おっさん、青春はじめます。 第8話 ~鴨川カップル~
夜の鴨川。
川面に街灯の光がゆらめき、
岸辺には若いカップルが肩を寄せ合っている。
……くそっ、
どいつもこいつも青春しやがって。
(いや待て、今日の俺は見た目若者
この輪に混ざってもいいんじゃないか!?
青春イベント、俺にも来てるじゃん!)
胸が高鳴ることを気にしながら、
指定された川岸へ歩いていくと
――彼女はそこにいた。
ワンピースにカーディガン。
落ち着いた雰囲気、髪が夜風に揺れる。
(おお……思った以上に上品! 大丈夫か俺!?)
「こんばんは。幸です」
彼女は微笑んだ。「幸」さんだ。
その声も、かわいく、
俺の心臓がバクバクで声にならない。
「ー∠、」∃」
自分の名前すら正確に言えない
それでもなんとか
「は、はい。夜のかもって……な、なんか、雰囲気ああるかも」
声が裏返った。落ち着け俺。
「……そうですね」
二人で並んでベンチに座る。
しばし沈黙
心臓バクバク、ドキドキずっとしている。
それでも、なんとか口を開いた。
「えっと……趣味とか、何されてるんですか?」
「趣味? そうね……読書かしら。あなたは?」
「俺? 最近はジム通ってます。
体力つけたくて。
でも、ほんとは映画鑑賞とか将棋とか……そういうのが好きで……」
「将棋?」
彼女の目がわずかに細められる。
「い、いや! 昔からの癖みたいなもんで……!
若い頃はバスケとかやってたんですよ!」
(しまった! うっかり“おっさん趣味”出してしまった!)
彼女は笑った。けれど目は、どこか観察するように俺を見ている。
「あなた、普通の20代とは違う雰囲気があるわね。落ち着いているというか……」
「え、そ、そうですかね……」
(やばい、正体バレる!? いや、ただの褒め言葉だろ?)
さらに彼女は問いかけてきた。
「仕事は?」
「えーと……港で荷役のバイトを」
「港……」
彼女の目が輝いた。ように見える
「良い身体ですよね。」
と彼女は俺の胸とか首すじを見た。
(な、なんだ? 身体に自信ありですよ!)
「言葉の端々が大人っぽい。身体も若くて良いです。
それでも、若さの割には人生経験を感じるのよね……」
彼女の視線が俺の首元に移った。
そして――すっと近づいてきた。
(えっ!? ちょ、近い近い近い!!
顔近すぎ! これ!?
青春の鴨川イベント発生!?)
頬が触れそうな距離。
吐息が耳にかかる。
俺の心臓は爆発寸前――
だが。彼女の唇は俺に触れることなく、耳の横をすり抜けた。
そして、そっと耳のうしろに指が伸びる。
「やっぱり……ここにあったのね」
「……な、何が?」
指先がなぞったのは、小さな痕。
(後で見たけど、俺も気付かなかったあざのような痕)
彼女は、
「逆コナン」
と言って、小さく頷いた。
「……は?」
期待してドキドキしていた俺の青春心は、吹き飛んだ。
だがそれ以上に頭を埋め尽くしたのは
――「逆コナン」という言葉だった。