おっさん、青春 第4章 第2話 ~条件~
――人間は、信用されていない
雲は低く、重く垂れ込めている。
降る気配はあるのに、降らない。
影はまるで――
怒ってる上司が腕組みしてるみたいだ。
「……で?」
俺は耐えきれず、口を開いた。
「選べって言われて
風か雷かって、そんな二択 ――」
《選択は、もう始まっている》
影の声が、空から落ちてきた。
姿は相変わらず、人の形をしているようで、
輪郭が揺れ、白光が瞬いている。
《お前が風の道を開けた瞬間にな》
白丸が、俺の足元で座り込んだまま言う。
『人間の会議は、たいてい事後報告だ』
「猫に言われたくないな」
影が、わずかに頷いたように見えた。
《人間は、自然を“部品”だと思っている》
《風は風。雷は雷。
山は山。川は川》
《都合よく切り分け、
壊れたら“直せば良い”と言う》
「……まあ、それは否定できない」
佐伯のホログラムが小さく明滅する。
「吉田さん、そこは反論した方が――」
「いや、役所勤めの俺が言えた義理じゃない」
影が、ふっと空気を震わせた。
《……素直なのは嫌いではない》
(褒められたのか?今)
《だから条件を出す》
また来た。
嫌な予感しかしない。
《風の道を――完全には戻すな》
「……は?」
白丸が、耳を立てる。
『選べと言っておいて
今度は“戻すな”か』
《戻しすぎるな、だ》
影は淡々と続ける。
《風が強くなれば、
人間はまた“道”を作る》
《道路、送電線、開発、観光》
《ならば――》
空気が、ぴんと張りつめた。
《風は通れるが、
人間は使えない道にしろ》
「……なにそれ?」
俺は思わず笑ってしまった。
「役所に一番嫌われるやつだな」
佐伯が即答する。
「はい。
使い途上、完全にアウトです」
影の声に、わずかに皮肉が混じる。
《出来るなら、最初から信用している》
《出来ないから――試す》
白丸が、俺を見上げた。
あおばが、枝から飛び立つ。
上空で一度、旋回した。
影が言う。
《猶予は、三日》
《三日で、
“自然が使えて、人が使えない風の道”を示せ》
《出来なければ――》
雷が、雲の奥で低く唸る。
《雷が、洗う》
「洗う?…言い方、よくわからんし、……」
《人間は、信用していない》
影は、そう言い切った。
《だが》
一瞬、間があった。
《お前を観てはいる》
雷の気配が、薄れていく。
雲は残ったまま。
俺は、その場に座り込んだ。
「……三日か」
白丸が、隣に来る。
『逃げる?』
「その選択肢があったら、
ここにいない」
あおばが、短く鳴いた。
山の方角から、
かすかな“気配”が伝わってくる。
「……やま、だな」
熊の名前を口にすると、
胸の奥が少しだけ温かくなった。
「信用されてなくて結構」
俺は立ち上がる。
「人間なりに、
ちゃんと面倒な答えを出してやる」
白丸が、ふっと笑った気がした。
『雷の嫌いそうなやり方があればよいけどな』
空の奥で、
雷が一度だけ、低く鳴った。
――皮肉は通じたらしい。




