おっさん、青春 第4章 第9話 ~雷は・・・~
雷は、
すぐには来なかった。
それが、いちばん不気味だった。
会議が終わり、
責任が整理され、
「予定通り」という言葉が共有され、
人間側の時間は、確かに進んでいる。
なのに。
山は、止まっているように見えた。
空に雲はある。
だが、集まらない。
ただ――
重なっている。
「……遅いな」
俺が言うと、
白丸は即座に否定した。
『違う』
『遅れない』
白丸は、空を見たまま続ける。
『あいつは』
『数えない』
「……数えない?」
『三日とか、期限とか』
『そういう“人間の区切り”を、最初から使ってない』
胸の奥が、ざらついた。
佐伯のホログラムが展開される。
「大気電位、静止状態」
「異常です」
「蓄積が、解放されていません」
「嵐の前触れか?」
「……いえ」
佐伯は、珍しく言葉を選んだ。
「判断不能です」
空が、鳴った。
雷鳴じゃない。
轟音とも違う。
――割れる音。
雲が、上下ではなく、
横に裂けた。
光は走らない。
音だけが、落ちてくる。
《……終わったつもりか》
声だった。
地面の下から、
町全体を通して響く声。
白丸が、低く唸る。
『来た』
俺は、空を睨んだ。
「……雷」
雲の裂け目に、
白い輪郭が滲む。
相変わらず、
人ではない人型。
《三日》
雷が言った。
空気が、沈む。
《お前は》
《何をした》
問いは、
俺に向いていた。
「……答えは、まだだ」
絞り出すように言った。
喉が、渇く。
雷の輪郭が、わずかに揺れた。
《ほう》
《では、なぜ》
《あいつは動いている》
一瞬、意味がわからなかった。
だが――
白丸が、静かに言った。
『説明する男だ』
雷は、光で“見ている”。
役所。
玄関近く。
高木のいる場所。
《あいつは、時間を使い切る人間だ》
その声に、怒りはない。
評価でもない。
《昔》
《こちら側に、足を掛けた匂いがする》
息を、止めた。
雷は――
高木を、知っている。
《だが》
空気が、さらに冷えた。
《今のあいつは》
《こちらを見ていない》
雲の裂け目が、わずかに広がる。
《もう要らん》
白丸が、俺を見る。
『……まずいな』
「どうまずい?」
『あいつは今』
『“裁く理由”を失いかけてる』
「え?」
『だから――』
次の瞬間。
バリッ。
一本の雷が、
山の麓に落ちた。
再開発地でもない。
――何もない、麓。
後で確認すると、
土も、木も、岩も、
等しく焦げた線が残っていた。
破壊じゃない。
警告でもない。
ただ、
引かれた一本の線。
《覚えておけ》
雷の声が、低く響く。
《次に落ちる時》
《そこが、答えだ》
雲が、ゆっくり閉じていく。
音も、光も、消えた。
「……終わりか?」
白丸は、首を振る。
『始まっただけだ』
『人間の時間じゃなく』
『自然の時間でな』
佐伯が、静かに告げる。
「吉田さん」
「本日をもって」
「雷の猶予は、終了しています」
「……だろうな」
俺は、空を見上げた。
雲は、もう動いている。
予定通りじゃない。
説明もつかない。
だが――
「やっと、同じ時間に立ったか」
山は、何も答えなかった。
ただ、
風だけが、ほんの一瞬、通った。




