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第五章 まるで演劇のように


 イオが会場に戻って少しした頃、賑やかな夜会はお開きとなった。きらきらと言葉を交わしながら客たちは帰っていく。一羽また一羽とお喋りな小鳥たちが去っていき、少しずつ静かになっていく広間。ちらちらと視線を走らせながらそこに残っている人間の様子をイオは窺っていた。残っている人間の年齢はまちまち。しかし、イオが見ている限りかなり名家の人間が多い。名前は国内でもよく知られている貴族ばかりだ。まだ年若いイオでさえ知っているような、ウォルヴェリア家で付き合いがあるような……――

 こんな人々が武器の密輸入をしているのか。そう思いながら、イオは拳を握りしめそうになるのを堪えながらそっと息を吐き出した。愁いを帯びた青い瞳に、気付く者は居ない。先刻までとは少し異なる、影を湛えたさざめきが少しずつ、部屋に満ちていく。


「なかなか、"表"での買い物では手に入れられない品が……」

「今日は異国の……」


 イオが低く小さな、しかし何処か興奮を孕んだ声でそんな言葉を交わしている人々の様子を窺っていたその時、よく通る声がホールに響いた。


「皆様、お待たせしました」


 そんな声を聴いて、イオ含めそこに残っていた人間はそちらへ顔を向ける。声の主……エリルは、会場に残っていた貴族たち一人一人の顔を見て、目を細めた。


「皆様、通行証はお持ちですね? それがなければ、この先を通ることはできませんので、ご注意を」


 朗々と歌い上げるように言うエリルの言葉に、そこに集っていた面々はイオも受け取った小さな紙切れを取り出した。その光景を見たエリルは満足そうに頷くと、彼らを先導して歩き出した。

 無数の靴音と、興奮を抑えた声での会話が響く。その中に混ざりながらイオは声をかけてくる貴族たちに笑みと当たり障りのない返答をしながら、彼らと共に歩みを進めていく。エリルに導かれ歩いていく者は全部で十人ほど。決して戦闘慣れしているとは思えない相手に見えるが、油断はできないだろう。


「さぁどうぞ」


 エリルに促されて、地下室の扉を通ったその時、渡された"通行証"が強く光ったかと思うと、音を立てて燃えた。恐らく、これが鍵となっているのだろう。持っていない人間は拒まれるか、或いは……紙の代わりに燃えるのだろうか? そんなことを考えながら、イオは歩みを進め、地下室に入り……息を呑んだ。

 上の広間に負けずとも劣らない広間が、そこにはあった。そしてその中心には無数の武器が飾られていた。まるで美術品のように並ぶ武器たち。剣は勿論、弓や銃、ハンマーの類もある。武器屋も書くや、と言う光景だ。当然のことながら、これだけの数となれば国への申請が必要となる。しかし、レーシス家がそれほどの武器を所有しているという報告は受けていない。


「さぁさぁ、"昼間"には簡単に手に入らないお品ばかりです。どうぞご覧ください、今回は珍しい武器も仕入れてあります。魔力を溜め、撃ちだす能力のある銃、火力はドラゴンの炎にも匹敵するほどです、お値段は、そうですね……」


 ぺらぺらと自身が仕入れたという武器の説明をするエリル。それを興味深げに聞いている貴族たち。確かに護身用の武器を持つことは禁じられていないが、それはあくまでも国が正当に仕入れたものを、正当なルートで買った場合の話だ。

 不当な手段で武器を仕入れること、それを売買することを国が禁じている理由は単純だ。武器が集まれば、当然"物騒なこと"を思いつく者も居るためだ。

 ……当然、こうしたルートで武器が出回ることは国も把握している。故に、こうして自分たちが動くのだ。

 魔術で隠していた剣を抜き、イオはすうっと息を吸い込んだ。


「動くな!」


 地下では一層、彼の声はよく響く。そこに集まっていた貴族たちはぎょっとしたようにイオの方を見た。険しい表情を浮かべたまま、彼らを睨みつけるイオ。そんな彼の様子を見て、状況を最初に掴んだのはエリルだったのだろう。キッと険しい表情を浮かべて、手近な武器を手に取った。


「貴様……騙したな」


 低く唸るような声でエリルは言う。イオは緩く口角を上げながら、言った。


「間違ったことをしたのは貴方だ、レーシス卿。俺は騎士、この国の国王アズル様に……フィオーレ家に忠誠を誓った。その忠誠を違えることはない」


 自分は、必ず騎士としての務めを果たす。

 例え貴族世界の中では暗黙の了解でこうしたやり取りがされているのだとしても。見て見ぬふりをすることが貴族世界で上手くやっていく方法なのだとしても……―― 自分はそれを見逃すつもりはない。イオはそうきっぱりとそう言い放つ。

 ざわざわと、不穏なさざめきが室内に広まっていく。


「あれは、ウォルヴェリア家の……」

「騎士と言うことは、このままでは……」


 焦り、動揺、そしてそれは容易く、憎悪に変わる。こんな所で、こんな子供に、邪魔されてはたまらない、と。貴族たちは手近な武器を手に取った。その目に灯るのは、"邪魔者"を消そうという強い意思。イオを生かしておけば、自分たちのしていたことが明るみに出る。そうなれば家の名に瑕がつく。そうならないようにするためには……今この場で、"邪魔者イオ"を亡き者にしてしまえば良い。家の名を、名声を、何より重要視する貴族たちらしい、短絡的な反応だった。

 彼らの反応を見てやれやれ、とイオは溜息を吐き出す。


「子供一人相手に大人げない」

「黙れ!」


 吐き捨てるようなイオの言葉に激高した一人が銃を構え、発砲する。

 大体予想はついていた。彼らを怒らせればどうなるか。文字通り、蜂の巣を突いたような騒ぎになることも、自分を排除しようとするであろうことも、全てわかり切っていた。

 イオは障壁を張って銃弾を防ぐと、素早くその人間が手にした銃に魔力をぶつける。強力な彼の魔力は銃を凍りつかせて、それを手にしていた男は小さく悲鳴を上げ、手を離した。


「誰一人逃がさない。これが俺の仕事だ」


 イオはそう言って、手にした魔術剣を振るう。エリルを油断させるために悪く言ったが、この武器は唯一無二の相棒だ。イオの魔力を纏って、イオの手に馴染む、大切な宝物。それを彼が振るう度に、強い魔力が、室内に満ちていく。部屋の気温がみるみるうちに下がっていく。それに怯むことなく、エリルは笑みを浮かべた。


「こっちにだって生活がかかってるんでね……はいそうですか、という訳にはいかないな。さぁ皆さん、せっかくです、試し切りでも試し撃ちでも、ご自由にどうぞ!」


 貴族たちを焚きつけるようにそう声を上げるエリル。それに吠えるような声を上げた貴族たちは、一斉にイオに襲い掛かった。次々に飛んでくる銃弾や斬撃。それらを一人で対処することは決して簡単ではない。しかし、此処でやられていては騎士の名折れである。


 イオはすっと息を吸い込むと、剣を構え直した。


「何人でも纏めてかかってくれば良い、このイオ・ウォルヴェリアが相手をしよう」


 イオは勝気に笑いながら、そういう。自信に満ちた表情で。

 正直、簡単に勝てるとは思っていない。しかし、そうした不安を表情に滲ませることは、相手に隙を見せることに他ならない。自分は負けない、強いのだという想いを見せつける方が、相手の動揺を誘うことが出来ると、イオは理解していた。


「おい、この騎士……」

「くそ、世間知らずの良家の子供の癖に……」


 案の定貴族たちは焦った様子を見せた。彼らは貴族として……ウォルヴェリア家の子息としてのイオの姿は知っていても、イオの騎士としての実力を量ることは出来ないのだろう。動揺し、怯み、攻撃の手も緩む。それを見て、イオは小さく鼻を鳴らした。


「……情けないな」


 イオはそう呟くのと同時、一度強い魔力を放った。強い、氷の魔力が放たれ、それは剣を、銃を握る人々の手を凍て付かせた。


「うわ!?」

「ぎゃあ!」 


 小さく上がる情けない悲鳴。それと同時にばたばたと武器が落ちていく音が地下室に響き渡った。武器を奪ってしまえば、彼らは戦うことを知らぬただの人間だ。後は彼らを捕縛して、然るべき取り調べと罰を与えるのみだ。イオがそう思うと、同時。


「甘いな」


 勝ち誇ったような声が後ろから聞こえた。それにイオが振り向くより早く、強い力で体を弾き飛ばされる。


「うぁ……ッ!」


イオの華奢な体は簡単に吹き飛び、壁に打ち付けられ、倒れる。その胸元を踏みつけながら、声の主であろう大柄の男が嗤った。


「武器なんて必要ねぇ人間もいることを想定しておくべきだったな」


 恐らく、レーシス家で雇った用心棒だ。元が武闘家か何かなのだろう。全身を使ってイオの体を押さえ込む男の力は相当強い。


―― まずい。


 油断した、とイオは思う。この可能性も、視野に入れておくべきだったと、今更のように思う。

 体格差のある相手に組み敷かれているため満足に身動きが取れない。魔術を使おうとするが、既に大分魔力を消費してしまっているためそうすることもできない。みしりと体が軋むような厭な感覚が走る。呼吸が詰まって呻くイオを見下ろして、男は言った。


「形勢逆転だな、子供が粋がるからだ」


 そんな男の言葉に周囲にいた貴族たちから歓声が上がる。まるで、芝居の見せ場か何かのように。彼らにとっての正義(ヒーロー)はイオを組み敷く男であり、悪役(ヴィラン)はイオの訳だけれど。


「おい、こいつを縛りあげろ」

「そこから先は好きにしろ。家に帰れないような姿にしてやれば良いし……最悪、最後は始末すればいい」


 ただ的にするだけでは面白くない。"好きに"使ってやるのも悪くない。そんな声に笑い合う、貴族たち。イオが唇を噛みしめた、その刹那。


『イオ、ありったけの魔力で耳塞いで目を閉じてろ!』


 そんな声が脳内に響き渡り、イオは大きく目を見開いた。聞きなれた親友……レキの声だ。何をするつもりかはわからないが、きっと何か考えがあるのだろう。そう思いながらイオは必死に残った魔力をかき集め、防音効果の強い障壁魔術を使いながら、ぎゅっと目を閉じる。

 一秒、二秒……五秒程経ったところで、体にのしかかってくる重み。息が詰まって、イオは目を閉じたまま顔を顰めた。


「うぐっ……」


 呻くイオ。それと同時に、集中力が途切れて、魔力の効果が消えた。拙いか、と思うと同時。


「イオ!」


 すぐ近くで、声が聞こえた。魔術を通した声ではない、すぐ傍で聞こえる肉声だ。聞き慣れた、親友の声。


「もう、目開けていいよ」


 それを聞いて恐る恐る目を開ければ、眼前には心配そうな顔をした長い緑髪の少年……レキの姿があって。


「やれやれ、これは流石に重たいよな」


 苦笑混じりに呟いたレキはイオの上でのびている男を魔術でどかす。ごろりとその巨体を転がした後、レキはすまなそうにイオに言った。


「ごめん、来るの遅くなって」


 そんな彼の言葉にイオはゆっくりと首を振る。まだ少し軋む体を起こしながら、イオは逆に彼に問う。


「いや、助かった……というか、これは……レキがやったのか?」


 そう言いながら、イオは周囲に視線を巡らせる。彼が目と耳を閉じている間に一体何が起きたのか、イオの周囲に居た貴族たちはエリルも含めて、皆揃って地面にのびてしまっている。総じて気絶しているようなのだが、レキは一体何をしたのだろう。

 レキは彼の言葉に困ったように笑った後、苦笑混じりに肩を竦めた。


「強力な音と光で気絶させるもんだよ。音響閃光弾的なもの。魔力で作ったものだからそんなに大きな力はない、全員縛り上げてあっちに引き渡す頃には大丈夫だと思う」

 

 そう言ってレキが出したのは小さな筒状の物体だった。同じようなものが、伸びている貴族たちの中に落ちている。もし一つで効果がなければもう一つ放り込むつもりだったのだろう。


「そうか……良かった」


 レキの説明を聞いて、イオは安堵したように息を吐き出した。捕らえなければならない対象ではあったが、別に彼らを殺したかった訳ではない。


「本当に良いタイミングだったな。お前が来てくれなかったら俺はあのまま踏み殺されていたかもしれない。この道具も、本当に助かったし。よく持っていたな、こんなもの」


 普段騎士たちはああいう道具を使わない。基本的には剣一本で戦うのだ。レキが助けに入ってくれたところで、二人の剣術だけでどうにかなったか、と言うと……正直少し、怪しい。騎士としてこのような武器に頼るのはどうか、と言うところはあるが……これがあったお蔭で容易に制圧できたのは事実だ。

 それを聞いたレキは幾度か瞬いた後、軽く頬を引っ搔いて答えた。


「あぁ、これはアズル様が持って行け、って。役に立つかもしれないから、って言ってたけど……こういう状況になってるのを見越してたのかな? アズル様がこういうものを持ってたのも、正直びっくりしたけど」


 そう言いながら彼は首を傾げた。彼曰く、いつも通り剣のみを提げて出かけようとしたレキにアズルがこの音響閃光弾を持たせたそうだ。剣だけでは対処に苦労するかもしれないから、と。至極複雑そうな顔をしていたらしいけれど。


「アズル様が……?」


 それを聞いてイオは少し不思議そうな顔をする。

 任務の最中、アズルに報告を入れたとき、この事件に関わっている者の人数はわかっていなかった。ルガルが仕入れてきた情報だと言っていたが、あくまでも重要参考人がエリル・レーシスだという話だけだったはずだ。それだけの情報で"非常事態要員"として送り込むレキにあんな物騒な道具を持たせるのは、アズルらしくない。正直、アズルはあまり戦闘に関する勘が働く方ではないし、策略を考えるのが上手いとも言えないと思う。故に少し、違和感を抱いたけれど……―― 疲れもあって、今はあまり深く考えられない。

 イオは軽く頭を振って、溜息を吐いた。


「……まぁ、良い。とりあえずはさっさと片付けて帰ろう。俺もずっとここで猫を被っていて疲れた」


 そんなイオの言葉に、レキはくつくつと笑った。


「はは、だろうな。イオはこういうところ、嫌いだから」

 

 そう言いながらレキは軽く肩を竦めた。付き合いが長い分、レキはイオ以上に、彼の性格を熟知している。アズルの命だから、国のためだからと任務に参加はしたが、彼個人としては望んでこの任務に来た訳ではないだろう。そんな空間で散々猫を被るのは疲れたはずだ。

 イオはレキの言葉にふっと笑みを浮かべる。それから小さく息を吐き出して、言った。


「じゃあ俺は外の空気を吸いつつ、こいつら回収してくれるように要請してくる。レキ、彼らが目を覚まさないうちに縛り上げておいてくれ」


 拘束の魔術はレキの方が上手い。そうイオが言うのを聞いて、レキは頷いた。


「任せとけ!」


 明るく笑いながらひらひらと手を振るレキ。それを見て微かに笑みを浮かべると、イオは屋敷の外に出て行ったのだった。

 

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