第四話「魂模様」
薄汚い壁、冷たい床。外の景色が少ししか見えない鉄格子。
暗くてじめじめとした空気が隣の気分を悪くさせる。寝床すらない部屋では気持ちよく寝ることさえ許されない。
ここは牢獄である。
「なんで牢獄に入ってるんだよ!」
それは三時間前の事である。
***
隣達が決意を固めた後だった。上帝はやることを思い出したと言い、箕実に目線を送ってその場を後にした。
上帝の顔は少しだけ引きつっており、重々しい空気を醸し出している。
何かあったのだろうか。やけに焦ってるような感じだったな。
ところで席天に入るには色々と手続きをしなければならないらしい。
上帝が規定を少し変えてくれたおかげで普通の人間でも席天に入る試験を受けさせてくれるそうだ。
次の第2836期の試験まであと一週間、これを逃すと俺達は席天に入れない。それまでに俺と永遠は強くならなければならないのだ。
そこで俺達は阿岸知絶対という戦闘のエキスパートが住む砕白殿に行く事になった。
箕実はどこか心配そうな顔で俺達を見送った。何だろう、嫌な予感がする。この手のセンサーには俺は凄く敏感である。行きたくない、行きたくないんだが。
席天内では異名を持つメンバーが住む九つの御殿がある。
黒穴殿、月銀殿、亥茶殿、紫狗殿、桃花殿、金嬢殿、砕白殿、開拓創造殿、そして上帝が住む宗皇内裏。
その内の一つに俺達は今向かっているということだ。
「そういやさあ、隣の一人称って俺やったっけ?」
確かに、俺って一人称俺じゃなくて僕だったような......。
これも戦染の影響なのだろうか。
そんな事を考えている内にようやく砕白殿に着いた。
これは俺の予想を裏切った。てっきり御殿って言うものだから和風っぽい家を想像していたのだが、それはロマネスク建築で作られたお城に、石壁には only oneと彫られている。
なにこれだっせ。only oneて、何歳だよ。
「よぉ、お前らこの家に一体何しに来やがった」
見るからに強そうな体格のでかい男が玄関から出てきた。
何故だろうか、全身の筋肉が痙攣している。怖い怖すぎる!
「何しにて、自分で考えろや。阿呆」
「なんか箕実にここに行けば一週間で試験をクリアできる程の力を付けられるって言われて」
それにしても永遠は凄いなぁ、こんな怖い人に喧嘩腰でメンチ切ってるんだから、訳がわからない。
こいつってこんなに頭おかしかっただろうか。そして今となりに一番いて欲しくないタイプかもしれない。こんなとこで喧嘩なんか起きたら負けることが確定してるのだから。
「おい、お前やるってのか?あ?」
「ひぃぃぃ、すんません、すんません何故か口が勝手に動いてしもて」
これは俺を刺した時と同じ事が起こっていたのか?
あの時、永遠が俺を刺して血だらけで横たわった。段々冷たくなる体なのに刺されたところだけ熱く感じ、とても痛かった。
俺はそんなことを思い出して、少しだけ体が強ばってしまう。
「お前ら素質あるな。名前なんて言うんだ?」
「荻家隣です」
「俺は久留峰永遠です」
(久留峰永遠?.........気のせいか。)
阿岸知の顔がなんだか不思議そうな顔をしている。なにか突っかかる点でもあったのだろか。
「隣と永遠か。最初に言っとくが、一週間の特訓で試験クリアというのは馬鹿げてることだぜ?そこんところわかってんのか?」
阿岸知は随分とにやけている。
俺はそんな、口角を上げる阿岸知に対して言葉の意味を問い返してみた。
そうすると何とも耳が痛い言葉が聞こえてくる。
普通、天使は15歳になるまで試験に備えて生まれてからずっと特訓しているそうなのだ。ということは15年という長い歳月をかけてやっと試験を受ける心身を得られるというのだが、俺達はたった一週間で15年と同等か越すかしなければならない。
短すぎる、嘘だろ。もうちょっとサービスしてくれても良いだろ上帝さん。
そんなこんなで特訓の日々が始まって、今牢獄に閉じ込められているというわけだ。
特訓生活1日目。
牢獄という過酷な環境の中で水を二日間飲まないで耐えることによって心身の耐久性が上がり、そして、まだここで死なないという信念を高めることで戦染が強化される特訓だそうだ。
出鱈目言ってんじゃねえ、なんだってそんな修行僧みたいな特訓をやんないといけないのだ。
俺が想定してた特訓とは木刀を使って剣術を身に付けたり、体を限界まで追い込んで強くなると思ったのに。
俺の口の中は乾ききって今にも倒れそうだ。人間は本来2~3日水を飲まなければ危篤状態に陥ってしまう。それをどうやって回避すれば良いと言うのだ。
***
特訓生活3日目~6日目
やっとあの牢獄から解放された、次の特訓こそ漸く筋トレだ。
トレーニングメニューは朝5時~夜12時まで休み無く筋トレをすることだ。
ごはん休憩?そんなものはない。体がぶっ壊れてもずっと動き続けなければならない。
腕なんかはもう腕立て伏せで動かない、だがやらないといけないんだ。だから俺は今、信念だけで動かしている。
「ちょ、まじで死ぬんやけど。なんとかならへんの」
永遠が弱音を溢す。このメニュー、本当にきつすぎるのだ、何度白目を剥いたことか。上帝の前であんなことを言った手前、退くに退けないところがもっと厳しい。
けどなんだろう、何か掴めそうな気がする。永遠に刺されて渦迅と出会った時のような感覚、
心の奥が良い意味で砕けるような、そんな感じ。
特訓生活7日目
「やっと終わったか、厳しかったわ」
「隣、次瞑想中に喋ったら半殺しにするぞ」
やばいこれマジの目だ、半殺しにされる。
6日目の午前は瞑想をして自分の信念と向き合うらしい。
心の奥がとても熱い、内側から熱されているように内臓全部が焼かれてしまう勢いだ。
熱い、熱い、熱い、熱すぎる。だがここを乗り越えれば強くなれるような気がするんだ。耐えないと。
「相棒、聞こえるか?」
目を開けると渦迅がいた、そしてまたあの赤い世界。魂の染区だ。ということは瞑想して自分で魂の染区へ行けたということだ。成長したってのか......。
いつの間にか熱い感覚が無くなっている。
「というか特訓中に何度かお前に話しかけたのになんで応じなかったんだ?」
そんな問いに対して渦迅は無理だったという。
俺の戦染は不完全な状態で覚醒してしまったので最初の方に少ししか話せなかったそうだ。
「相棒には今から戦染を習得してもらう」
「どうやってだ?」
渦迅は言う、戦染を習得するには信念体、つまり渦迅を倒さないといけない。見るからに強そうなこの信念体を俺が倒すのだ、だから普通の天使は15年もかかるという。
だが俺はやると決めたんだ、絶対に渦迅を倒して戦染を完全に覚醒してやる。
「うおってこれ、あの刀....」
俺の右手に刀が顕現する。これで渦迅を倒せということか、なかなかに厳しい話だな。
渦迅も同じ刀を持っているようだ。
そして渦迅と俺の戦いが始まった。
お互いの刀が交差する、激しい衝突の反動で辺りがに強い風が吹き荒れる、燃える刀身はその風ですら消えやしない。
もし周りに人がいてこの戦いを見ていたら拮抗しているように見えるだろうが、渦迅はまだ全然本気を出していない、それが刀から良く伝わる。
だめだ、まだ俺には何かが足りないんだ。この刀を強くする思い、それが俺には足りない。
考えろ、良く考えるんだ俺!
「ぐはぁ!」
渦迅の斬撃で隣は後ろへ吹き飛ばされてしまう。
その後彼は何度も立ち続けては渦迅に挑み呆気なく倒されてしまう。
彼の背中の骨はもうボロボロだ立っていられるわけがない、だが彼の信念が倒れるのを良しとしないのだ。
(相棒、良い色になってきたじゃねえか....)
隣は何度も倒されていくうちに自分の中にある魂をどんどん輝かせていった。
「俺は....負けられねえ....こんなところで諦めねえ!」
そう言うと隣は雄叫びをあげる。魂の籠った激しく繊細な雄叫び。それに呼応して彼の胸の中が光った。
その光は隣の胸から出てきた。隣は刀を左手に持ち替え、右手でその光を掴む。光は隣の右手の中で形を成していきビー玉より二回りぐらい大きい玉になっていった。
隣は右手をそっと開く。
「これは......」
その玉は赤く、真ん中に炎と刀のマークが描いてある。俺は躊躇いもなくその玉を握り砕く。するとその砕いた破片が炎に変化し、俺を包む。
不思議と熱くはない、暖かいのだ。そして段々強くなっていってるような気がする。
炎は消え、隣が渦迅の前に姿を現した。彼の服装は変化していた。黒かった髪は赤く染まり、着ていた服は軍服になっている。右腰には鞘、左肩には片側マント、右肩には甲冑の大袖を付けていて、何よりも変わって見えるのは右の背中から生える片側だけの翼。その翼は炎をそのまま翼にしたような形だった。
「相棒、らしくなっじゃねえか。それが相棒の魂模様、【アバンチュール】だ!」
渦迅は自分の子供が成長しているのに対して喜ぶように微笑んだ。
これが俺の....魂模様....。
心の奥の沸々としている物が一気に体外へ出てるようだ。
「行くぜ!アバンチュール!」
大勝負だ!




