」
「どうしてだと? 分かってるだろ、行っても騎士にはなれないからだ。ウォールハーデンの騎士術を学べるのはここだけだからだよ」
「魔力がないのに、どうやって騎士になるの」
なんとも呆気なく、レアーナはそう言った。
それまでと同じ声色だった。
針で刺されたみたいに心が痛かったが、レアーナは平然としていた。
「…………僕を憐れむのか、幼馴染だろ。貴族特権でどうにか――」
「できるわけないでしょ!」
僕が言葉を言い終わる前に、怒号が飛んだ。
それまで溜め込んでいたものが、弾けるような声だった。
「ここは名門校なのよ?」
「上級貴族だろ、どうにか――」
「そんな言い方はやめて」
「……ごめん。でも騎士は、僕の夢なんだ」
僕はレアーナの目を見て言った。
ただわかってほしかった。
だが何故か、頬が痙攣するようにぴくぴくしてきた。




