第18話 高級ステーキ店の店主と辺境伯
「人がいっぱいですね」
「うん、そうだな」
夜の城下町。
僕らは繁華街のグリーベル通りを歩いていた。
彩色のドレスを着た貴族の人込みは、どれも僕らと同じ方向へ向いている。
きっとサーカスだろう。
ミーナは着なれないドレスのせいか、ときおりつまずきそうになりながら、今では僕の右腕につかまり歩いていた。
僕らはこの音の行き交う街並みにわくわくしていた。
靴音や、すれ違う人の話し声、笑い声。
店のベルがカランカランと鳴り扉が開く音。
思わず目を見合わせ、僕らは嬉しくなり微笑んだ。
街灯や店の灯りは夜の通りに拡散する。
星屑の散りばめられたような通りを、誰もが軽い足取りで歩んでいた。
〇
サーカスの巨大なテントは、城下町の公園に設置されていた。
そこは普段なにもない野原だが、今夜は行き交う人々でお溢れていた。
そのすべては貴族だ。
外観から想定して、ちょっとしたアリーナくらいはあるだろうか。
テントの側面には、笑みを浮かべた大きなピエロの顔が飾られていた。
どうやらこのサーカス団のシンボルマークらしい。
大勢の人々による一度の出入りが可能なほどの、広々とした出口。
中からの黄色い逆光が眩しく、それがファンタジックな世界へと誘う門のように思わせた。
辺りには出店がいくつも立ち並んでいた。
見たことのある顔もあった。
それは中広場の噴水の近くで、いつも移動式屋台を経営している人だ。ホットドッグを売っている。
もう一人いた。城下町で肉屋を営んでいる店主だ。
その店はいつも通り過ぎるだけだ。
いつかミーナと行ってみたいとは思っていた。
出店には、肉汁の滴る上手そうな肉の串焼きが並べられていた。
店主が肉を焼いており、じゅうじゅうという音が聞こえてくる。
聞きつけた客はカウンターの缶に銀貨を一枚、銅貨を五枚入れ、店主から肉の串焼きを受け取ると、「ありがとう」と言葉を交わし笑顔でテントへと去って行った。
出店は随分奥まで続いている。
「ミーナ、あれ、食べたくないか?」
僕は出店の串焼きを指差した。
「……大丈夫なのですか」
ミーナは弱々しい声で心配し気遣った。
ただでさえサーカスのチケット代で出費がかさむ。それを心配しているのだろう。
かっぱらったこの金は、あんなことでもなければ今ごろ持っていなかったはずのものだ。
実は今夜、全部使いきってしまおうかと考えている。
おいしいものを食べ、サーカスを観賞し、帰りにミーナの欲しいものでも買って、それで全部使いきって懐から消してしまおうかと……ミーナが同意するかはわからないが。
「すいません、二本ください」
僕は答えにくそうなミーナの返答をまたず、半ば強引に肉を買った。
ミーナは何か言いたそうにしながらおどおどしている。
「今日くらいいいだろ」
「ですが……」
お金を払い、店主から受け取った串焼きをミーナに渡した。
ミーナはそれでも迷っているようだったが、僕が再度「羽目を外したっていいんだ」と言うと、小さな優しい笑顔を向け「……はい」と頷いた。
「旦那様方はここいらの方ですかい」
店主がそんなことを訊ねてきた。
僕は一瞬困って言葉が詰まり。
「い、いえ……」と答える。
「そのお面から察するに、どこかの辺境の地の方ですかい?」
「そんなところです……ここには、このサーカスを見るためだけに立ち寄ったのですよ」
二言目から、できるだけ毅然とした態度を装った。
他所の土地に慣れていない貴族は、他所者の地では面などを使って顔を隠そうとする風習がある。
田舎者だと思われたくないからだそうだが、であれば面を身に着けているものが総じて辺境伯なのかというと、そうではない。
人というのは理解しがたいものを頭の中から片づける時、真っ先に都合のいい解釈を想像する。
いい加減な理解だ、それは無意識と言ってもいいほどだろう。
辺境伯だというなら、ではどこの辺境伯なのかという話だが、そんな問題ではない。
僕らが誰なのかということについて興味はあるかもしれないだろう、だが実際のところはどうでもいいのだ。
見当もついていないと思う。
辺境の地の方ですかい?――というのは、言ってみれば「他所者だな?」と確認しているようなものだ。
真面目に辺境伯だなどとは思っていない。
僕はそれを認めた上で、サーカスを見に来たという目的を告げた。
これで不信感はおろか、その感情の澱すら残らないだろう。
既に僕らはどこかしらの貴族様だ。
まさか平民だとは思われない。
もう店主にとっては肉の焼き加減以外眼中にない。




