表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/29

第16話 落ちぶれた貴婦人の動向

「腕の方は大丈夫なのですか」


 居間で小瓶に回復薬を詰めているとミーナが問いかけた。

 ミーナは台所で牛の赤身を焼いている。

 今日は昼からステーキだ。


「腕?……」


 僕は右腕を見た。


「別に、問題ないけど?」

「左腕のことです」

「ああ、そっちか。大丈夫もなにも、無いんだから心配できないだろ」

「……笑えないジョークです」

「はっはっ、笑えるジョークさ。心配しても意味ないよ」


 あの左腕は氷水につけて床下の地下室に保管してある。

 気温が低いので保存食などもすべてそこに置いてあるのだ。


「それより、その大金はどうしたのですか。まだ、聞いていませんでしたけど」

「……気になるのか?」

「もちろんです。あんな大金、お兄ちゃんが持っているのは不自然です」

「クライン・シュバルツェくんから拝借したんだよ」

「クラっ……拝借、ですか?」

「大丈夫だ、足はつかない。取られた方は死んでるし気づきようがない」

「それは、一体どういう……」

「貴族だろうと、騎士生なんて所詮は子供だってことだ。合同演習会なんて遠足と同じなんだよ」


 あの遠征は、あんなことでもなければ一週間は続くはずだった。

 その内の一日を使い町へ出向くイベントがあったそうだが、つまり貴族どもは町先での自由時間で羽目を外すつもりだったのだろう。

 生き残った貴族が帰り道でそんな話をしていた。

 この金はそのための資金だったと推測できる。

 それ以外にこんな大金を使う機会はあの遠征にはない。

 いつも持ち歩いている訳でもないだろう。


 僕は懐から残りの金を出した。


「あの合同演習は何世代にも亘って続く歴史ある行事らしい。楽しんできなさい、と親は子へ必要な量の金を握らせる。自分たちも生徒だったころに体験しているから目安はわかる。怖ろしいな、半日遊ぶだけだってのにこんな量の金を握らせるんだ。道理で平民に価値がない訳だ。こんな大金、僕たちじゃ一カ月働いたって稼げやしない」


 それはおよそ旧市街地区に住む平民の三、四カ月分くらいだった。


「ごめんくださいな」


 玄関の戸を三回ほど叩く音がしたかと思うと、戸が開き、そこに太った女性の姿が見えた。

 厚化粧で唇が赤い。

 この辺りには似つかわしくない身形だ。


「ミーナちゃん、回復薬が切れちゃったの。もう一本いただけるかしら」

「え、あの、銅貨五枚になります……」

「固いこと言わないでちょうだいな、この間はただでくれたじゃないの」

「あれはお試しにと……」

「あら、初めて見るお顔ねえ、ご主人という訳ではなさそうだし……ミーナちゃんのお兄ちゃんかしら?」

「……初めまして、キリアムと申します」


 内心では警戒していたが、僕は顔に出さず毅然とした態度を演じた。


「これはこれは、ご丁寧にど~も、向かいに越してきたマリア・ディーグルです」

「ディーグルさん、どうぞ」

「あら、ありがとうね、ミーナちゃん。それじゃあこれで失礼させてもらうわ」


 ディーグルさんは回復薬の大瓶を受け取ると、口紅を見せびらかしたような笑みを浮かべ、向かいの自宅へと戻っていった。


 小窓を開けて様子をそっと確かめると、向かいの家に前に、腰を曲げながら短い箒で落ち葉を掃く、老人の姿が見えた。


「あれが旦那さんだそうです、歳はそう離れてはいないそうですが」

「明らかに夫の方は老いてるな」

「回復薬は旦那さんが使うんだそうです、薪割りの際によく、親指と人差し指の間の付け根が裂けるんだとか」


 ディーグルさんが去ったあと、しばらく間、彼女の身に着けていた香水のにおいが部屋に残っていた。


「ダマスクモダンの香り……強香。ただの平民がこんなものを持っているはずがない」

「どうかしましたか?」

「香水だよ」


 僕がそういうとミーナは鼻をとがらせ、室内に残るにおいを確かめた。


「甘い香りがします」

「不愉快なにおいだ。城下町にこの類の商品を扱っている香水店がある。店の前を横切れば店内に展示された香水やバラの混ざった香りが鼻を刺す。でも不愉快なのはそれだけじゃない。あの口紅もそうだ」

「紅?」

「あの口紅は頬を赤く染めていたものとは別だ。貴族でも頬と唇には同じものを使うことが多い。でもディーグルさんはそれぞれ違うものを使っていた」


 一つの紅を使い唇には厚く、そして頬には少量を取ってのばす。

 これが貴族の紅の使い方だ。


「あの赤は特徴的だ。少し前の時代まで、紅の原料には賢者の石とも呼ばれる辰砂(しんしゃ)という鉱物を使っていた。硫化水銀(りゅうかすいぎん)だよ。ただ水銀中毒が危惧され、のちに使用が激減した。でも実は中毒性が低いということがわかって、それからは普通に使われているんだ。ただ一時期の風評被害を受け、辰砂を原料とした紅を使う貴族は、昔よりも減ったそうだ。値段が安く今でも使われているけど、あの薄い赤は辰砂を原料としていない。だから色が薄いんだ」

「その……ミーナには、お兄ちゃんの言っている意味がよくわかりません。なにが言いたいのですか?」

「ディーグルさんには金銭的余裕があるってことだよ。それもかなり」


 ミーナは口をつぐんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ