第六話「己にとっての試練とは?」
阿岸知絶対は気高い男であった。だがそれに反して彼の出生は醜く貧困そのものだった。
小さい頃は他の天使達によくいじめられていた。彼は昔から体格が大きく力が強かったが、心優しい少年であった。そのため体格をバカにされようが言い返すことなく、日常を送っていた。
その態度が気に入らなかったのだろう、いじめをする人が現れた。
泥をかけられ、殴る蹴る、酷いものなら裸に剥かれ民衆の前に晒されることもあった。
それでも彼はやり返すことはなかった。
絶対が16歳になった頃、彼はその心優しさのおかげで友達ができていた。その友達は絶対と同じく心優しかったがひ弱であった。
それは突然起こった。裏路地で友達がいじめっ子達にボコボコにされていたのだ。それを見てしまった絶対は自分を押さえることができなくなり、気づいたら辺りは血だらけでいじめっ子達の目は虚ろになっていたのだ。
彼は自覚する、自分には力があるのだと。そしてこの力で闘いの頂点に立つと決めた。
◇◇◇
俗瓏棟は3つの区域から成り立っている。異名持ちが住む御殿幕。一般天使が普通の家に住んでいる普天幕。そして試験会場と練習場を兼ねている問展幕。今いるのがここ、問展幕だ。
「席天第2836期試験が始まります。受験生は部屋へ進み、各試験をクリアしてください」
アナウンスが問展幕中に聞こえてくる。よく見るとスピーカーから流れていた。
俺はそのまま部屋へ向かう。部屋には男が立っていた。
「今からお前の心を図る。良いか、もう試練は始まっている!」
試験官は猛々しくそう言うと、ナイフを俺の首元まで迫らせてきた。だが俺は動揺しない、諦めたわけじゃない。
「がらあきだな!もう一度言うぞ、もう試練は始まってるんだぞ!諦めたの.....」
「俺はまだ試練を始めちゃいない。試練とは乗り越えてこそ試練だ!諦めたらそれはただの障害物だったに過ぎない、試練に変えるのは自分なんだ!」
俺は食い気味に、そして怒号のようにそう言う。
絶対から試練に行く前に言われていたことがある。
-----試練前-----
絶対を倒した1時間後の事だった。絶対は倒れた後、5分も経たずに立ち上がり、俺にある言葉を言った。
「良いか、お前の素質は上帝以上だ。だがその力を発揮するためには自分に縛りを課さないといけない。」
「隣、お前は試練中に戦染を"使うな"」
「嘘だろ?相手も試験官だ。本気なんだぜ?」
「いや、お前は俺を倒した。ということは戦染を使った試験官との戦闘はお前に新たな道を示してくれない」
俺の素質が上帝以上。それは大きな意味を持っていた。上帝と初めて会ったあの時、彼女は去り際で遠く離れていたとしても俺の心臓を潰せる余裕があった。本能がそう感じたのだ。
それを俺が超せると言うのだ。戦染を使ったら試練にならないのだろう。
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俺は試験官のナイフを軽々と避ける。自分でも実際驚いている、こんなに俺は早かったのか。あの特訓は俺に様々な恩恵を与えてくれたことを実感する。だが戦染を使っちゃいけないんだ、油断
はならない。
ナイフを避けた後、俺は拳を試験官の腹に一発ぶちこむ。
「かはぁ!やるな、君。さっきの言葉は訂正しよう、君は諦めていない。だから俺も本気で行く!」
試験官はそう言うと左手に魂模様を出す。
あれが試験官の魂模様か、色が付いてない?
これは後に知ったことだが色持ちは限られた者のみだけらしい。
「ヌ・リアン!」
そう言うと試験官のナイフが少しごつくなり、少し伸びた。これが奴の戦染、阿岸知や箕実のとは違うんだな。失礼だが、圧を感じない。
「なにぼけっとしてんだ、戦場じゃ命取りだぞ」
試験官のスピードは戦染を使っていない俺には目で追い付くことはできなかった。さっきの言葉は訂正しよう、俺は調子に乗っていた。
だから躱そうとしたが胸を裂かれてしまったのだ。当たり前だ、油断していたのだから。
俺はその痛みを押し殺し、耐えながら後ろに下がる。
戦染を使わないとこんなにも痛みが来るのか。
だとしたらまずいな。
血が胸から腰にかけてだらだらと垂れている。
信念を持っていなかった以前の俺ならここでもう諦めて戦染を使っていただろう。
だが今は違う、やりたい事はない。けど生き方ができた、俺にとっての生き方とは生きる意味そのもの、それを懸けた戦いなら甘んじて受け入れよう。
「「なら命を取ってみろぉぉぉぉぉぉ!」」
俺の怒号は部屋中どころか、部屋を超えて響いているだろう。だが気にしない、腹を括ったのだ、俺は戦染を使わないで勝つ。
「あくまでも戦場同様ってことか、いいぜ」
試験官はハッと笑いながらそういう。俺の信念が伝わったのだろうか。
ここからは俺の名誉の戦いだ。
試験官がナイフを投げる。さっきより俺を傷つけることに躊躇が無くなった気がする。
だが俺にも躊躇などない。殺す気で、そう、相手を一刀両断するのだ。
俺はナイフを避けた後試験官に近づき、刀を振り上げる。降ろす速度は一瞬だ、まるで重い物が重力で素早く落ちるように、磁石同士が一瞬でくっつくように。そして相手の斬る場所が刀に吸い寄せられるように。
刀が試験官の肩に入った。
「ぐっ、悔しいな。合格だ」
俺が、合格したのか。
戦闘中に絶対の言っていた意味がわかった気がする。この戦いは俺に新たな道を示してくれた、俺の気持ちを固めるものだった。
俺は部屋を出た。
試練は終わったのだ、なんというか認められたようで気持ちの良いものだ。
「よっ、荻家もクリアしたんかいな」
永遠は俺の肩を組みながらそう言う。
そういえば自分の事ばかり考えていたから永遠の事を忘れていた。あとで何か奢ってあげよう。
「お、"も"ってことは永遠もクリアしたのか」
「そうやねん、でも余裕勝ちでしたわ」
永遠は元気よくそう言う。こいつは昔から元気な奴だ、いじめられていたなんて到底思えないほどにね。いやほんと、羨ましいよ。
「そんで、あの後どうしたんだよ。絶対との決闘、俺一旦家に帰ってたから結果知らないんだよな」
ん?家に帰ってた?聞き捨てならないことを聞いた気がする。てか帰れたことに驚きなんだが。
「ほんま家に帰ったら怒られたわ~、何しろ7日も帰ってなかったんやから。ひぇ~思い出しただけでも震えが止まりませんわ」
「そういや荻家は帰ったんか?」
「いや、完全に頭に無かった。ここの所自分と向き合い続けてたから」
「えぇ~、さすがに家族のこと忘れんのは引きますわ」
「お前も一言言ってくれれば良かっただろ、帰れるなんて知らなかったってのもあるんだから」
「すまんすまん」
あれ、でも俺の家族は今病院だぞ、なら大丈夫じゃないのか?
いやいかん、こんなことがあったんだ。見舞いに行ったのはつい最近になるが、またすぐ行こう。
そう思いつつ俺は砕白殿に戻った。




