おっさん、青春はじめます。 第5話 ~同級生〜
港湾荷役のアルバイトを始めてから、
俺の生活はがらりと変わった。
毎日、重い荷を担ぎ、汗を流す。体は自然に慣れていくものだが
――さらに体力をつけたいと思った俺は、ジムに通うことにした。
安上がりな公立施設。
古めかしいマシンが並んでいる。だが、メンテナンスはしっかり、トレーナーも常駐している。安かろう悪かろうではない。
トレッドミルの上で走りながら、俺は思った。
「これで若者の身体をもっと鍛えられる。港の仕事も楽になるはずだ……」
「そして、ビールも堂々と飲める」
ここ重要。
鏡に映った自分の姿は、しなやかで引き締まった若い体。自然と笑みがこぼれる。
だが――ふと視線を動かすと、見覚えのある顔が目に入った。
えっ……あれは同級生たちじゃないか。
彼らはマシンに向かい、黙々とトレーニングしている。65歳の顔には確かな時間が刻まれている。
トレッドミルで休み休みウォーキングする姿の横で、俺は息を切らしながらスピードを上げて走る。
――見た目は若者、中身は彼らと同じ65歳。
不思議と得した気分だが、同時に「俺は一体なんでこの姿でいるんだ?」と考えてしまう。
そんな時。
「フォームが崩れてますよ。肩の位置、もっとこう」
明るい声に振り向くと、若い女性トレーナーが立っていた。
笑顔が爽やかで、背筋はまっすぐ、眩しいほど健康的だ。
俺は少し照れながら指導を受ける。
「港湾の仕事をしてるんですか?」
「ええ、日雇いですけど、体力仕事で」
「なるほど。それなら体幹や腕の筋肉がかなり使われますね。ジムでの筋トレと組み合わせるとケガもしにくいですよ」
的確な指摘に、自然と笑顔になっていた。
「ありがとうございます。」
――若い女性と会話するだけで、なんだかお金を払って夜の店に来たみたいな気分だ。
同級生たちが座るベンチの横を通り過ぎると、視線が俺に注がれた。
その微笑みには、同じ年齢を分かち合う眼差しではなく、若さを羨む気持ちが滲んでいるように見えた。
(同級生たちは、健康維持のために運動している。フレイルにならないために、毎日を積み重ねているんだろう。
俺は――理由も分からず若い体を取り戻した。俺は一体、どこにいるんだ……?)
迷いが胸をよぎった、その瞬間。
「次は腕立て、いきますよ!」
トレーナーの声に現実へ引き戻される。
深呼吸して、マットに向かう。
――青春を取り戻す。
若く、はつらつとした女性トレーナーと話せて、今はただ、嬉しかった。




