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この愛らしい妖精を食べれば強くなれますか?(キリアム②第二原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第11話 手の平サイズの小さな彼女

 スティーブンの死をきっかけに、大勢の貴族たちがパニックになった。

 涙で顔を濡らし逃げ出すものが次々と出てきた。

 だが背を向けた直後には、皆スティーブンと同じように直前の表情をとどめたまま、動かなくなっていた。

 いや、痙攣していた。


 エドワードの唾液の枝は鋼のように固く、また場合によっては鋭利でもあるが、殺傷能力は低い。

 能力だけでいえば銀剣の方が研ぎ澄まされているし上等なはずだ。

 だからだ。

 だから脳でも傷つけられない限り、腹や背中を刺された程度ではすぐに死ねない。

 僕にはそれらの痙攣が、生徒たちの生への願望であるかのように見えていた。


 〇


 たとえばそれは、プールに全身を沈めた時のようであった。

 体が軽くなり、周囲が静かになった。

 足の裏は地についているが、体は浮遊感に包まれていて半ば気持ちよくもあった。

 朦朧とする意識の中に微かなそれらの悲鳴が聞こえ、エドワードの呟きが聞こえ、鮮血があちこちで放物線を描いている。

 まだ刃こぼれもしていない真新しい銀剣が宙を舞い、人の首や腕や足が宙を舞い、すると先ほどまで彼らに抱いていた妬みの感情が嘘であったかのように消えていく。

 夢から覚めたような感覚だ。

 腸を勢いよくすする耳障りな音が聞こえると僕は我にかえった。


 エドワードたちは生徒の腸をすすっていた、赤いをスープを飛び散らして。


「みんな落ち着け! 止まるんだ!」


 右往左往しながら、トーマスの叫ぶ姿が見えた。

 この班は彼が束ねていたらしい。

 だが誰も耳を傾けようとはしない。

 逃げる者は錯乱しているから聞こえない。

 取り乱し、無謀にもエドワードに迫っていく者がいたりする。

 レアーナも「みんな落ち着いて」と声をかけるが、それらの悲鳴にかき消されてしまい、もはや彼女の声は僕にしか聞こえない。


「クライン! ゴールドバーグを連れてこい! 俺たちはウォールハーデンを担っていく存在だ。こんなところでこいつらと心中する訳にはいかない!」

「ゴールドバーグ、ここはもうだめだ、逃げるぞ」

「え、ちょっと待っ!――」


 ぐさぐさと、まるでアイスピックで刺し殺されていくような光景を他所に、レアーナはトーマスの舎弟――クラインに手を引かれ、「キリアム!」と僕に手を伸ばしながら遠ざかっていった。


 つい数分前まで僕らを見下していた奴らが、泣き叫びよだれを撒き散らしながら、呆気なく死んでいく。


 聞こえた悲鳴へ振り返ると、ヘムズが背中から腹を刺されて痙攣していた。

 枝一本で体を持ち上げられ、エドワードの腕の先端で仰向けの体勢をとった。

 体を反らした姿は小さな橋のようだ。

 弧を描いている。

 絶妙なバランスで、エドワードの枝の上でゆったりと安定している。

 ヘムズはそのまま動かない。

 口元から咳き込む音と共に、ぶくぶくと血と気泡が溢れ出た。


 エドワードはヘムズを放り投げ捨てた。

 そして何気なく僕を見た。

 傍では他のエドワードがちゃんとヘムズにとどめを刺している。

 そんな中、エドワードはゆっくりと距離を詰めてくる。

 殺される……。

 僕は怖気づき、少しずつ後退る。

 恐怖のあまり表情は半笑いになった。


 一歩一歩……と下がった時、背中に何かの触れた感触があり、振り返った。

 雑木林だ。

 それは森の入り口だった。


 〇


 今、僕がおかれている状況について整理したい。


 前方に、ゆるやかな川と河原と砂利から成る開けた場所がある。

 そこで一体のエドワードとトーマスの舎弟――クライン・シュバルツェが向かい合っている。

 辺りには陽射の透ける木々や草木が生い茂っている。

 僕らを惑わす森だ。


 僕は雑木林に身を潜めながら、その様子を見物している。

 左手のエドワードはさきほど僕を追って森に入った奴だ。

 途中で僕を見失い右往左往していたところ、河原にいるクラインを見つけたという訳だ。


 問題は、なぜここにクラインがいるのかということだ。

 彼はレアーナの手を引いてトーマスと共にあの場から逃げ去ったではないか。

 一人はぐれてしまったのか。


 僕はレアーナたちとは違う方角へ逃げたはずだ。

 むしろ反対方向といってもいい。

 だが逃げるのに必死で走った道筋は覚えていない。

 彷徨った挙句、知らぬまにレアーナたちと同じ方角に向けて走っていたということなのだろうか。

 もしかすると近くにレアーナがいるかもしれない。

 そんな気がした。


 それにしてもこれは見ものだ。

 僕の腕を切り落としたあともクラインを含め、奴らは上機嫌に笑っていた。

 トーマスだけは頼りない表情で動揺していたが。

 今度は僕が笑う番だ――。


「おい、お前!」


 その声にはっとし、僕は振り返った。

 だが誰もいない。


「こっちだ、こっち!」

「……え?」


 辺りを見渡し声を探した。

 僕は言葉を失い、口をみっともなく開けながら静止した。


 それは手の平サイズの小さな人間だった。

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