おっさん、青春 第4章 第1話 ~雷きたりて~
正月休み明けの朝だった。
街は、動き出している。
車の音。人の声。シャッターの開く音。
――なのに。
風だけが、来なかった。
歩道橋の上で、俺は足を止めた。
川沿いの道。
再開発予定地の先に、山が見える。
「……静かすぎる」
正月の名残ではない。これは、別の静けさだ。
白丸が、俺の足元で座り込んだ。
さっきまで眠そうだった目が、完全に覚めている。
『ここは……境目だな』
「境目?」
『人の都合が終わって、
自然の都合が始まる場所だ』
川の水面が、妙に滑らかだった。
波紋が立たない。
佐伯のホログラムが、小さく展開される。
「大気流量、低下しています」
「ただし、気象的原因ではありません」
「じゃあ、何だ?」
佐伯は、少し置いた。
「……説明不能です」
電線の上に、あおばが降りた。
羽を畳まず、じっと山の方角を見ている。
鳴かない。
それが、異常だった。
遠くで、山の影が濃くなる。
雲があるわけじゃない。
光が減っているわけでもない。
なのに――
山だけが、重い。
「……呼ばれてるな」
俺がそう言うと、
白丸は否定しなかった。
『行かない、という選択肢は?』
「あると思うか?」
白丸は、ふっと鼻を鳴らした。
『だろうな』
その瞬間。
ドン――――――ッ!!
空が、叩き割られた。
雷鳴ではない。
爆発音に近い。
大気そのものが、拳で殴られたような衝撃。
白丸が一瞬で身構え、毛を逆立てる。
『来るぞ!』
佐伯のホログラムが、弾かれたように展開された。
「警告。大気中電位、急上昇」
「警告。積乱雲、局地的生成を確認」
「ちょっと待て! まだ朝だぞ!」
返事はなかった。
雲が――すごい勢いで集まり始める。
自然に、ではない。
引き寄せられている。
空の一点が歪み、
黒と白の境界が溶ける。
次の瞬間。
バリィィィィィン!!
雷が、一本、地面に突き刺さった。
土が爆ぜ、
空気が焦げる。
その中心に、何かが立っていた。
人の形をしている。
だが、人ではないようだ。
輪郭は揺れ、
全身が白光に縁取られている。
影が、こちらを見た。
声が、落ちてくる。
《……おい》
低い。山街全体に響いた。
《勝手なことを、してくれたな》
「……誰だ、雷神、か?」
白丸が、首を振った。
『違う!』
『今そこにいるのは――雷が、形を作っているだけだ』
影が、一歩前に出る。
その足元を、稲妻が走った。
《風の道を、開けただろ》
《誰の許可だ》
「……許可?」
思わず、聞き返していた。
「風を戻すのに、許可が要るのか!」
空気が、凍った。次の瞬間。
ドガァァァァァン!!
俺のすぐ横、数メートル先に雷が落ちる。
地面が抉れ、熱風が吹き上がった。
佐伯が叫ぶ。
「吉田さん!言葉を選んでください!!」
「今さら遅くないか!?」
雷の影が、こちらを睨む。
《人間》
《お前たちは、壊す時だけ速い》
《直す時は、勝手に“善意”を名乗る》
白丸が、一歩前に出て話す。
『雷
風は、死にかけていた』
《知っている》
『なら――』
《だから、だ》
雷の声に、怒気が混じる。
《風は、風の役目を果たした》
《死ぬなら、それも自然だ》
《人間が“戻した”時点で――》
空が、さらに暗くなる。
《均衡が、崩れた》
「……じゃあ何だ」
俺は、一歩前に出た。
「見殺しにしろって言うのか!?」
雷が、俺を見下ろす。
《選べ》
《風を取るか》
《雷を取るか》
《どちらも、は許されない》
白丸が、俺を見る。
あおばが、空高く舞い上がった。
佐伯が、小さく言った。
「始まりましたね。年が明けました。次のステージです。第4章の始まりです。」
俺は、空を見上げた。
「……面倒な奴らばっかりだな、この世界」




