第15話 ウォールハーデンの教員
今朝の嘔吐は裏庭だった。
ウォールハーデンに戻り一週間と数日が過ぎたが、僕はこの嘔吐を毎夜もしくは明け方に繰り返している。
最初の日は台所のゴミ箱だった。
吐くとミーナが心配するから我慢して、いつも裏庭へ行くようにしている。
森の入り口に一本だけ幅の太い木がある。その裏だ。
立てかけてあるスコップで汚物を根元に埋めた。
ミーナが心配するのは当然だ。
遠征先でのあの一件は、僕らが戻ってきた翌日にはウォールハーデン全体に広まっていたことだろう。
少なくとも旧市街地区と城下町に住んでいる者は知っているはずだ。
防壁の中は情報のめぐりがいい。
あの一件には続きがある。
それは多数の平民が戻らなかったことだ。
あの日、遺体を積んだ何台もの馬車が防壁の門を潜った。
だがそのほとんどは騎士生――貴族のものだ。
羽織校と工房校の生徒である平民たちの遺体は、未だ戻ってきていないそうだ。
大森林を離れる前日、台車に遺体を積み終え、休憩していた適当な教員に話しかけたことがあった。
「あの、工房校の生徒がまだ行方不明なんですけど……」
僕がそう言うと、教員は最初、戸惑いの表情を浮かべた。
次の瞬間には優し気な雰囲気で微笑み「安心してください、先生方が森の中を捜索中です」と言った。
女性の教員だった。
まず彼女は勘違いをしている。
安心するもなにも、僕はなにも心配していない。
ただ知らせただけだ。
あるいは本当に心の底から心配していた者になら、その安っぽい表情でも騙せたかもしれないが、僕には気色悪いだけだった。
彼女は嘘つきだ。
「この暗い中をですか? 森はもっと暗いんじゃ……」
「そうですね。ですが先生方も早く見つけてあげたいのでしょう。どんな結果であれ、必ず親御さんたちの元へ送り届けると意気込んでおられました」
「そう、ですか……」
心配するな、安心しろ、気にするなと脅されているような気がしたことを覚えている。
だが一方で、その時は自分の悪い癖がでたとも思った。
僕は先入観でもってすぐに人を疑う。
いくらなんでも生徒を、子供を置き去りにする訳がない、あるはずがない。
〇
そんな会話のあった夜、皆が寝静まったあと寝つきの悪かった僕は、こっそり部屋を抜け出しトイレに行った。
明かりの零れる部屋の前を横切った。
扉の隙間から零れている。
「馭者を雇う方が金がかかるのですよ」
通りすぎるだけのはずが、声が聞こえ僕は足を止めた。
それはワルドナー先生の声だった。
「貴族の子供ともなれば意味はあります。今回の一件は悲しい事故として扱われ、我々が責任を負わされることはないでしょう。それよりも、国の目は森の異常に向くはずです。そんな特例の状況においても、生徒を見捨てず持ち帰ったことは大きく評価されるはずです」
僕は扉から離れ、壁に背を向け身を潜めた。
教員の数はわからないが、今の言葉のあと複数の安堵の溜め息が聞こえた。
「ところが平民はなんのメリットもありません」
耳を疑った。
生徒という人間に対し「持ち帰った」という言葉で遺体の回収を表す、その不謹慎さにも耳を疑ったが、それ以上だった。
これは、ワルドナー先生の声で間違いないはずだ。
もともと印象の良い教員でもなかったが。
「持ち帰っても感謝されるだけですよ。平民からの感謝など何の役にも立ちません、日銭以下です。もっとも彼らの場合、それが生前の身であっても価値はそれほど違いませんがね。という訳で、明日の昼にでもここを発ちましょう。先生方が馬車を引き連れ、最寄りの町から戻ってきます……」
僕は息を殺しそっとその場を離れたが、そのあとも話は続いていて、笑い声のようなものも聞こえた。




