第13話 妖精の少女へ
「でも私は襲われないよ。この森の連中はみんなノロマだからね」
妖精の少女は腕を組んで得意げに言った。
「うわ、またノロマがやってきた。この森で一番のノロマだ」
妖精は毒づいた。
振り向くとクラインの足元に首のないエドワードの姿があった。
そして彼はミニークンクと対峙している。
ミニークンクとはクリーチャーの一種であり、鼻の肥大した小人だ。
小人といっても顔に足が生えたような一頭身だ。
丸みのある体つきに低い背丈。肥大した鼻に眠そうな瞳。
愛らしい見た目をしているが、怒らせると狂暴になり腕の力は凄まじい。
ときおり「クンククンク」と食べ物をねだる。渡さないと狂暴化するので、よく山道ではミニークンクに殺された旅人の死体が見つかる。
それにしても、まさか一人でエドワードを殺してしまうとは……。
返り血を浴びたその姿から激しい争いだったことが想像できる。
「流石は貴族か……リトルバース様様だなあ」
僕はしばらくクラインとミニ―クンクの様子を見ていた。
だがその戦闘はものの数分で終わってしまい、クラインは川で剣にこびりついた血を洗っていた。
その姿は実に無防備だ。
だが……。
「……くそっ」
僕には力がない。
この足元に落ちている片手で掴めるほどの大きな石で、後頭部を殴るか?
いいや、それで殺せる訳がない。
相手はまがりなりにもバース持ちの貴族だ。
あの河原では近づくだけで、その足音で気づかれてしまうだろう。
上手く頭を狙えたところで即死でないならリスクが大きい。
「ねえねえ、あの人間、あんたの友達か? だったら私が呼んできてあげようか?」
なんとも馴れ馴れしい奴だ、妖精とは。
それに警戒心が薄い。
傲慢ではなく無垢な感じだ。
確かに襲わないとは言ったが、まさかさっきの一言で信じた訳でもないだろう。
だがその節があるのは、金粉という能力のせいだろうか。
自分が優勢だと思っているのか。
生きてこられたのはこの小ささが理由か。
「友達じゃない、あいつは悪い奴なんだ。ほら、僕、腕がないだろ? あいつはね、僕の腕をあの刃物で斬り落としたんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。人間もおかしくなってるのかなあ」
「人間は前からおかしいよ。……別にこの森の状態なんて知らないけど」
彼女は一拍遅れて「あの人、肌の色艶がいいね。髪も明るいし、肉付きもいい。きっと栄養がいいんだ、いいものを食べているんだね。それに対して君は、栄養は足りているのかもしれないけど、血色が悪い。人間には身分って概念があるんだろ、彼は育ちがいいのかなあ」
僕は耳を疑った。
超自然的な生き物が俗世の話を始めたからだ。
それも考察している。
導き出された答えは否定できないものだ。当たっている。
強がって、僕は言った。
「弱いからだよ、平民は弱いんだ」
「……平民?」
平民という言葉は知らないのか、言葉は帰ってこなかった。
「僕みたいな人間のことだよ」
僕はそう言って彼女を見た。
その感情というか、感覚は突然に押し寄せてきた。
その声は次第に熱を持ち、僕の中で膨張した。
授業中の教室に響く、先生の声だ。
「おとぎ話はいつも不思議なものですね」と先生はにっこりと微笑み、何度も「不思議なものですね」と同じ言葉を繰り返す。
次第に声が早まる。声色が変わる。
語尾と頭が重なり、音は壊れたカセットテープのように繰り返された。
聴覚が埋め尽くされていく。
じきに風や草木の揺れる音も聞こえなくなった。
またしても、あのプールに全身を沈めた時のような感覚がおとずれた。
僕の聴覚は朦朧に支配された。
愛らしい妖精は僕の目の前で「ねえ、聞いてるの?」となにやらぷんすかと頬を膨らまし怒っている。
何か僕に話しかけたのだろうか、だが全く聞いていなかった。
金色の長い直毛をなびかせ、虹色の羽を振るわせ、こまめな身振り手振りをまじえて何かを訴えている。
その様には、見る者すべてが口元をだらしなく緩めてしまうことだろう。
「ねえ」
僕は彼女に話しかけた。
「おとぎ話って、ほんとかなあ……」
「おとぎ話?」
彼女は質問の意味がわからず首を傾げた。
「ごめんね……」
僕は彼女に囁いた。




