おっさん、青春 第4章 第7話 ~任せられる男~
会議が終わったはずなのに、
誰も帰らなかった。
「高木さん、この件ですが――」
「いや、そちらは後で。まず全体を」
椅子を引く音。
資料をまとめる音。
予定外の円が、自然にできていく。
(……囲まれてるな)
高木は立ったまま、
特に驚いた様子もなく頷いていた。
「進行は私が整理します」
「時間が限られているので」
誰も異を唱えない。
むしろ、助かった顔をしている。
『始まったな』
白丸が、俺の膝の上で言った。
「何が?」
『“任せる”ってやつだ』
『説明できる人間に、全部預ける儀式』
一人の職員が言った。
「では、判断基準も高木さんに?」
「ええ」
高木は即答した。
「現場判断は私が引き取ります」
別の声。
「責任の所在は?」
「私で構いません」
(軽いな……)
言葉は重いはずなのに、
高木の声は、驚くほど軽かった。
『ああいう人間はな』
白丸が欠伸をしながら言う。
『“責任”を荷物だと思ってない』
「何だと思ってる?」
『空気だ』
資料が次々と、高木の前に集まる。
予定表。
調整表。
連絡網。
本来なら、三つの部署を跨ぐはずの紙だ。
「期限設定はこちらで」
「評価指標も一本化します」
「外部説明用の文言も、まとめます」
誰も止めない。
誰も、確認しない。
(答え……早すぎる)
高木は、気づいていない。
いや、気づいていても止まらない。
「では、本日はこれで」
「次回までに整理案を出します」
会議参加者の問い合わせが終わった。
いや――
会議も内容も決められ、彼らの中では終わったのだろう。
人が散っていく。
安心した背中。
責任を下ろした歩き方。
俺は、思わず言った。
「……大丈夫なんですか?」
高木は、少しだけ振り返った。
顔が、蛍光灯に反射する。
「大丈夫かどうかは」
「説明できてから、考えます」
その言い方が、
なぜか、ひどく引っかかった。
白丸が、低く唸る。
『違うな』
『順番が、逆だ』
「何が?」
『本当はな』
『“分からない”って言える人間から、考える』
廊下に出たら
遠くで、雷が鳴った。
近くない。
威嚇でもない。
――確認だ。
高木は、足を止めなかった。
『あれはな』
白丸が言う。
『説明できるから、任される』
『そして』
『任された瞬間から、壊れ始める』
エレベーターの扉が閉まる。
高木の姿が、消えた。
残ったのは、
期限と、
説明と、
引き受けなかった人間たち。
そして俺は、思った。口には出さなかったけど
――三日目は、もうほとんど終わっている。




