おっさん、青春はじめます。 第6話 ~息子〜
朝の食卓。
博子がコーヒーを入れてくれる。
若返る前は、こんなことほとんど無かった気がする。
いつからか、自分でドリップしていた記憶の方が濃い。
「おはよう。今日も元気そうね」
「うん、身体は絶好調のよう」
博子は、俺を本人として認識して接してくれる。
それだけで、なんだか安心する俺がいた。
――若く見えることの副作用で、相当サービスが良い気もするが。
ただ、街の目は違う。
スーパーでの買い物、道端での立ち話。
博子と並んで歩く俺を、近所の人々は好奇の視線で見てくる。
俺を“息子”だと思っているらしい。
散歩の途中で、奥さんたちの声が聞こえた。
「あら、最近息子さんと一緒にいるわね」
「ご長男さん、東京の会社って聞いていたけど、お母さんと最近一緒ね」
俺は小さく笑い、博子を横目で見た。
彼女は微笑みながらも、俺の肩を軽く叩いて言う。
「息子だと思っているみたい。――あなたなのにね」
その言葉に、俺は笑った。
街の誤解は面白く、悪くはない。
博子も楽しそうにしている。それだけで十分だ。
帰宅後、港湾の疲れがじわじわ出てきた時、ふと思った。
(若返った体で、周囲は誤解している。でも、この生活、意外と悪くない。むしろ面白いかもしれない)
若く見える自分と、歳を重ねた自分。
その狭間で生まれる、笑いあり戸惑いありの日常。
――それでも、博子と一緒にいることで、俺は確かに“今の自分”を生きていると実感できる。
街の噂も、若返りの不思議も。
すべては俺たちの生活を彩るスパイスにすぎない。
奇妙だけれど、確かに楽しい日常がここにあった。
それが
……ずっと続くものだと、疑いもしなかった。




