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第五話「点火と生き方」

 正直になろう、俺は嘘をついていたのだ。

席天に入った目的、それは(ひずみ)を滅ぼすためだとみんなに言った。自分にもそう言い聞かせていた。

 だが違う、俺は生き方を見つけたかったんだ。誰かのためを思って堕を滅ぼすなんて大層な目標を掲げちゃいなかったんだ。

 ここが俺の居場所と思いたかった。席天なんていうファンタジーな物に囲まれて、自分も技を使って、気持ちよく堕を退治して、それでよかったのだ。

 たしかに家族をめちゃくちゃにされたのは悔しかった、けれど自分の身を削ってまで滅ぼそうと本気で思っていない。俺の家族だって半年後には退院してまた元の日常に戻るだろう。

 だから余計に滅ぼすなんてどうでもよくなったのだ。

 この世には堕に殺される人はたくさんいると特訓中に絶対から聞いた。可哀想だ、何とかしてあげたいとは思う。

でも実際問題としてそこまでの本気度は俺にはない。これをみんなが聞いたら腰抜けだのなんだの言うだろうな。

 こんな覚悟だから、



俺は渦迅に負けたのだ。



「相棒、そうだったのか。語らなくてもわかる、アバンチュールを解放したのにも関わらず、その刀からは相手を打ち倒してやるという気持ちは微塵も感じない」



「•••••••••」



 渦迅は呆れている、随分落胆しただろうな。自分の相棒が強くなったと思い、刀を交えたというのに。俺はダメなやつだ。



***



 永遠はちゃんと自分の信念と向き合い、信念体を倒したそうだ。絶対もその結果には満面の笑みを浮かべている。

 俺は二人に魂の染区(アニカラート)のことを話した、自分の思いも全てだ。永遠は俺を慰めてくれた。絶対は俺を殴りつけた。俺はそのせいで後ろに突き飛ばされてしまった。

 だがこれは怒りの拳ではない事がなぜだかはっきりとわかった。心が痛くないのだ。



「席天試験は明日の午前にある、そこで俺と決闘をしやがれ。てめぇのゴムみてぇに柔い信念、固めてやるからよ」



 俺はその場で泣き崩れた。自分の弱さを知ったこと、渦迅に呆れられたこと、背中を預けようとしている永遠に慰められた事、泣くには十分な理由が俺には持ち合わせていた。



 この世は誰もが欲望の奴隷である、人はちょっとやそっとじゃ変わりはしない。大きな決意を口で言っても心の底から思ってなければ意味のない事だ。

 大口を叩いた俺は欲望の奴隷になっていた。いや最初からそうだったのだ。ずっと居場所を探し求めていた。世界の命運なんて俺の人生からしたらどうでもよかった、他人の絶望なんかもどうでもよかった。

 自分の人生すらまともに背負えていない俺が他人の絶望を無くす?そんなことはできないとわかっていた。

 そんな心構えがこの大敗を作った。



 けど俺は変わらなくちゃいけない。自分の人生を背負える人間にならなくてはならない。

 それを明日、絶対を倒して証明してみせる。俺は、俺には信念があるのだと。




***

 


 約束の午前になったので俺は砕白殿の庭に出る。

そこには絶対が仁王立ちをしていた。

 絶対は圧倒的な圧を放っている。周りの草木は揺れ、大地は割れてしまっている。この男は席天の中で上帝を抜けば最強である。

 ついた異名は『凱旋』、戦いに勝つことに関してこの男の右に出る者はいない。それに俺は今から勝とうとしている。とても現実的ではない。でもやらねばならない、俺自身を変えるために。



「昨日の腑抜けた面はなくなったじゃねぇか、どうしたよ?」


「気持ちに整理が付いたんだ」


「それで?結論として何が出た?」


「お前に勝つ」



 絶対はガハハと笑う。予想していなかったのだろう。当たり前だ、この決闘は絶対が良しとすれば合格なのだから。でも俺は勝たないとこの先、命を張ることはできないと感じた。



「期待させてくれるなよ、最近は歯ごたえのあるやつがいねぇんだ。つい本気だして殺しちまうだろうが」


「その気で来い」


「そうか、じゃあ戦染を使わねぇとなぁ」

「『デヴォレ』」



 そう言いながら絶対は魂模様の玉を砕く。

デヴォレ、それが絶対の魂模様か。

 絶対の右手には俺の身長と同じくらいのサイズの白い金砕棒が握られていた。まるで鬼だな。



「行くぜ!気張れよ隣!」



 物凄いスピードで俺に金砕棒をぶん投げる。

嘘だろ、得物を投げるとか正気かよ。

俺はそれを間一髪で避ける。あれを食らっていたら死んでいた、絶対の本気度が伝わってくる。

 躱しきったと思った金砕棒は俺に向かってくる、よく見ると柄の部分に鎖が巻いてあった。それで進行方向を変えたのか。



「俺は凱旋の絶対だ、二手や三手読まねえと本気で死ぬぞ」



 絶対の眼光が鋭くなった、本気で俺を殺す眼だ。次の攻撃で死ぬかもしれない、そう思った。

だが俺はそう易々と死をくれちゃいけない。

 進行方向が変わった金砕棒も間一髪で避ける。まさに首の皮一枚繋がっていると言ってもいい。だがこれでいい、これで良いのだ。俺には綺麗なんて言葉は似合わない、多少不細工だがその奥に深みを見い出す。

 それが俺のやり方だ。



 攻撃を貰うだけじゃつまらない決闘になる。

俺も戦染を発動してやる。

 隣の右手に魂模様が存在し始めた。それを隣は思いっきり砕く。



「アバンチュール!」



 その砕けた破片は刀の姿を成す。だが魂の染区の時のように服が変化したり、翼が生えたりはしなかった。でもそれは隣にとってはどうでも良いことであった。今彼は己と向き合い続けている、相対している絶対すら目を向けてはいなかったのだ。

 炎のように燃えるその刀こそアバンチュール、隣の戦染である。その刀は信念を強めることにより、どんな相手でも『一刀両断』をする。気持ちの高まり、それが彼を強くするのだ。



 俺も負けじと素早い動き彼にで迫る。狙うなら首だ、確実に殺すという信念が勝利への導きとなるのだ。

 俺は絶対の首に刀を振る、が彼もそう易々とやられちゃくれないらしい。金砕棒で防がれた。

 だが俺は次へ次へと刀を振り続ける。絶対の防御を打ち破るために。



 絶対は後ろへ引き下がった。



「お前はカレーだな隣、複数の気持ちが一つの信念を作っている!ただ奥行きがあるんじゃない、一つ一つの行動に俺を楽しませる余韻を持っている!もっと深みを増せ!」



 絶対は新しい玩具を買って貰った子供のようなはしゃぎ方をしている。最近自身と対等に渡り合える敵がいなかったのだろう。

 そんな絶対に俺はまた刀を薙ぐ。そんな攻撃に彼はとても楽しそうな表情を浮かべる。



「俺はお前を目標にはしていない!俺が目指すは堕絶滅だ。その通過点に過ぎない!」


「面白いじゃねぇか、嫌いじゃねえ。むしろそーゆーのは俺の好みのやり方だ。俺に勝ったら背中を押してやる」



 また二人は武器をぶつけ合う。金属音や風圧が砕白殿をも超えて他の天使達が野次に来た。

天使達は目を真ん丸とし、隣達を観察している、賭けを始めるやつも出だした。歓声が決闘を包み始める。



「ここまで俺を追い詰めたのは二人目だ。上帝、それにお前だ、誇れ」


「誇るのはあんたを倒してからやってやる」


「そうか、じゃあこれを越えてくれねぇとな」



 絶対の雰囲気が変わった。彼の声は低かったが、明るさがあったので真剣な感じではなかった。だが今の彼からは真剣さが滲み出ている。



「天!『闘鬼獅子舞(とうきししぶ)』!」



 そう言うと、彼は白い光に包まれ始めた。これは見覚えがある、俺が魂の染区で発動した物だ。

 包んでいた光は段々と薄くなっていき、絶対の姿が見えてきた。



彼の体は変化していた。

 とげとげした金色髪の毛が背中を覆い尽くさんとする程生え、肌は白へと染まり、八重歯はでかでかとしていた。先程まで綺麗だった服は裂け、前が開いてしまっている。そして元々でかかった金砕棒はその2倍以上大きくなっている。

 まさに鬼獅子だ。彼の信念が鬼と化しているのだろうか。

 周りの観客は絶対の圧に耐えきれず倒れてしまっている。



「そんな物で俺は倒れたりしない!前に....前に進むだけだ!」


「残念だ、目で追い付いてきては欲しかったぜ」



 絶対は隣の目に追い付かないスピードで近づいていた。隣の背後には絶対がいる、それは死を意味していたのだ。

 絶対はそのまま隣の頭に金砕棒を振り下ろす。

彼は殺したと思った、当たり前である。子供が乳を飲みたくなるように、カエルが跳び跳ねるように、それはごく自然な当たり前の現象であったのだ。

 当然、隣も死を覚悟した。そして自分は選ばれていない男だったのだと自覚したのだ。頭では諦めかけていたが彼の信念はまだ諦めてはいなかった。

 その瞬間、隣は横に避け、絶対の攻撃を受けずに済んだ。彼は何が起きたのかわからなかったがその事実を受け止める準備はできていた、それが彼の信念なのだから。



「なにぃ!?最高だ隣、期待を裏切って強くなるお前には信念があった!この時点でもう合格だ。

だが隣は違うんだろう?」


「あぁ、あんたを倒さなくちゃ俺は一端の人間になれないんでな」


「だろうな、俺を倒せ!隣!」



 二人は次の一手が勝敗を分けることがわかっていた。いや、次の一手が勝敗にならなくてはいけなかったのだ。



 俺はここで必ず絶対を倒す。そして堕を滅ぼしてやる!

 俺は自分の信念を声と刀に乗せた。絶対も同じだった。この庭には俺達の声が響いている。



「ふっ、ありがとよ。そして合格おめでとな」


 絶対はそう言いながら倒れた。俺は立っていた、勝者は俺だ。

 嬉しかった、ただただ嬉しかったのだ。勝ったことに嬉しがっているのではない。自分にも出来ることがあった、その事実だけが俺を歓喜させている。



「絶対、ありがとう。あんたに殴られたおかげで俺は気づいたよ、信念を持つ事、それは生き方だ」



 気絶した絶対は返事をくれてはくれない。だがその返事は予想、というよりかは決まり事のように俺に伝わった。

 やっとスタートラインに立つことができた。俺の錆びたライターは再び点火してくれた。

 人生は不可逆的なんだ、誰にも戻せやしない。きっとこれから先、後悔をたくさんするだろう、けど俺は進む!希望の道へと歩むのだ!

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