第10話 賑やかな森の遠足と食事
「おい平民、お前ら武器とか持ってないのか! 何の準備もなしに森に入った訳じゃなっ――」
八つ当たり的な貴族の怒号が散った。
彼は警戒という備えを怠ったのだ。
それは先生たちと別れ、すぐの出来事だった。
〇
四体のエドワードが僕らの列を囲んだ。
貴族たちは銀剣を構え対峙した。
工房生の僕らは守られる訳でもなく、何もできずうろたえた。
ただ死が近づく感覚に襲われるだけだ。
工房生の大半は、視界のあちこちでぶすぶすと刺され、泣き叫んでいた。
ここ一週間以来の友人たちの姿に同調して泣き叫び、間もなく同様に刺されて倒れたのだった。
死屍累々とはこのことか、とその惨状に僕も正気を保っているのがやっとだった。
パニックから逃げ出す一人の生徒の姿が見えた。
衣服は血や元がなんだったのかわからない肉片を帯びており、貴族なのか平民なのかわからない。
そんな彼に続いて数人の生徒が逃げ出した。
動くものを追うのは、なにもクリーチャーばかりではないと僕は皮肉的に彼らの結末を見届けた。
終わりは、貴族の一人が「おい!」と声をかけた直後だ。
彼らの首は潰れた果実のようにぐじゅぐじゅになり飛んで行った。
偶然、鋭利な唾液の枝を持っていたエドワードが傍にいたのだ。
エドワードの素早い動きは惑う工房生を逃がさなかった。
だがこれでは二の舞だ。
「キリアム、離れちゃだめよ」
レアーナは背中で僕を守っていた。
自分からは参戦せず、ただしいつでも対応できるように銀剣を構えている。
だがその手からかちゃかちゃと音が聞こえる。
怯えているのがわかった。
「ゴールドバーグ! そんな平民ほっとけ、俺たちがやらなきゃ全滅だぞ!」
トーマスの舎弟の一人が、レアーナに怒鳴った。
振り返ると工房生は僕を含め、もう三人しかいなかった。
もっと残っていた気がしたが、今のでほとんど殺されてしまったらしい。
僕が呑気に生存者を数えている間にも、その内の一人の女子生徒が腹を刺され、腸を引きずり出されていた。
エドワードは唾液の枝を器用に使っていた。
視線を仰向けに餌を食べる金魚のように口をぱくぱくと涙を流し痙攣する女子生徒がいた。
エドワードは彼女の腸をほじくり出し、枝に巻きつけ絡め取ると、麺類をすするようにずるずると口に運んだのだ。
新鮮な血を散らし、くねくねと宙で踊りながら腸の先端がすぼめた口内へ消えていく。
喉仏がごくりと動いた。
食べ終わると物足りないのか、エドワードは血眼で周囲を物色した。
僕は頬に感触を覚えた。
手の甲で拭ってみると血だった。
見ると衣服にも血が点々と付着していた。
それはそこに横たわっている女子生徒だった物の血かもしれないし、その隣で倒れている、銀剣を握りしめた首のない貴族だった物の血かもしれない。
彼らは僕のいなかったこの一週間、あの退屈な机の上で何のためにどんな授業を受けていたのだろうか。
一週間後に教室へ席を探しに来る僕を陰で嗤うために育んだ人間関係。
それがあの薄汚れた国が形作った社会に溶け込むための、彼らにとっての最後の人間的成長になると誰が気づけただろうか。
これで残りは僕とヘムズだけだ。
確認するとヘムズの表情はその光景を前に蒼白だった。
「お前ら! さっき先生に教わったろ、なにを怯えてやがるんだ! エドワードはこうやって殺すんだよ!」
トーマスの舎弟の一人が、得意気な様子で銀剣を構えエドワードに迫った。
「スティーブン、よせ!」
トーマスの声が響く。
「トーマス、なにを動揺してるんだ。らしくないじゃないか。あ、そうか、この間の平民がそこにいるからか。この腰抜けが、情けないと思わないのか。へっ、今日は俺が助けてやるよ」
「スティーブン!」
スティーブンは手をかざし、ワルドナー先生の姿を真似るように波動で一体のエドワードの動きを止めた。
流石は貴族の人間だ。
入学してまだ間もないというのに一人でエドワードの動きを止める程度には力を使えている。
「この汗の鎧さえ剥がせれば、あとは斬るだけだ」
数秒して「ほらできた! トーマス、見てろよ!」とスティーブンは意気込んだ。
辺りには剥離した汗の鎧の破片が散らばっている。
それらはスープの表面で固まった油にように少し白い。
直後――。
森に「スティーブン!」というトーマスの叫びが響いた。
自信たっぷりに二枚目な表情で「……え?」と違和感に気づいた様子のスティーブンの頭には、天辺から唾液の枝が刺さっていた。
沸騰した鍋の蓋の間からあぶくが零れるように、スティーブンの口元から、気泡を含んだ血がぶくぶくと溢れ出た。
一同は言葉を奪われたように静かになった。
目の前を突然に残像が横切ったかと思うと――それは別のエドワードの姿だった訳だが――スティーブンの首から胴体が切り離されていた。
気の抜けたように胴体はふにゃっとその場に倒れる。
エドワードは逆手に持っていた枝の持ち方を変えた。
伴い、逆さになる首。
口元から溢れ出す血が鼻、目、額と順に伝い顔全体を中途半端に彩ると、エドワードのそれはまるで林檎飴のようだ。
そう思った時、僕の脳裏に出店と神輿、歩行者天国と祭りの風景が過った。
これはかつて僕が高校生だった頃の記憶だろうか。
だが記憶の中の僕のものであるらしいその背中は、雑踏の中に消え、僕は我に返った。
「ナニユエナンダロウ……」
エドワードの習性――呟きは、まるで「抵抗するのは何故だ」と僕らに問いかけているようだ。
エドワードの、顎が外れたように大きな口が林檎飴を覆った。
そして唾液の枝だけをすっと音もなく抜き取る。
それはまるで口に頬張ったたこ焼きから爪楊枝を抜き取るような軽快なものだった。
エドワードは数える程度に咀嚼したあと、ごくりと飲み込んだ。
喉仏を通過するスティーブン。
エドワードは口元の血を拭わない。




