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この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第19話 軟膏剤と銀縁丸眼鏡の男

「城下町の、高級飲食店でお見受けしたことがあります」


 僕は上手くいったことが嬉しく、調子にのって、店主にそんなことを口走っていた。

 言った傍から「しまった」と気づく。

 無暗な接触は持つべきじゃない、話しかけずにテントへ向かえば良かったと少し後悔した。

 平民だとバレたら終わりなんだ。

 慣れた雰囲気で喋って、ミーナにいいところを見せたかったのかもしれない。


「高級なんて、そんな大層なもんじゃありませんよ」


 店主は謙遜し、誤魔化すように笑った。


「この国の貴族さんたちは立派な建物に立派な椅子、立派なテーブルに、立派な食器を好むもんですから、粗相のないようにそれなりのもんは揃えて営業してますがね。だから肉も一級品ですよ、ですが焼き方や私自身の腕前は、その辺りの平民の主婦と代わりやせん。蓋を開ければそんなもんですよ、ここだけの話しですがね」


 店主の付け加えた「ここだけの話」は素直に受け入れていい。


 これは「辺境伯は面をつける」という、この風習から生まれた国民性らしいが、この国の者は他所者に会うと愚痴りたがる。

 関係がないからだ。

 いくら自国の貴族の悪口を言おうと、他所者には関係がなく、彼らは「そういうものですか」などと笑って誤魔化しながら話を流す。

「辺境伯」たちにとっては、そんな外国の庶民の告げ口も土産話となり、黙って家に持ち帰るのだそうだ。

 店主の方は日ごろのストレスを片手間に解消できる。

 だからお互い損がない。


「明日も営業してますから、気が向いたら食べに来てください。庶民の味を提供させていただきますんで」


 店主は「庶民の味」という言葉に笑いを含ませながら話した。


「機会がありましたら、また寄らせていただきます」


 気づくとミーナは既に食べ終わっていた。

 値段の割に量は少なめだから仕方ない。

 僕は少し急いで肉を食べ終え、「さあ、行こう」と右手でミーナの左手を取った。


「また、お待ちしております」


 店主に見送られ、僕らはサーカスの行われるテントへと向かった。


「お肉、おいしかったですね」


 ミーナはそう言って、小さな笑みを浮かべた。

 それは大喜びというようなものではないが、僕は久しぶりにミーナの笑顔を見た気がした。


「……ああ、また食べに来よう」


 〇


 ミーナの口元に、さきほど食べたお肉のタレのようなものが付いていた。

 ポケットからハンカチを取り出し、「じっとして」と言って僕はミーナの口元をふいてあげた。

 ミーナは「言ってくれれば自分でできます」と恥ずかしがっていたが、僕は笑って誤魔化した。


 逆光するテントの門を潜ろうとした時、中から出てきた見知らぬ人の肩がぶつかった。


「これは失礼しました」


 男はそう言って黒いハットのつばを片手で摘まみ、軽く会釈すると去っていった。


「お兄ちゃん、大丈夫ですか」

「……ああ、なんでもない。行こう」


 僕はその男が妙に気になり、ミーナに声をかけられるまで、遠ざかる背中を少しばかり見つめていた。


 〇


 テントの中は既に、待ち遠しそうにステージを見つめる貴族たちで溢れかえっていた。

 それぞれは指定された番号の席に座り、出店で買った肉や果物をかじりながら開幕を待つ。


「僕らも何か買って入ればよかったな、あの場で食べるんじゃなくて」

「ミーナはいらないのです。外で立って食べるのは、あまり好きではないので」

「そうか……」


 僕はミーナとそんな会話を交えながら、頭の片隅で、肩のぶつかった男のことを考えていた。

 男は特徴的な銀縁の丸眼鏡をかけていた。


 気になっているのには理由がある。

 すれ違う時、妙なにおいがしたからだ。

 気のせいかとも思ったが、おそらく、あれはあの男から漂ったものだ。

 彼が会釈した時だ、そのにおいがした。


 あれはおそらく、軟膏(なんこう)剤のにおいだ。

 メンソールのひんやりとした香りがした。

 思うに、ヴィックス・ヴェポラップ軟膏の類ではないかと思う。

 妊婦がつわりの際、においを誤魔化すために鼻孔のまわりに塗ったりするあれだ。

 だが彼は妊婦ではない、それ以前に男だ。

 鼻炎もちだろうか、花粉症だろうか……いや、声はよく通っていた。

 では、何故そんなものをつけているのか。

 サーカス会場は出店で賑わい、いい香りで溢れているというのに、わざわざそれらを遮断する理由はない。

 でなければ何故ここにいるんだという話だ。

 いや、厳密には完全に遮断することなどできないのにだ。

 あれはあくまで誤魔化すためのものであって、だから、結局のところ、軟膏剤の混ざった外気を吸うことになる。


 だがそれは本当に軟膏剤のニオイだったろうか。

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